東北大学工学研究科・工学部
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2012/09/27

テラヘルツ光を用いて絶縁電線内部の見えない銅素線を非破壊・安全に可視化することに成功―被覆電線等の保守点検作業効率の大幅な向上に期待―

【発表のポイント】
 ・新しい光 テラヘルツ光を用いて被覆電線内部の目に見えない電線素線を可視化
 ・テラヘルツ光は人体に安全、絶縁被覆を容易に透過し電線素線で高効率に反射
 ・非破壊で安全に電線素線の断線や腐食を誰でも素早く停電せずに検査できる技術へ道
 ・テラヘルツ光のキラーアプリケーションの一つを開拓


【成果概要】
 東北大学大学院工学研究科 小山 裕 教授、同多元物質科学研究所 田邉 匡生 准教授、同研究科 中嶋 かおり 研究補助員、同研究科 浜野 知行 実験補助員らの研究グループは、独自の新しい光であるテラヘルツ光を用いて、肉眼では見ることができない絶縁被覆電線内の銅素線を安全かつ明瞭に可視化することに成功しました。この技術を使えば、従来は熟練した作業員が送電を停止した上で電線被覆を除去して目視で検査していた被覆電線の腐食状態や断線の検査を、停電すること無く通電状態のまま被覆を除去せず非破壊に電線の電線・腐食状態を経験に依らず誰でも検査することが可能になります。
 今回用いたテラヘルツ光は、光と電波の中間的な光であり、光としては非常に波長が長い光であり、電波としては極めて周波数が高いものとなるため、これまで発生することも検出することも大変困難でした。そのため、永らく実用的には使われることはありませんでした。しかし近年、その光と電波の両方の性質から得られる様々な有用性が示され、我々の研究グループや他の世界中のグループから発生と検出そしてその応用の報告が相次ぎましたが、中々実用的な独自の結果を示すことができませんでした。
 そこで、我々の研究グループは、テラヘルツ光が絶縁被覆材料の代表であるポリエチレン等の樹脂等をとても良く透過し、電線素線である金属(銅等)では良く反射されるという特徴を活かして、独自のテラヘルツ光源と特殊構造のジグを開発して、目に見えない絶縁被覆電線内部の電線素線イメージングを明確に示すことに成功しました。しかも、これまでの研究から、テラヘルツ光は金属表面の極薄い腐食層(酸化層等)により反射強度が大きく影響される結果が得られており、更に今回の成果を用いることで、電線素線の断線のみならず、断線に至る前の腐食状態も把握することが可能になると考えています。金属の腐食状態にテラヘルツ光の反射特性が大きく影響を受ける理由は、テラヘルツ光の光量子エネルギーが金属腐食層を構成する化合物分子の弱い水素結合や水和物の分子振動周波数帯に対応するためであろうと考えています。
 尚、この成果は、橋梁や自動車用鋼板等、塗装膜下の金属構造物の亀裂や腐食検知、被覆ケーブルの劣化検査等、広範囲に応用が期待できる新技術です。
本研究成果は、2012年10月7日から米国ハワイで開催される電気化学学会で発表される予定です。

【研究背景】
東北大学は戦前から、より高い周波数帯域を目指して研究開発を行なってきました。古くは八木秀次教授の八木アンテナや岡部金次郎教授の陽極分割型マグネトロン、そして西澤潤一教授の半導体レーザー等です。研究開発された高周波電子デバイスは、マイクロ波(実は波長はセンチ)からミリ波まで広い周波数範囲に亘りますが、半導体レーザーの発明で、波長(周波数)は一気に電波から光の領域へと飛び越えてしまいました。その飛び越え取り残されたミリ波〜サブミリ波(ミリメートル以下の波長の電波)の光が「テラヘルツ波」と呼ばれるものです。テラヘルツの「テラ」とは、10の12乗を表す接頭記号であり、メガヘルツの「メガ」の100万倍高い周波数です。しかし光としては極めて波長が長く、電波としてはとても周波数が高い(携帯電話の1000倍程度高い周波数)であるために、発生・検出ともに極めて困難でした。そのため、永らく実用的には使われることが殆ど無く、「未使用周波数帯」と呼ばれていました。その未開拓の周波数帯域「テラヘルツ波(THz波)」を発生する研究が東北大学で行なわれ、1983年の先駆的な本学西澤・須藤の研究成果から始め、近年の可変波長レーザーの進展に相俟って本学伊藤弘昌教授らのグループにより2001年に発表され、それに引き続き本学西澤・須藤・田邉により広帯域・高強度連続周波数可変テラヘルツ光源が2002年に実現されました。それとは別に、西澤潤一教授の発明に係るタンネットダイオードデバイスは発振周波数が半導体デバイスとしては極めて高い700GHz(0.7THz)帯に突入し、0.06THzから0.7THzまでカバーするテラヘルツ小型光源デバイスとして用いることができるようになりました。
我々は、レーザー励起テラヘルツ光源と半導体デバイス光源の開発及び応用研究を推進してきました。本研究成果は、テラヘルツ光の、人体に安全でありながら絶縁樹脂等には高い透過性を示し金属には反射される特徴を十二分に活かした「キラーアプリケーション」であると考えております。

