ペロブスカイト型プロトン伝導体の欠陥分布の解明に成功 - 家庭用固体酸化物形燃料電池の低コスト化、用途拡大に道 -

2015/10/02

【概要】

 東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の及川 格助教と高村 仁教授の研究グループは、300-500℃で作動する固体酸化物形燃料電池への応用が期待されているペロブスカイト型プロトン伝導体中のプロトンと酸素空孔の分布を解明し、それら欠陥の相互作用によりプロトン伝導度が向上する可能性を示しました(図1)。

 現在、家庭用燃料電池エネファームtype Sとして実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は750℃近傍で作動しており、低コスト化や用途拡大のために300-500℃の中温領域での作動が求められています。その実現には、この温度域で高いイオン伝導度を示す材料が必要とされますが、候補材料であるペロブスカイト型プロトン伝導体では、プロトンが結晶中の特定の位置にトラップされイオン伝導度が低下する「プロトントラッピング」という欠点がありました。

 今回の研究成果は、このペロブスカイト型プロトン伝導体において、酸素空孔量を制御することで静電的相互作用によりプロトントラッピングが解消することを示し、中温領域においてイオン伝導度を向上させる新しい指針を提案するものです。本成果はアメリカ化学会の学術誌Chemistry of Materialsに2015年9月30日に掲載されました。

【研究の背景】

 固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、発電効率が高く、白金などの高価な触媒が不要で排熱を利用してお湯などを沸かせることから家庭用燃料電池エネファームとして実用化されています。SOFCの作動温度は700-750℃と高温であるため、使用できる材料が限られコストが高い、材料の劣化が早い、起動までに時間がかかるなどのデメリットがあります。作動温度を300-500℃の中温領域まで低温化することができれば、コストを下げられ、移動型電源としての用途の拡大が期待されます。

 SOFCの中温作動化を実現するためには、500℃以下で高いイオン伝導度を示す電解質材料が必要ですが、この温度域で現行SOFCに匹敵するイオン伝導度を示す材料は報告されていません。本研究は、中温作動SOFCの電解質として近年盛んに研究されているペロブスカイト型プロトン伝導体に注目し、更なるイオン伝導度の向上を目指して行われました。

 ペロブスカイト型プロトン伝導体では、水蒸気雰囲気中でプロトンが高速に動くことができます。近年、Zrイオンを希土類元素(RE)で置換したBaZr1-xRExO3において、負に帯電した希土類元素が正電荷を持つプロトンを静電的な引力によってトラップすることがプロトンの長距離伝導を阻害すると報告されています。本研究は、このプロトントラッピングに着目し、希土類置換BaZrO3中のプロトンの分布を解明することにより、プロトントラッピングの影響を低減しプロトン伝導度の向上に繋がる指針を得る目的で行われました。

【研究成果の詳細】

 本研究成果は、材料中のプロトン量が異なる試料を作製し、材料中のプロトンの分布の変化を核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance; NMR)分光法と熱重量分析法により観測して得られました。NMR分光法を用いることにより特定のイオン周囲に形成されたプロトン量を明らかにすることに成功しました(図2)。

 材料中にほとんど酸素空孔が存在しない場合は、プロトントラッピングによりプロトンが希土類元素周囲に束縛されますが、材料中に一定量の酸素空孔が存在すると、希土類元素と酸素空孔のペアが正電荷を持つため、同じ正電荷を持つプロトンが周囲に形成されにくく、希土類元素に束縛されないプロトンが存在することが明らかになりました(図3)。

 このことは、酸素空孔を制御することにより希土類元素による束縛を強く受けないより動きやすいプロトンを材料中に存在させられる可能性を示しており、プロトン伝導度の向上に繋がることが期待されます。これまでの研究の多くは、電気伝導度測定やプロトン量測定などの巨視的な視点で行われてきましたが、本研究成果はイオン周囲の局所構造とプロトンの分布というこれまでとは異なった微視的な視点から行ったことにより得られました。

【今後の展望】

 今回の結果は、ペロブスカイト型酸化物においてプロトンと酸素空孔の共存がプロトントラッピングを解消することを示したものであり、今後はその共存が実際にプロトン移動度の向上に寄与していることを確認する必要があります。また、今回のイオン欠陥分布の解析手法はペロブスカイト型酸化物に限らず酸化物一般に適用できるため、他のイオン伝導体に加えて、蛍光材料や触媒材料にも研究を展開していく計画です。

【論文情報】
題目: Correlation among Oxygen Vacancies, Protonic Defects, and the Acceptor Dopant in Sc-Doped BaZrO3 Studied by 45Sc Nuclear Magnetic Resonance
著者: Itaru Oikawa and Hitoshi Takamura
雑誌名: Chemistry of Materials
URL: http://pubs.acs.org/articlesonrequest/AOR-dVRDT5EtbYTwdH6qU8t5
【用語説明】
  • ペロブスカイト型プロトン伝導体
     ペロブスカイトはCaTiO3の組成で鉱物として産出される酸化物であり、このペロブスカイトと同じ結晶構造を持ちAXO3の組成で表される酸化物をペロブスカイト型酸化物と呼びます。ペロブスカイト型酸化物では、AサイトやXサイトの陽イオンを低原子価、あるいは高原子価の陽イオンで置換すると、電気的中性を保つため電子、正孔、酸素空孔などが欠陥として形成されます。ペロブスカイト型酸化物は、これらの欠陥量を陽イオン置換により制御することで様々な機能が発現します。その中で、ペロブスカイト型プロトン伝導体では、4価のXサイトを3価の希土類元素で置換することにより、酸素空孔が形成され、酸素空孔と雰囲気中の水蒸気が反応してプロトンが材料中に固溶します。固溶したプロトンが材料中を動くことでプロトン伝導性を示します。AサイトにBa、Ca、Sr、XサイトにCe、Zr、を用いたペロブスカイト型酸化物でプロトン伝導性が発現することが知られています。
  • 核磁気共鳴分光法
     核磁気共鳴分光法は、特定の原子やイオン周囲の化学的環境の違いを観測する方法です。医療、有機化学、鉱物学、材料科学など幅広い分野で構造解析や物性測定に利用されています。
  • 熱重量分析法
     熱重量分析は、試料を加熱、冷却しながらその重量変化をμg単位で測定する方法です。
【お問い合わせ】
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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