磁気異方性における四極子の役割を解明

マンガン合金の磁気デバイス応用への鍵

2020/06/17

【発表のポイント】

  • マンガンとガリウムから成る合金の薄膜において、薄膜の面に垂直な方向に磁化の向きが揃う(磁気異方性)メカニズムを明らかにしました。
  • マンガン原子における電子軌道の形を、放射光を用いた磁気分光法(磁気円二色性、磁気線二色性)による元素別スペクトルの計測と理論計算から明らかにしました。
  • マンガンガリウム合金は、鉄やコバルトとは異なり、四極子の形成が磁気異方性に重要であることを見出しました。この成果は、省電力で高記録密度な磁気デバイスの開発に繋がることが期待されます。

【発表概要】

東京大学大学院理学系研究科の岡林潤准教授、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)・東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター(CSRN)・東北大学先端スピントロニクス研究開発センター(CSIS)の水上成美教授らは、マンガン(Mn)とガリウム(Ga)から成る合金の薄膜における膜に垂直方向に磁化が揃うメカニズムについて、放射光を用いたX線磁気分光(注1)の磁気円二色性(XMCD)、磁気線二色性(XMLD)と第一原理計算(注2)により明らかにしました。特に、マンガン原子内の電子軌道の形を明確にし、マンガン合金の場合は鉄やコバルトやニッケルなどの身近な磁性体とは異なる起源であることを実証しました。さらに、マンガン原子が隣接間にて反対向きに揃うため、これまで困難だった膜に垂直方向の磁化の検出について、放射光の直線偏光の向きと試料の測定配置を工夫することにより、これらの物質系においても磁気分光計測ができるようになりました。得られた結果は、新規磁性体の開発や磁性に関する基礎物理学の微視的な理解を進展させるのみでなく、スピンを操作して低消費電力にて動作するスピントロニクス素子の設計においても重要な役割を果たすことが期待されます。

マンガンガリウム合金は、室温にて薄膜の面内方向(図1のxまたはy方向)より面直方向(図1のz方向)に磁化が極めて揃いやすい垂直磁気異方性を有します。その起源として、従来知られている軌道角運動量の効果よりも、電子軌道の異方性により面直方向に伸びた四極子(注3)が形成されることが本質的であることが判りました。これは、従来の磁化測定では計測できず、放射光を用いた元素別なX線磁気分光により初めて捉えることができます。茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設(フォトンファクトリー)において、東京大学大学院理学系研究科スペクトル化学研究センターが所有するビームライン(BL-7A)等にて磁気分光測定を行うことにより、マンガンとガリウムの電子軌道の形状を明確にできました。実験結果は、第一原理に基づく理論計算とも一致し、四極子がつくる新しい磁性材料の創出に繋がることが期待されます。3d遷移金属(注4)において四極子が磁気異方性の起源となることがマンガン化合物ではじめて実証され、スピンと軌道と四極子の絡んだ物性論の進展と応用が期待できます。

本成果は、2020年6月16日(英国夏時間)に、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されます。なお、本研究は科研費基盤研究(S)、豊田理化学研究所特定課題研究、スピントロニクス学術連携研究ネットワークの助成を受けて実施されました。

【発表内容】

電子のスピン自由度を活用した技術はスピントロニクスと呼ばれ、ハードディスクや低電力不揮発性磁気抵抗ランダムアクセスメモリを始めとして広く実用化され、現在も人工知能技術への応用などさらなる進展を目指して盛んに研究が行われています。スピントロニクスの主役となるのは強磁性体です。一方、近年では、原子の磁気モーメントが反対向きに交互に並んだ反強磁性体やフェリ磁性体も注目され、漏れ磁場をほぼゼロにでき、高集積化と高速動作を可能にすることから研究が進んでいます。このような物質系として着目されているものの一つがフェリ磁性体のマンガン(Mn)ガリウム(Ga)合金です。マンガンの磁気モーメントが反平行に並び、極めて大きな垂直磁気異方性を有しているため、スピントロニクス応用が検討されています。しかし、この物質がなぜこのような性質を有するかは今まで明確ではありませんでした。

