従来の10倍のプロトンを含むイオン伝導体の合成に成功

- 燃料電池や高効率水素製造への応用に期待 -

2021/07/30

【本学研究者情報】
〇本学代表者所属・職・氏名:大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻・教授・高村 仁
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発表のポイント

  • 燃料電池や高効率水素製造に応用可能なプロトン伝導体(注1)の合成に成功
  • 従来必須であったドーピング(注2)を必要とせずに多量のプロトンを酸化物中に導入
  • 第一原理計算により、プロトンの特異な配位状態を解明
  • 450〜500 ℃の中温領域で10-2S/cmの高いプロトン伝導度を達成

概要

脱炭素社会実現に向けて水素の効率的な製造やその有効活用が注目されています。プロトン(H+)伝導体は燃料電池や水蒸気電解による水素製造に必須の材料ですが、従来、固体中に導入できるプロトン量には制約がありました。東北大学大学院工学研究科の博士課程後期3年川森弘晶(日本学術振興会特別研究員)、高村仁教授らの研究グループは、8万気圧の高圧下で従来の約10倍のプロトンを含有し、450〜500 ℃において10-2S/cmの高いプロトン伝導性を示すBa-Sc系酸化物の合成に成功しました。多量のプロトンは金属イオンの欠損により導入されるため、従来のプロトン伝導体に必須であった異種金属のドーピングを必要としないメリットがあります。この成果は、プロトン伝導体のみならず全固体電池用のイオン伝導体等の材料設計にも新たな指針を与えます。

本成果は、2021年7月29日(木)(日本時間)に米国化学会の学術誌「Chemistry of Materials」に掲載されました。


図1 多量のプロトンがBa-Sc系酸化物中で占有可能な安定位置

研究の背景とポイント

現在、固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell; SOFC)(注3)はエネファーム type Sとして実用化され、家庭での水素発電が可能となっています。また、その逆動作となる固体酸化物形電解セル(Solid Oxide Electrolysis Cell; SOEC)(注4)では余剰電力を用いて水蒸気から水素を高効率に製造できます。これら脱炭素社会実現の鍵となるデバイスの高効率化や普及促進のためには、電解質材料であるプロトン伝導体の開発が急務です。従来からBa-Zr系酸化物等が高いプロトン伝導度を示すことは知られていましたが、これら材料では可動イオンであるプロトンを導入するために、異種金属元素のドーピングが必須であり、1)ドーピング量でプロトン量が制約される、2)ドーピングされた金属イオンとプロトンが静電引力で結合するため、ドーピング元素周辺にプロトンがトラップされ移動度が減少する課題がありました。

この課題に対し、本研究グループでは、ドーピングに頼らず多量のプロトンを酸化物に導入する手法として高圧合成法に着目し、Ba-Sc系酸化物を対象として、1200 ℃、8万気圧の条件下で従来の約10倍のプロトンを含有する酸化物の合成に成功しました。合成されたプロトン伝導体の化学式は、BaSc0.67O(OH)2であり、Scの1/3が欠損し空孔となるため、そのSc空孔と電気的中性を保つように多量のプロトンが導入されることがわかりました。第一原理計算からは、その空孔位置周辺の酸素と結合したプロトンが空孔位置を向く特異な形態で配位し、隣接するSc空孔位置に容易に拡散することが示されました(図2)。また、この材料は実用が想定される450〜500 ℃の中温領域で10-2S/cmと十分高いプロトン伝導度を示すことが確認されました。


図2 (左) 10万気圧を発生する高圧合成装置と(右)Ba-Sc系酸化物中でプロトンが隣接Sc空孔位置に拡散する様子の第一原理分子動力学シミュレーション

今後の展望

本研究では、異種金属のドーピングによらず、高圧合成により多量のプロトンを酸化物中に導入し、その酸化物をプロトン伝導体化する新たな材料設計指針を提案しました。異種金属のドーピングを必要とせず多量の伝導キャリアを注入できる本手法は、他の材料系のプロトン伝導体や、同様に小さい可動イオンを含むリチウム系酸化物にも適用可能と考えられ、全固体電池の電解質への応用も期待されます。

一方、今回得られたプロトン伝導体のプロトン量は過剰であることも予想され、より高いプロトン伝導度の達成には、プロトン量の最適化が必要です。また、8万気圧という特殊な高圧環境を必要とせず、より常圧に近い条件で合成する手法の開発も重要です。

論文情報

雑誌名: Chemistry of Materials
タイトル:Protonation-induced B-site deficiency in perovskite-type oxides: Fully hydrated BaSc0.67O(OH)2 as a proton conductor
著者: Hiroaki Kawamori, Itaru Oikawa, and Hitoshi Takamura
URL: https://doi.org/10.1021/acs.chemmater.1c01017
DOI: 10.1021/acs.chemmater.1c01017

用語解説

注1 プロトン伝導体

固体中でプロトン(H+)が電荷を運ぶイオン伝導体。材料系として、高分子や酸化物があり、SOFCやSOECには耐熱性の高い酸化物系が用いられる。

注2 ドーピング

酸化物などで電気伝導性や誘電性等の機能性を制御するために、その構成元素の一部を他の元素で置換すること。一般的には、金属元素を他の金属元素で置換するが、最近は酸素位置を窒素・水素等のイオンで置換する手法も用いられている。

注3 固体酸化物形燃料電池(SOFC)

電解質に固体の酸化物を用いる高温作動の燃料電池。室温作動の燃料電池と比べて発電効率が50%程度と高いことや燃料の多様性が利点。

注4 固体酸化物形電解セル(SOEC)

固体酸化物形燃料電池の逆作動であり、電力供給により高温水蒸気を電気分解して水素を製造するデバイス。高温の排熱を利用できるため室温での水の電気分解よりも同量の水素製造に必要な電力量が少ないことが利点。

お問合せ先

東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
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