東北大学工学研究科・工学部
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2013/09/26

電子スピンのベリー位相を直接観測-幾何学的に保護されたスピン情報による量子デバイスへの展開に期待-(知能デバイス材料学専攻 新田淳作教授)

【発表のポイント】




  • アハロノフ・キャッシャー効果を用いることで電子スピンのベリー位相の変化を観測

  • ノイズ耐性に優れたベリー位相を半導体デバイス中でコントロールすることに成功

  • 電子スピンのベリー位相を用いたスピントロニクスデバイスへの展開に期待

本研究成果は2013 年9 月26 日(日本時間同日),英国科学誌『Nature Communications』に掲載されました。

■概要

東北大学大学院工学研究科博士後期課程1 年長澤郁弥(日本学術振興会特別研究員),同研究科新田淳作教授,セビリア大学(スペイン),およびレーゲンスブルク大学(ドイツ)らの国際共同研究グループは,アハロノフ・キャッシャー効果を用いることにより,半導体デバイス中で電子スピンのベリー位相を電気抵抗の変化として直接観測することに成功しました。


ベリー位相(注1)は,時間とともに変化する通常の位相とは異なり,状態のたどる経路によってのみ決まるため,幾何学的に保護されているという特徴があります(図1)。ベリー位相はさまざまな現象にあらわれる普遍的位相であり,これまで光ファイバや超伝導体などを用いて数多く研究されてきましたが,電子スピン(注2)のベリー位相については直接的に観測された例がありませんでした。新田淳作教授らの研究グループは,スピンの位相干渉を電場により変調可能なアハロノフ・キャッシャー効果(注3)を利用することで,電子スピンの位相を制御し,そのベリー位相を初めて直接的に観測することに成功しました。この研究成果により,電子スピンを用いた飛行量子ビット(注4)やトポロジカルエレクトロニクスへの展開が期待されます。本研究成果をまとめた論文は2013 年9 月26 日,英国電子ジャーナル『Nature Communications』に掲載されました。



■研究内容

新田淳作教授らの研究グループは,スピン軌道相互作用(注5)と呼ばれる相対論的効果を強く示す半導体2 次元電子ガス(注6)を用い,半径が0.6μmのリング構造を配列状に1,600 個作製しました(図2a)。微小リング中では粒子が波としての性質を示すため,電子スピンの位相を反映した量子干渉が起こり,その干渉強度はリング配列構造の電気抵抗としてあらわれます。半導体基板の表面にはリング配列構造全体を覆うように金属の電極が取り付けられており,この電極に電圧(ゲート電圧)を加えることで,スピン軌道相互作用を介してリング中の電子スピンの位相をコントロールできます。このような,電場によるスピンの制御が量子干渉の変化(ここでは,電気抵抗の変化)としてあらわれる現象をアハロノフ・キャッシャー効果と呼び,スピンの位相を調べるために非常に有用なツールです。実験的に観測されたアハロノフ・キャッシャー効果を示したのが図2b です。ゲート電圧に対して量子干渉強度(電気抵抗)が変化していることがわかります。この振動は,これまでにも観測されていた時間に依存する電子スピンの位相変化によって主に生じています。


半導体2 次元電子ガスに対して平行方向に磁場を加えながら同様の実験をおこなった結果が図3a です。図中に点線で示したように,磁場を加えるにしたがいスピンの位相が正のゲート電圧側にずれることが観測されました。このずれは,平行磁場によって電子スピンのベリー位相が変調されることに起因しており(図3b),スピンのベリー位相を電気抵抗の変化として直接的に観測した初めての結果です。理論計算により,この実験結果は非常によく再現されました(図3c)。理論計算によると,図3a にて観測された位相のシフトは,平行磁場によるベリー位相の変調のみに起源をもつことが明らかとなりました。また,異なるリング半径のデバイスを用いた実験においてもスピンベリー位相による干渉模様のずれが観測され,リング径の違いを考慮すると,ずれの量が理論と定量的によく一致することがわかりました。以上の実験結果は,数値シミュレーションによっても再現されています(図3d)。