研究チームは、磁気モーメントが反平行に並んで打ち消しあっているマンガンガリウム合金が織りなす磁性について、マンガンとガリウムの組成比の異なる試料のX線磁気分光スペクトルの解析を行うことにより、2種類のサイトの情報をそれぞれ分離して調べることに成功しました。放射光円偏光を用いた磁気円二色性は強磁性体の研究にはよく用いられますが、反強磁性体やフェリ磁性体ではシグナルが消失します。今回、直線偏光を用いた磁気線二色性も用いて、膜垂直方向の電子軌道の分布を調べることに成功しました(図2)。磁気異方性が生じる起源は、従来は磁性原子の軌道角運動量の効果として知られています。今回、マンガンガリウム合金では、従来とは異なり、軌道角運動量の効果ではなく、電子軌道の異方性により面直方向に伸びた四極子が形成されることが本質的であることが判りました。これは、従来の磁化測定手法では計測できず、放射光を用いた元素別なX線磁気分光により初めて捉えることができたもので、打ち消し合う磁化の中に隠れた四極子状態とも言えます。また、第一原理計算による電子状態の詳細解析でも四極子が垂直磁気異方性の起源となっていることが判りました。本研究の成果により今後、四極子に由来する磁気異方性の研究の進展が期待でき、今後のスピントロニクスデバイス設計に向けた電子状態の理解に指針を与えるものとなります。

発表雑誌

タイトル:Detecting quadrupole: a hidden source of magnetic anisotropy for Manganese alloys
著者: 岡林 潤、三浦 良雄、小田 洋平、鈴木 和也、佐久間 昭正、水上 成美
雑誌名: Scientific Reports
URL: http://www.nature.com/articles/s41598-020-66432-9
DOI: 10.1038/s41598-020-66432-9

【用語説明】

注1 X線磁気分光

電放射光は光のエネルギーと偏光状態を変えた光を用いることができる特徴がある。この特徴を用いることで、左周りもしくは右周りにねじれた円偏光を試料に照射できる。また、光の強度方向が進行方向に対して縦横どちらかに揃った直線偏光を用いることもできる。これらにより元素の内殻から遷移する吸収スペクトルを測定する。左右円偏光による各元素の吸収強度の違いがX線磁気円二色性(XMCD:X-ray Magnetic Circular Dichroism)である。縦横方向の直線偏光を用いた場合はX線磁気線二色性(XMLD:X-ray Magnetic Linear Dichroism)である。これにより、元素別の磁気状態、電荷分布状態について知ることができる。

注2 第一原理計算

物質を構成する基本粒子である原子核と電子の運動、及びその間に働く相互作用のみを入力パラメータとして物質の性質を探る物理計算手法。実験とは独立して近似の範囲内では非常に高精度に、物質の物性を計算することができる。

注3 四極子

球状の電荷分布ではプラスとマイナスの電荷がセットとなってつりあっているが、楕円体状にゆがむことで、プラスとマイナスの電荷分布が変わりうる。その際には、2組のプラスマイナスの電荷、合計4つの電荷が葉巻型もしくは饅頭型にゆがむことで安定化したものを電気四極子という。一般に、任意の分布に対して、葉巻型か饅頭型かを表す指標として四極子が用いられる。物質中の電子軌道における電子に対しても同様な分布が起こりうる。

注4 3d遷移金属

周期表の4段目に位置し、原子番号21から30までの元素の総称である。外殻3d軌道に電子が部分的に埋まっており、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルなどの磁性元素が含まれる。


図1 マンガンガリウム合金の結晶構造(L10型)。マンガン原子(青色)とガリウム原子(オレンジ色)が交互に積層された構造をとる。また、マンガン原子(青色)の形状が球状から楕円体状(葉巻型)に変形している様子を示す。

図2 マンガンガリウム磁石の円偏光吸収スペクトルとXMCD(左)、直線偏光吸収スペクトルとXMLD(右)。これらのスペクトル解析から四極子の寄与を定量評価できる。

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東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
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