筋肉をまとった有機電極で健康ホルモン分泌をコントロール

-「運動すると健康になる」を培養筋肉で再現 -

2018/02/05

【発表のポイント】
  • 筋肉細胞で包まれた伸縮性の有機電極を開発しました。
  • 筋肉細胞が収縮するときの健康ホルモンの分泌を電気でコントロールできます。
  • 運動と健康をつなぐ健康ホルモンの作用の一例を、この培養筋肉を使って再現することに成功しました。
  • 本成果は、運動による健康効果のメカニズム解明、更にはエクササイズピル(運動効果をもたらす薬)の開発につながります。
【概要】

東北大学大学院工学研究科の西澤松彦 教授と長峯邦明 准教授(現 山形大学)のグループは、伸縮性の有機電極ワイヤーを開発し、筋肉(骨格筋)の細胞で包むことに成功しました。この電極ワイヤーは導電性高分子PEDOTとポリウレタンの複合体で、高容量(10mF/cm2以上)であるため、細胞を傷つけない安全な電気刺激によって、筋肉運動の質(強度)や頻度を自在にコントロール出来ました。研究グループは、この筋肉-電極ワイヤーを用いて、運動時に放出される筋肉ホルモン(マイオカイン)が白血球を引き寄せることを実証しました。

最近、様々なメディアで頻繁に紹介されているように、筋肉はマイオカインによって体全体の健康を調節しており、運動には肥満や糖尿病など様々な病気への治療効果が知られています。筋肉-電極ワイヤーによる実験は、運動効果のメカニズム解明、更にはエクササイズピル(運動効果をもたらす薬)の開発につながります。また、筋肉以外の細胞への刺激にも有効なため、将来的にはヒトの全身機能を電気制御するサイボーグ技術への貢献が期待できます。

本研究は、2018年2月2日にNature Publishing Groupの電子版科学誌「Scientific Reports」にオンライン版で公開されました。


筋肉に包まれた有機電極ワイヤー
【研究の詳細】
(1)背景と経緯

適度な運動が、ダイエットや生活習慣病に効果的であることは、経験的には知られてきました。しかし、「適度」とは何なのか、またその仕組みは何なのかはほとんど知られていませんでした。最近の研究で、運動により筋肉(骨格筋)が様々なホルモン様物質を分泌することが分かってきました。この分泌物は「マイオカイン」と呼ばれ、様々なメディアで頻繁に紹介されています(NHKスペシャル「人体」など)。筋肉はマイオカインによって体全体の健康を調節しており、その結果、肥満や糖尿病など様々な病気への治療効果を生み出すと言われています。マイオカインには未知の作用を持つ物質も多く含まれており、研究は活発化しています。それらの作用を解明することは、将来の医療、例えば糖尿病治療薬や、運動が困難な患者や高齢者に運動の恩恵をもたらすエクササイズピルの開発を加速させます。

これまでの筋肉の研究は、トレッドミル上でマウスを走らせるなどした動物実験にほとんど依存してきました。しかし、複雑な体内でマイオカインの相互作用を詳しく調べることは難しく、また同様の作用がヒトでも起きているかの確定が困難でした。さらに、倫理的問題もあります。一方、iPS細胞を始めとする近年の幹細胞培養技術の進歩により、筋肉を含む様々なヒトの組織・臓器を体外で培養し、研究に役立てることが可能になりつつあります。

筋肉の細胞は、電気刺激を与えると収縮運動し、更にマイオカインも分泌します。そして、筋肉細胞と他の細胞をシャーレの中で共存させれば、その相互作用を体の外で調べることができます。例えば図1のように、2種類の細胞と、1対の電極を、培養液を満たしたシャーレに配置し、電気をかけながら相互作用を観察する、という実験が想定されます。しかし、電流(ここでは培養液中を流れるイオン電流)は全ての細胞に流れて刺激するため、筋肉以外の細胞も興奮状態になり、マイオカインの作用を調べることが困難になります。また、電極の近くに細胞を配置して選択的に刺激しやすくすると、電気刺激時に起こる水の電気分解で電極近傍のpHが激変するため、細胞が不活性化する危険性がありました。


図1 従来の筋肉細胞の電気刺激方法
(2)本研究の成果

本研究では、伸縮性の有機電極ワイヤーを開発し、これを筋肉細胞で包むことに成功しました。この電極ワイヤーは導電性高分子PEDOTとポリウレタンの複合体であり、短冊状の電極フィルムをねじることで作製しました。図2Aに具体的な培養方法を示します。シリコーンゴム製のチャンバ内に有機電極ワイヤーを橋掛けるようにセットし、筋肉細胞、コラーゲンゲル、及びMatrigel®の混合溶液を満たします。このまま培養を続けると、筋肉細胞がゲルを収縮させながら自発的に電極ワイヤーを包み込みます。図2Bは得られた筋肉-電極ワイヤーの写真であり、電極ワイヤーが筋肉細胞で包まれた様子が分かります。この電極は高容量(10mF/cm2以上)であるため、このように電極と細胞が近接しても、電気分解を起こさない安全な電気刺激によって、筋肉運動の強度や頻度を自在にコントロールできます(図2C)。


図2(A)筋肉-電極ワイヤーの作製手順、(B)筋肉-電極ワイヤーの写真、(C)電気刺激の周波数による筋収縮運動の制御。

また、内包した電極を使うことで筋肉細胞だけに電流を効率よく流すことができるため、他の細胞が共存しても筋肉細胞だけを刺激できます。当研究グループは、この筋肉-電極ワイヤーを用いて、運動時に放出されるマイオカインが白血球を引き寄せることを実証しました(図3)。2本の筋肉-電極ワイヤーを準備し、それらの間の空間に白血球を配置します(図3A)。図3Aの左側の筋肉細胞だけを動かしますと、白血球はそちらの方向に遊走しました(図3B)。白血球も電気で興奮する細胞のため、本電極を用いないとこのような現象を見ることができません。また実際の筋肉でも、運動により筋肉がマイオカインを血中に分泌することで免疫細胞を呼び寄せ、運動時の炎症を抑えたり、更には筋肉へのインスリン作用を改善させたりする、筋肉・免疫細胞ネットワークの存在が示唆されています(図4)。


図3(A)実験セットアップ、(B)運動筋が分泌するマイオカインに引き寄せられる白血球の写真。

図4 筋肉‐免疫細胞ネットワーク
(3)応用の拡張性

筋肉だけでなく、免疫細胞、脳神経、そして皮膚などを構成する多くの細胞が電気的な制御を受けています。本電極は、これらの細胞への電気刺激にも有効なため、例えばBrain Machine Interface技術にように、将来的には全身の機能を電気制御するサイボーグ工学への貢献も期待できます。

<論文名・著者名>
“Contractile Skeletal Muscle Cells Cultured with a Conducting Soft Wire for Effective, Selective Stimulation”
K. Nagamine, H. Sato, H. Kai, H. Kaji, M. Kanzaki, M. Nishizawa, Scientific Reports,
DOI:10.1038/s41598-018-20729-y.
【お問合せ先】
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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