【研究経緯】
我々の研究グループはテラヘルツ光源開発及びそのための半導体結晶成長を推進し、各種レーザー励起光源や電子デバイス光源を構築し、医薬品やタンパク質等の広範な有機物のテラヘルツデータベースを構築してきました。その中で、偶々金属酸化物がテラヘルツ光反射に及ぼす大きな影響を見出し、本研究成果の基盤となりました。特に被覆電線内部の銅素線を可視化するために、特殊な構造の光学系を備えた冶具を設計し(特許出願済)、自動測定系を構築することに依り明瞭な内部素線可視化に成功しました。

【研究内容】
小型テラヘルツ光源として、独自に構成した種々の周波数を発生する半導体電子デバイス等を用い、絶縁電線を測定するための、独自の光学装置を設計しました。その上で、色々な材質が用いられる絶縁被覆材料のテラヘルツ透過特性をデータベース化し、銅素線の腐食状態によるテラヘルツ光の反射特性を把握した上で、最適なテラヘルツ周波数により、絶縁被覆電線の内部銅素線を明瞭に可視化することに成功しました。
このテラヘルツ光を使った新しい検査法によれば、世界中で日常的に行なわれている電線の点検作業が大幅に効率化できます。現在の検査法では、検査に先立ち停電する必要があります。熟練した検査作業員が電線の破断可能性が高い電線の被覆を機械的に除去し、経験に基づいて目視で内部の電線素線の腐食状態を検査し、もし破断の危険が高いと判断された場合には区間の電線を交換します。しかし、破断の危険性が低いと判断された場合には、除去した絶縁被覆を修復しますが、完全に修復することは困難で、水の侵入等により新たな電線腐食の可能性を高めてしまいます。しかし、今回開発されたテラヘルツ方式の検査法では、通電状態で検査が可能であるので、停電する必要がありません。また絶縁被覆を機械的に除去すること無く破断個所等の特定がイメージングで行なうことができるので、検査に経験を必要とせず、検査後に絶縁被覆を修復する必要もありません。更に、従来の透過検査に用いられるエックス線やガンマー線等の放射線と違い、人体が浴びても安全です。安全に非破壊で経験を必要としない高効率な電線保守点検作業を実現することができると言えるでしょう。


【今後の展望】
 実検査装置に必要な装置構成の耐侯性等を精査し、高速な試験体検査を進めさらに実検査に耐えうる装置構成に仕上げたいと考えております。更に本研究成果は、絶縁被覆電線素線の保守点検分野のみならず、同様の金属構造物が樹脂等の非極性材料に被覆・埋設形成された構造体の非破壊検査に広く適用可能であるので、幅広く検査対象を広めていく予定です。そのために、未だ整備されていない各種金属腐食・酸化物成分のテラヘルツ分光データベースの整備を進める必要があると考えております。

【論文名、著者名】
PCT/JP patent pending (2012), PCT/JP2012/072139

“Application to the non-destructive inspection of copper corrosion via coherent Terahertz light source”,
Kyosuke Saito, Takashi Yamagata, Hidetaka Kariya, Tadao Tanabe, and Yutaka Oyama,
222nd Meeting of ECS ― The Electrochemical Society, Honolulu, Hawaii, October 7-12, 2012, Hawaii Convention Center and the Hilton Hawaiian Village
Meet. Abstr. - Electrochem. Soc. 1202 2135 (2012).

参考図1
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参考図2
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【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
E-mail:eng-pr@eng.tohoku.ac.jp

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