ボソンピークの謎に迫る ~ガラスにおける過剰な振動状態密度の新たな知見~

2014/10/07

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の中村健作氏(博士課程後期3年),高橋儀宏准教授,藤原 巧教授は,フレスノイトと呼ばれるケイ酸塩鉱物と同じ組成のガラスの低温比熱測定を実施し,結晶とガラスの異なる状態間であっても低温過剰比熱の特徴が極めて類似していることを見出しました.これは低温過剰比熱にとって物質の密度差が重要な因子であることを意味し,フレスノイトと同一組成の結晶―ガラス間において過剰な状態密度も類似性を示すと考えられます.このことはガラスの未解明現象とされるボソンピークの理解に大きな進展をもたらす成果と期待されます.本研究成果は,英国オンライン科学誌「Scientific Reports」(10月6日)に掲載されました.

【研究の背景】

ガラスは古代より,原料となるケイ酸塩1)などを採集,調合および溶融することで人工的に合成された材料です.その作製の容易さなどからレンズ・フラスコ・光ファイバーに利用されるなど,文化的生活および科学技術の発展に不可欠といえます.ガラスは室温で固化しているにも関わらず,その微視的構造は液体のように不規則であり,これが規則構造を有する結晶と決定的に異なる点です.そのため,ガラスの物理特性の理解は現在でも途上段階にあり,その解明のために精力的な物性研究がなされています.

ガラスの特質の一つにボソンピークがあげられます.これは非弾性散乱スペクトルの低波数領域において出現しますが,低温比熱測定によってもブロードな過剰比熱として観測されます.これらは非晶質(ランダム)構造に由来する過剰な振動状態密度(Vibrational Density Of State; VDOS)が原因と考えられています.ボソンピークは1950年代より知られていますが,その起源については今なお議論がなされており,実験およびシミュレーションによる現象解明が試みられています.

【研究内容】

ボソンピークは過剰なVDOSが原因とされていることから,原子振動に関連する熱物性である比熱2)に着目しました.本研究では、ケイ酸塩鉱物であるフレスノイト(Ba2TiSi2O8)と同じ化学組成を持つガラスを合成し,熱処理による結晶化の前後における比熱を比較することで,ボソンピークの振る舞いを調査しました.

SiO2を主成分とするフレスノイトにおいて,ガラス相(結晶化前)と結晶相(結晶化後)両方で10–20 Kの温度領域でブロードなピークが観測され,これらピークは類似する特徴を有することを発見しました(図1).一方で,シリカ(SiO2)ガラスはSiO4四面体のみで構成され,ネットワーク構造がランダムであることを除けばSiO2結晶(石英・クリストバライト)と良く似た性質を示します.しかし組成や結晶構造が複雑なフレスノイトに比べて,SiO2系は単成分酸化物で短距離構造が類似するにも関わらず,低温で見られる比熱のピークの特徴(大きさ・極大温度)は大きく異なります(図1および図2).


図1.フレスノイト組成を有するガラスおよび種々の温度で熱処理することで結晶化させた試料の低温比熱(白抜き記号,数値は結晶化温度).Cpは試料の定圧比熱,Tは温度(ケルビン単位)を示す.既往のシリカガラスとSiO2結晶(石英・クリストバライト)の比熱測定結果も併せて記載.

図2.フレスノイト組成のガラスおよび結晶化試料の低温比熱測定におけるピークの大きさ(縦軸)とピーク温度(横軸)との関係.既往のシリカガラスとSiO2結晶のデータも併せて記載.

シリカガラスはSiO2結晶と同様にSiO4四面体で構成されていますが,それら物質間の密度差が大きいことが知られています(石英:約6 %,クリストバライト:約20 %).一方で,フレスノイト組成を有するガラスの構造は対応する結晶と類似しており,さらにガラスと結晶の密度差はシリカガラスの場合と比較してとても小さいことが報告されています(約3.5 %).本研究結果は,非弾性散乱スペクトルや低温比熱で観測される過剰なVDOSはガラスネットワークの結合様式など近距離構造よりも,原子の充填様式などの中距離的構造を反映することを強く示唆するものであります.

【今後の展開】

ガラスは有史以来,私たちの身近な材料であるにも関わらず,今なおその性質は謎に満ちています.本研究によってガラスの低温比熱について新たな知見を得たと同時に,固体物理学のトピックの一つとされるボソンピークの起源解明に重要な指針を与えるものと考えられます.さらに,結晶と同じ組成を有するガラスのVDOSをより詳細に検討することで,ガラスの熱振動エネルギーの研究および伝熱・蓄熱材料への開発にも展開できると期待されます.

【用語解説】
1) ケイ酸塩:主に4つの酸素原子が1つのケイ素原子に配位した四面体構造により構成され,四面体の連結形態の違いにより多様な構造を形成する.ケイ素と酸素は地殻中に豊富かつ広く分布しており,それゆえ安価かつ重要な工業鉱物資源である.
2) 比熱:体積もしくは圧力が一定の条件下において,単位質量の物質を単位温度上昇させるのに必要な熱量.なお,本研究においては定圧比熱を取り扱っている.
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports 4, 6523; DOI:10.1038/srep06523 (2014).
タイトル:Low-temperature excess heat capacity in fresnoite glass and crystal
(和訳:フレスノイトガラスおよび結晶における低温過剰比熱)
著者:Kensaku Nakamura, Yoshihiro Takahashi and Takumi Fujiwara
【問い合わせ先】
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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