スピン軌道相互作用の直接検出法確立

2014/07/14

研究成果のポイント
  • 2つのスピン軌道相互作用評価の比を直接決定
  • 永久スピン旋回状態の検出に成功
  • スピントロニクス、スピン量子情報のデバイス設計に重要な知見

【概要】

国立大学法人東北大学大学院工学研究科 新田淳作教授、好田誠准教授、佐々木敦也(修士課程大学院生)、国橋要司博士(現NTT物性科学基礎研究所)と、ドイツ・レーゲンスブルグ大学Klaus Richter教授の共同研究グループは、半導体細線構造に印加する磁場方向を変化させることにより、量子干渉効果が最大となる角度からスピン軌道相互作用を直接決定できる検出法を確立しました。

スピン軌道相互作用(注1)は電場を磁場に変換する相対論的な効果です。固体中では真空中に比べスピン軌道相互作用の効果が極めて強くなり、固体物理の様々な分野で重要な役割を果たす普遍的な効果です。また、磁場を用いることなく電場で電子スピンを生成・制御・検出することが可能となるためスピントロニクスに重要な役割を果たすことが期待されています。しかしながら、これまでのスピン軌道相互作用の評価には大きなばらつきがありました。半導体二次元電子ガス中の電場に起因したRashbaスピン軌道相互作用(注2)と半導体構成原子のミクロな電場に起因したDresselhausスピン軌道相互作用(注3)の2つが存在するため、2つ以上の未知なパラメータを用いて実験データを解析する必要があったからです。一方、この2つのスピン軌道相互作用の強さを制御し等しくすることができるとスピン緩和(注4)の抑制された永久スピン旋回状態(注5)が実現されます。このため、キャリア濃度を決定するホール測定のような、信頼性が高くかつ簡便なスピン軌道相互作用の評価方法の確立が望まれていました。今回、半導体細線構造に面内磁場(半導体二次元電子ガスに平行な磁場)を印加することにより量子干渉効果(注6)の振幅が最大となる面内磁場方向から、実験データを解析することなく直接Rashbaスピン軌道相互作用とDresselhausスピン軌道相互作用の比を求めることができる信頼性の高い計測法の開発に成功しました。

本研究成果は、半導体や磁性体を用いたスピントロニクスだけでなくスピン量子情報やトポロジカル絶縁体、マヨラナフェルミ粒子等スピン軌道相互作用が重要な役割を果たす研究分野に大きなインパクトをもたらすことが期待されます。

本研究の成果は英国科学雑誌Nature Nanotechnologyのオンライン版(ロンドン時間2014年7月13日18:00発行)に掲載されました。

【背景】

半導体や金属などの電気的特性を計測する手法としてホール測定があります。これは1879年にHallが発見したホール効果に起因しており、電流と面直磁場(半導体に垂直方向の磁場)を印加するとキャリア濃度に依存した横方向電圧が生じることを利用しています(図1)。最近、電子スピンを電気的に操作する手法としてスピン軌道相互作用が注目されています。スピン軌道相互作用は相対論的な効果で電場を磁場に変換することから、電場によるスピン生成・制御・検出が可能となります。1997年我々はゲート電場によって半導体二次元電子ガス中のRashbaスピン軌道相互作用が制御できることを世界で初めて実証しました。一方、III-V族半導体には、結晶が作るミクロな電場に起因したDresselhausスピン軌道相互作用が存在します。この2つスピン軌道相互作用の強さが近くなる領域では実験データの詳細な解析が必要であるため、2つのスピン軌道相互作用の正確な値を求めるのは困難でその値に大きなばらつきがありました。またこの2つのスピン軌道相互作用の強さを制御し等しくすることができるとスピン緩和の抑制された永久スピン旋回状態が実現されるため、信頼性の高い簡便なスピン軌道相互作用の評価方法が強く望まれていました。

