東北大学工学研究科・工学部
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PRESS RELEASE

2013/01/15

細胞の再組み立てへ一歩前進 〜細胞から無添加で抽出した内容物を細胞内濃度まで濃縮することに成功〜(バイオロボティクス専攻 藤原研究員、野村准教授)


【概要】
生物の基本単位である細胞を一度分解してばらばらにしてしまうと、再度まぜあわせても生きた細胞には戻りません。では、なぜ細胞に戻れないのか?戻る条件はあるのか? これらの問いを解明しようと研究を進め、この度、東北大学大学院工学研究科の藤原慶研究員と野村 M. 慎一郎准教授は、一度細胞を分解した細胞抽出液を細胞内に非常に近い濃度に試験管内で調製することに成功しました。
今回調製された細胞抽出液は添加物が一切なく、蒸発現象を利用して細胞内環境並みに濃くしたものです。こうして得られた細胞抽出液は、細胞同様に遺伝子(DNA)からタンパク質を生産する機能を有していました。同時に、タンパク質を作る能力は濃度上昇に伴い一度は増加するものの、細胞内濃度に近いある濃度に到達すると逆に減少することを見出しました。この成果により、試験管内での環境が、人工物添加や濃度の問題だけでなく、マイクロメートルサイズの細胞内の環境と明確に違うことを実証しました。
今回の結果がなぜ生じたかを明らかにすることで、細胞抽出液が細胞に戻るために必要な諸条件が導かれることが期待され、細胞の再組み立て実現への可能性が広がることになります。本研究成果は、2013年1月10日に、PLOS ONEに掲載されました。

【研究背景】
生物の基本単位である細胞を分解して得られる細胞抽出液が、DNAからタンパク質を作る能力を持っていることは1960年代から知られていました(無細胞タンパク質発現)。これまでに、無細胞タンパク質発現によって、細胞を模したさまざまな人工細胞が構築されてきています。このような研究の延長線上に、細胞そのものを創ろうとする試みも国内外で進んできています。しかし、細胞に見られる高度な機能が細胞抽出液でいつも再現される訳ではありませんでした。その理由の一つは、これまでに取り扱われた細胞抽出液は実際の細胞よりも格段に希釈された状態であり、必ずしも細胞の真の状態が反映された訳ではなかったからです。現在では、細胞の内部はタンパク質や核酸などの生体高分子が非常に混み合った状態にあることがわかっており、その濃度は300 g/Lにも達すると言われています。したがって、細胞抽出液をそのような高濃度にまで再濃縮する適切な方法が開発されれば、細胞の再組み立てに向けて解決の重要な糸口が提供されることになり、ひいては有用な機能をもたせた細胞の構築などの工学的な展望も開かれることになります。

【研究内容】
今回、藤原研究員と野村准教授はまず、添加物なしで細胞抽出液を調製しても無細胞タンパク質発現が可能であることを示しました。このようにして得られた無添加の細胞抽出液は、水分を蒸発させることで細胞内から取り出した成分のみを濃縮できます。(富士山頂のように)圧力が低い環境では沸点が低く常温で蒸発できる現象を利用したところ、細胞抽出液は細胞内並みの濃度まで濃縮可能であることが分かりました。生体分子は不安定であり試験管内では機能を失いやすいことが知られていましたが、この濃縮操作によって個々の機能を失うことはありませんでした。しかし、ある濃度以上になるとシステムとして働く無細胞タンパク質発現は正常に働かなくなることが明らかになりました。この結果は添加物や濃度の問題だけでなく、マイクロメートルサイズの細胞内空間と試験管内における環境が明確に違うことを示しています。現在の分子生物学では、こうした生と死の差を生じさせる要素を特定する技術が非常に発展してきています。本研究の成果は、生体分子(細胞抽出液)が細胞に戻るために必要な諸条件を求める材料ができたことを意味します。今後、本研究に基づいた現代分子生物学の手法により、物質から生きた細胞を構成するための基本的な諸条件が導かれることで、生命科学の新たな時代が開かれると期待されます。
本研究は日本学術振興会、JSTさきがけ、科学研究費基盤S「DNA ナノエンジニアリングによる分子ロボティクスの創成」を通して助成されたものです。


参考資料
1.成果が報告された論文 Kei Fujiwara and Shin-ichiro M. Nomura, “Condensation of an additive-free cell extract to mimic the conditions of live cells”, PLoS ONE 8(1): e54155. (2013) doi:10.1371/journal.pone.0054155
http://www.plosone.org/article/info:doi/10.1371/journal.pone.0054155

図1:今回の成果の概略図
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【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
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