酸化物ガラスの新しい結晶化機構を発見 ~革新機能ガラス材料の創製に向けて~
2015/03/18
工学研究科応用物理学専攻の高野和也氏(修士課程2年),高橋儀宏准教授,藤原 巧教授及びドイツのフリードリヒ・シラー大学イエナ(通称イエナ大学)オットー・ショット研究所のウルフガング・ヴィズネスキ(Wolfgang Wisniewski)博士とクリスチァン・ラッセル(Christian Rüssel)教授は,酸化物ガラスにおいて,これまでに報告例のない特異な結晶成長および配向組織形成の観測に成功しました。これは東北大・藤原グループの先駆的な研究報告が契機となっており,各国の関連研究者によりその再現性が実証され,先進性への評価が高まる中で今回の国際共同研究の成果につながりました。
今回の成果は,実現が困難とされていた配向構造1)を有するガラスセラミックス材料の開発に大きな進展をもたらすものと期待されます。本研究の内容は,英国オンライン科学誌「Scientific Reports」(3月17日)に掲載されました。
私たちの身近にあるセラミックスは主に酸化物結晶などから合成される無機固体材料であり,構造材料から携帯端末まで幅広く利用されています。一般に,セラミックスは原料粉末を混合・焼結することで合成されますが,得られる材料は多結晶体であり,その結晶方位はランダムとなります。多結晶材料において,より優れた特性を得るには結晶を特定の方位に揃えること,すなわち配向性を高めることが必須となりますが,通常の合成法で高い配向性を得ることはきわめて困難です。
酸化物ガラスに熱処理を施すことで,ガラス内部や表面に機能性結晶を析出させる「結晶化ガラス法」は析出結晶の種類やサイズ制御が可能なことから,機能性セラミックスの合成法として注目されており,最近ではハワイの世界最大となる望遠鏡TMTの主鏡にも採用されています。また,藤原グループでは,結晶方位の対称性を制御した結晶化ガラスを活用して,結晶に固有の機能性である光波制御性を発現する光ファイバー型素子などの開発を世界に先駆けて行ってきました。このように,機能性が結晶方位に強く依存するフォトニクスや誘電体分野への材料・デバイス応用が期待されている一方で,結晶化ガラスの配向組織形成にいたるメカニズムはほとんど解明されておらず,材料応用および高機能化にはそれらの理解が大いに期待されます。
本研究では,内部組織および結晶情報の同時取得により二次元方位マップが構築可能な電子線後方散乱回折法(EBSD)2)を用いて,フレスノイト型Sr2TiSi2O8が析出した完全表面結晶化ガラス3)の組織観察を行いました。このフレスノイト型結晶を析出する結晶化ガラスはファイバー形態への成形が容易で,しかも単結晶では実現が困難である放射状の分極配向性を有するファイバー材料として藤原グループにより実証されており,さらに光学的ストイキオメトリーという独自の材料設計によって単結晶に匹敵する超透明性の付与も可能であることが同グループによりこれまでに報告されています。
通常,ガラスの結晶化には,結晶核形成と結晶成長という2段階のプロセスがあります。完全表面結晶化ガラスにおいては,結晶化が開始される試料表面に核形成プロセスの痕跡が残されています。EBSD測定では,その特徴である表面近傍の情報の選択的な取得によって結晶化の初期状態を知ることが可能です。その結果,試料最表面はフレスノイト型結晶の[0 0 1]方向に極めて高い結晶配向性を有することをはじめて明らかにしました(図1)。これまではガラスの最表面に発生する結晶核の方位はランダムと考えられていましたが,本研究では結晶化の初期段階,すなわち核形成プロセスにおいてガラス表面に生成する結晶核に配向が生じることを見出しました。さらに結晶成長プロセスが支配的となる内部の組織領域においてもEBSD測定を実施した結果, 従来と同様に[0 0 1]方向への結晶成長をあらためて確認しました(図2,図3)。
図1 完全表面結晶化ガラスの試料表面における走査型電子顕微鏡(SEM)像およびEBSDにより評価した(0 0 1)の極点図(右上の挿入図)。この試料は35rO‒20TiO2‒45SiO2組成(モル百分率)の前駆体ガラスを熱処理することで作製しました。
図2 試料表面を約100 μm研磨した領域のSEM像と(0 0 1)の極点図(左)およびEBSD測定から得られた結晶方位マップ(右)。試料表面から深さ100μmの領域では結晶成長が支配的であり,その結晶方位は [0 0 1]であることが分かります。
図3 試料の表面領域におけるEBSD測定結果(断面方向)。試料表面に対して垂直に[0 0 1]方向へ結晶が配向していることから(図2参照),断面方向からは[0 0 1]方向に相当する赤色は見られない。また表面領域と結晶成長面における極点図は同じ特徴を有しており,これからも核形成プロセスと結晶成長プロセスにおける配向性が一致していることが分かります。
ガラス-結晶の相転移における結晶方位の配向性に関して,これまでは次のように考えられていました。高温状態において,ガラス中に初期段階で生成するごく小さな結晶核は互いに孤立して存在するために,この段階では配向性のないランダムな方位となりますが,結晶が大きく成長する途上で成長速度の速い結晶方位が優先的に領域を獲得しながら成長し,いわば他の方位の成長を阻害するように領域拡大競争を制することで配向性が高くなるというものです。本研究においてEBSDを用いた精密な観測によって,結晶核と結晶成長は両者ともに[0 0 1]方向を有し,配向方向が一致していることをはじめて明らかにしました。この結果は,ガラス結晶化のごく初期段階であるエンブリオ(幼核)と呼ばれる核生成においてさえも結晶方位の配向性を決定する要因が存在する可能性を示唆しており,このことは「ガラスにおけるランダム構造とは何か?」という本質的な問いかけを想起させます。ともあれ今後のさらなる進展によっては,ランダム配向が常識と考えられていたナノ結晶粒子が分散する結晶化ガラスであっても,全ての結晶子を配向させることが可能となる画期的な合成法の開発に結び付くことが期待されます。
完全表面結晶化ガラスは,柱状の単結晶ドメイン(幅:約10 μm)がガラス試料の表面から結晶成長を始め,高い配向性を保持しながら試料のすみずみまで全体積を覆うように成長を続けるきわめて希少な材料です。この結晶化の特異性は,上述した核形成・結晶成長プロセスにおける配向性の一致がその要因の一つであると推察され,今回の国際的な共同研究により特異なガラス結晶化の機構を解明する重要な知見の一部を得ることができました。しかしながら,熱的に準安定状態にあるガラスにおいて,構造の秩序化と形成エネルギーのバランスによって発現するこのガラス結晶化は,物質内で起こる精緻な自然現象の傑作でもあり,簡単には人智の及ばない深遠さや神秘性をあらためて感じさせる結果でもあります。今後さらに研究を進めることで,これまで不可能とされてきた結晶化ガラスの結晶配向制御を実現し,光を自在に操る光ファイバー素子やスピン熱伝導による集熱回路,大規模光触媒プレートなど,基礎科学の知見を土台にしながら革新的な光・電子・熱材料やデバイス応用への道を切り開いて行きたいと思います。
タイトル:Microstructure of transparent strontium fresnoite glass-ceramics
(和訳:ストロンチウムフレスノイト透明結晶化ガラスの微細構造)
著者:Wolfgang Wisniewski, Kazuya Takano, Yoshihiro Takahashi, Takumi Fujiwara, Christian Rüssel