【研究内容】

東北大学の研究グループはドイツ・レーゲンスブルグ大学の研究グループと共同で、半導体細線に印加する面内磁場(半導体二次元電子ガスに平行な磁場)の方向がスピン軌道相互作用の作る有効磁場と一致する角度から直接Rashbaスピン軌道相互作用の強さαとDresselhausスピン軌道相互作用強さβの比α/βを求めることができることを実証しました。

共同研究グループはスピン緩和長より細い半導体細線構造では電子スピンは準1次元的に振る舞い、2つのスピン軌道相互作用の作る磁場は一軸性となることを理論と実験により確認しました。通常、スピン軌道相互作用の作る磁場は電子の運動する方向に依存し電子が散乱して運動方向を変えると有効磁場の向きは変化します。一方、細線構造により電子の運動方向を制限しスピン軌道相互作用の作る有効磁場が一軸性になると、磁場に対する応答は強い異方性を示すことが期待されます。量子干渉効果は磁場に対する感度が高く、系のもつ対称性がその振幅の大きさを決めます。具体的には図2に示すように、面内磁場の方向を変化させながら、半導体細線の縦方向の電圧が最大になる方向は面内磁場と2つのスピン軌道相互作用が作る有効磁場が同じ向きとなる場合であることを理論計算により確認しました。また、[-110]方向の細線では、永久スピン旋回状態が実現すると異方性が消失することを発見しました。これは[-110]方向の細線ではRashbaスピン軌道相互作用とDresselhausスピン軌道相互作用が完全に打ち消し合い、永久スピン旋回状態の証拠となる重要な知見です。

実際に、InGaAs半導体二次元電子ガスから細線構造を作製し、量子干渉効果(磁気伝導度)を測定すると面内磁場の角度に強い依存性を示すことを観測しました(図3)。また、この磁気伝導度の振幅を面内磁場の角度に対してプロットすると図4のような異方性を示し、数値解析と理論の結果を良く再現することを確認しました。この振幅が最大になる角度から直接Rashbaスピン軌道相互作用αとDresselhausスピン軌道相互作用βの比α/βを求めることができることを実証しました。また、面内磁場の大きさを変化させて測定することによりαとβの絶対も求めることができます。さらに細線にゲート電圧を印加しRashbaスピン軌道相互作用αを変化させゲート電圧によって永久スピン旋回状態を実現することに成功しました。図5に示すようにこのゲート電圧では[-110]方向の細線では異方性が消失し確かに永久スピン旋回状態が実現されていることを検証しました。

本手法は、半導体ヘテロ構造の設計指針を与え、スピン緩和の抑制された永久スピン旋回状態を容易に実現することが可能になります。またスピン回路の基本となるスピン相補インバータ(注7)の実現に貢献できます。

【将来の展望】

ホール測定は、キャリアの電気的な特性を計測する確立された手法です。スピン軌道相互作用は固体物理の様々な分野の登場する普遍的な現象です。スピントロニクス研究の進展にともない、スピン特性を信頼性が高くかつ簡便に計測する手法の確立が望まれていました。半導体細線構造と面内磁場を組み合わせることにより2つのスピン軌道相互作用を直接求めることができる本手法は、半導体のスピン特性を正確に評価する手法としてスピントロニクスだけでなくスピン量子情報やトポロジカル絶縁体、マヨラナフェルミ粒子等スピン軌道相互作用が重要な役割を果たす研究分野に大きなインパクトをもたらすことが期待されます。

■発表論文の詳細

  • タイトル : Direct determination of spin-orbit interaction coefficients and realization of the persistent spin helix symmetry
  • 著者名 : A. Sasaki, S. Nonaka, Y. Kunihashi, M. Kohda, T. Bauernfeind, T. Dollinger, K. Richter and J. Nitta
  • 論文名 : Nature Nanotechnology, published online 13 July (2014) London Time 18:00, DOI: 10.1038/NNANO.2014.128

【お問合わせ先】

東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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