図1
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図2
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図3
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■今後の展望

ベリー位相を用いた,電子スピンによる飛行量子ビットの実現を目指します。また,新たな物理現象の原理検証,例えば不揮発性メモリとしての機能を有する,エネルギー散逸のない永久スピン流(注7)の観測なども視野に入れ,研究を進めます。



■謝辞

本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S) の助成により実施されたものです。また一部は,科学技術振興機構国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム,研究領域「ナノエレクトロニクス」)研究課題名「トポロジカルエレクトロニクス」の委託事業としておこなわれました。



■用語解説



注1 ベリー位相

英国の物理学者マイケル・ベリーにより1984年に定式化された位相。通常考える時間発展に依存した位相(動的位相)とは異なり,波動関数が閉じた経路を描く際の軌跡によって生じる位相をいう。このことから,一般に幾何学的位相とも呼ばれる。同位相の定式化により,ベリーはノーベル物理学賞の受賞候補に擬せられている。

注2 電子スピン

電子は負の電荷を帯びた粒子であるとともに,小さい磁石としての性質を併せもつ。この磁石としての性質を古典的な球の自転になぞらえ,スピンと呼ぶ。スピンは量子力学的な状態であり,3次元空間内のベクトルで表現される。

注3 アハロノフ・キャッシャー効果

アハロノフ・ボーム効果と電磁気学的に対応関係にある効果。アハロノフ・ボーム効果では磁気モーメントを囲む荷電粒子を考えるが,アハロノフ・キャッシャー効果では磁気モーメントをもつ粒子が荷電粒子を囲む場合を考える。スピン軌道相互作用(注5 参照)が存在すると,電場が実効磁場に変換され磁気モーメント(スピン)と結合するため,電場によるスピンの位相変調を通して干渉が変化する。

注4 飛行量子ビット

量子ビットとは,重ね合わせという量子特有の状態を扱える量子情報の最小単位のこと。量子ビットに演算をさせることにより情報処理をおこなうコンピュータを量子コンピュータと呼び,素因数分解やデータベース検索などについて,現在のコンピュータとは桁違いの速さでの処理が可能となる。コヒーレントな輸送の間に演算をおこなう量子ビットを特に“飛行”量子ビットと呼ぶ。

注5 スピン軌道相互作用

電場中を運動する電子が実効的に磁場を感じるという相対論的効果。半導体中では,結晶や異種接合界面の構造に起因した局所的な電場により生じる。本研究では,半導体基板の表面に金属の電極が取り付けられており,この電極に電圧を加えることでリング中の電子の感じる電場を変えることが可能であり,スピン軌道相互作用の変調が実現される。磁気モーメントであるスピンが実効磁場とカップルすることで,電場によるスピンの制御が可能となる。

注6 半導体2 次元電子ガス

バンドギャップの異なる半導体薄膜を接合させると,バンドギャップの狭い半導体材料の層のみに電子を蓄積させることができる。この層中の電子は,層に平行な2 次元平面で自由に動くことができる。このような半導体薄膜構造を2 次元電子ガスと呼ぶ。

注7 永久スピン流

有限のスピンベリー位相を有する微小リング構造において,熱平衡状態でスピン流が流れる効果。エネルギー散逸のない状態でスピンの情報を蓄えることができるため,メモリデバイスとしての活用が考えられる。



■掲載論文情報

題名:Control of the spin geometric phase in semiconductor quantum rings
著者:Fumiya Nagasawa, Diego Frustaglia, Henri Saarikoski, Klaus Richter, and Junsaku Nitta
掲載誌:Nature Communications 4, 2526 (2013)
URL (open access): http://dx.doi.org/10.1038/ncomms3526



■お問い合わせ先

東北大学大学院工学研究科教授 新田淳作
E-MAIL : nitta◎material.tohoku.ac.jp(◎を@に置き換えてください。)
TEL: 022-795-7315
FAX: 022-795-7316

【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
E-mail:eng-pr@eng.tohoku.ac.jp

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