酸化されにくく再利用可能な超分子接着剤を開発
~ 水の力により水素結合ネットワークを形成 ~
2022/02/18
発表のポイント
概要
自在に接着および剥離ができ、再利用可能な“スマート接着剤”の開発が注目を集めています。その材料の一つに、ムール貝などが荒波に流されないよう岩に強固に張りつくために分泌するカテコール注3があります。しかしカテコール由来の接着剤は、様々な異種材料間の接着に有利である一方、酸化されやすく、しかも不可逆的であるため、接着強度の低下や再利用が困難などの課題がありました。今回、東北大学大学院工学研究科の朱慧娥(しゅ けいが)助教、三ツ石方也(みついし まさや)教授と山形大学大学院理工学研究科の宮瑾(ぐん じん)准教授らは、疎水性の環状シロキサン注4にカテコールとカルボキシ基を同時に導入することで、優れた抗酸化性が期待される超分子を開発し、高接着かつ再利用可能性を有する“スマート接着剤”の開発に成功しました。バイオミメティックな化学を基礎として、単純な分子構造設計と簡単な合成方法による超分子接着剤の開発は、将来、海洋接着剤や生体接着剤など様々な分野での応用が期待されます。
本研究成果は2022年2月15日(米国時間)に米国化学会発行の科学誌「ACS Applied Polymer Materials」でオンライン公開され、Supplementary Coverにも選出されました。

図1 今回開発した超分子接着剤の分子構造。1つの環状シロキサンに4つのカテコール基とカルボキシ基が導入されている。水添加により分子間で可逆的な水素結合のネットワークが形成される結果、抗酸化性や再利用可能といった接着特性があらわれる。
詳細な説明
刺激に応じて自在に接着および剥離ができ、再利用可能な“スマート接着剤”の開発が注目を集めています。生物界で知られているカテコール由来の接着剤が精力的に研究されており、カテコールからキノンへの容易な酸化は、様々な異種材料間の接着に有利である一方、三次元共有結合ネットワーク構造の形成を誘発することで、接着性カテコール基が減少します。その結果、接着強度の低下や再利用困難などが、克服すべき課題としてあげられます。
本研究では、4つのカテコール基(Cat)と4つのカルボキシ基(CG)を含む親水性基に囲まれたテトラメチルシクロテトラシロキサン(TMCS)コアの構造を有する超分子接着剤(TMCS-Cat-CG、図1)を分子設計・合成し、優れた抗酸化性と無機親水性表面への強力で可逆的な接着性を示すことを実証しました。この接着剤の中心部分は疎水性を示し、抗酸化性環境を提供すると考えられます。この周囲に、多くのカテコール基を配置することで基板表面と十分に接触できるように分子設計をしました。カルボキシ基は酸性を示して、局所的なpH緩衝により、pH < 8.5の環境下でのカテコール酸化を最小限に抑えることが期待できます。合成直後のTMCS-Cat-CG超分子に対し、核磁気共鳴法、紫外可視分光法注5などで分子構造の安定性を評価したところ、大気環境下で4ヶ月経た後もカテコールからキノンへの酸化反応は起きていないことが明らかになりました。TMCS-Cat-CGは室温では固体ですが、効果的な硬化剤として少量の水を使用した場合、水素結合ネットワークを形成する結果、非常に高い粘度(約2.6×108 mPa・s)を示すことがわかりました(図1)。
また、二枚の基板を重ね合わせ接着したサンプルの引張実験では、TMCS-Cat-CG接着剤がガラス、アルミニウム(Al)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリスチレン(PS)などのさまざまな基材に強く接着し、低分子にもかかわらず接着応力287~605 kPaと付箋紙の10倍以上の高い接着強度を示しました(図2上)。繰り返し実験では、接着と剥離を数回繰り返した後も接着強度の低下は見られませんでした(図2下)。これらの結果から、カテコール基や水による水素結合に基づく超分子TMCS-Cat-CG接着剤が抗酸化性、高粘度・高接着、繰り返し特性を有するスマート接着剤として機能することが示されました。
今後は水中での接着性に着目した研究が考えられ、海洋接着剤や生体接着剤などの広範な用途への応用展開へとつながることが期待されます。
用語解説
※1超分子
上述の水素結合を含む非共有結合性相互作用によって集合体を形成する分子。低分子であっても高分子のようなふるまいを示す超分子を超分子ポリマーと呼ぶ。
※2水素結合
電気陰性度が大きな原子(陰性原子)に共有結合で結びついた水素原子が、近傍に位置した窒素、酸素、硫黄、フッ素、π電子系などの孤立電子対とつくる非共有結合性の引力的相互作用。通常の共有結合より弱い非結合性であるため、くっついたりはずれたりと可逆的なふるまいを起こすことが可能である。
※3カテコール
水中接着を示すイガイやムール貝の接着たんぱく質の成分として知られている官能基。フェノール類の一種で、ベンゼンの隣り合う2つの水素が水酸基に置換した有機化合物である。
※4環状シロキサン
ケイ素と酸素のSi-O-Si結合からなるシロキサン結合を有し、ケイ素を反応点として有機機能団を有する有機無機ハイブリッド材料の一種。化学式は(R2SiO)nである。Rは有機置換基であり、ビニル基などの反応性置換基の場合、環状シロキサンへの機能団の導入が可能となり、機能性材料への応用が期待される。
※5紫外可視分光法
紫外光と可視光領域で測定試料に波長掃引しながら光を照射し、透過光の強度を測定することで、試料の吸光度や透過率を求める手法である。吸光度測定により、試料中の目的成分の定性・定量分析や試料の波長特性の評価が可能となる。
付記
本研究は科研費若手研究(19K15625)、東北大学男女共同参画推進センター、人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス、小笠原敏晶記念財団の支援を受けて行われました。
論文情報
雑 誌 名: ACS Applied Polymer Materials
著 者: Huie Zhu, Ali Demirci, Yida Liu, Jin Gong, Masaya Mitsuishi
DOI: 10.1021/acsapm.1c01353
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsapm.1c01353