可視光の80%を通すほぼ透明な太陽電池を開発

- 環境調和型次世代クリーンデバイスに貢献 -

2022/07/12

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科電子工学専攻 准教授 加藤 俊顕
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 透明でフレキシブルな半導体原子シートである遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)注1を用いて可視光透過率注2約80%の非常に高い透明性を持つ太陽電池を開発。
  • ナノスケールデバイスを大規模集積することで、実用デバイスを駆動できるレベル(~420 pW)の発電を実証。

概要

あらゆる場所に設置可能となることから、透明太陽電池は環境調和型の次世代クリーンエネルギーデバイスとして大きな注目を集めています。しかし“透明”には明確な定義が存在せず、従来の“透明太陽電池”と呼ばれているものでも、可視光透過率は60%程度以下であり、目視で存在がはっきり確認できる“半透明な太陽電池”がほとんどでした。

東北大学大学院工学研究科電子工学専攻の加藤俊顕准教授、何杏特任助教(研究当時在籍)、金子俊郎教授らのグループは、原子オーダーの厚みをもつ半導体2次元シートである遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)を活用することで、可視光透過率約80%の肉眼でほぼ存在が認識できないレベルの高透明太陽電池の開発に成功しました。さらに、TMD太陽電池のナノスケール基本ユニットの最適構造を見出し、これらを1cm2に集積化することにより実用デバイスを駆動できるレベルの電力(~420 pW)が発電可能であることを実証しました。この技術を活用することで、今後身の回りの様々な生活環境で微小エネルギー発電が可能となり、エネルギー問題と環境問題を同時に解決可能な革新的社会貢献が期待できます。

本研究成果は、2022年7月4日(現地時間)にネイチャーパブリッシンググループの英国科学雑誌Scientific Reports(電子版)に掲載されました。


本研究で開発した高透明な原子層太陽電池の構造図と写真。

背景

CO2を排出せずにエネルギーを作り出せる太陽電池は、エネルギー問題と環境問題の両側面から年々その重要性が高まっています。特に近年、従来のシリコン太陽電池に見られる発電効率追求型の太陽電池開発とは別の新たな切り口として、環境調和型の太陽電池開発が注目されています。設置により環境を乱さない太陽電池を実現することで、現在エネルギーを取り出せていないビルの窓ガラス、車のフロントガラス、眼鏡、人体の皮膚、ビニールハウス等様々な環境で太陽光発電が可能となり、エネルギー問題と環境問題の解決に大きな貢献が期待できます。ここで、環境調和素子として最も重要な要素は“透明性”です。人間の目で認識できないレベル(可視光透過率約80%以上)まで透明にすることで、その存在はほぼ無視でき、すなわち環境に調和可能と言えます。

しかしながら、従来開発されてきた透明太陽電池は可視光透過率60%以下のものがほとんどであり、これらは明らかに人間の目で存在が認識できるレベルの“半透明”に分類されます。可視光透過率80%を超える太陽電池は、世界的にほとんど実現されておらず、これは透明太陽電池に利用できる最適な発電材料が存在していなかったことに由来します。

本研究グループは原子オーダーの厚みを持つ2次元原子シートが持つ透明発電層としての可能性に着目しました。2010年にノーベル物理学賞の対象となった炭素からできた2次元材料であるグラフェンは、最も有名な原子シートとして知られていますが、金属的特性を持つため発電層には利用できません。一方、このグラフェンと類似の構造を持ち、炭素以外の原子で構成された原子シートである遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)に関しては、グラフェンにはない半導体特性を示すことから、透明発電層としての利用が可能です。しかしながらTMDを透明太陽電池に利用する研究は世界的に未開拓領域であり、多くの問題が残されていました。

2017年に本研究チームはTMD透明太陽電池の新たな発電機構であるショットキー発電注3を提唱し、世界最高の発電効率(~0.7 %)と半透明太陽電池の形成を報告しました[1]。しかしながら、従来の研究では電極に不透明なNiやPd等のバルク金属を用いていたため、高透明な太陽電池は実現できていませんでした。

研究成果概要および本成果の意義

本研究チームは、既に有効性を実証しているショットキー型原子層太陽電池をベースとして、新たに透明電極であるITO電極注4を活用することで高い透明性を持つ太陽電池の実現を目指しました。ショットキー原子層太陽電池で発電効率を高めるには、理想的にはTMDの左右にITO電極が接続したデバイス構造において、原子1層分の厚みを持つTMDが僅か(数%程度)に太陽光を吸収し、励起子と呼ばれる電子—正孔対が生成されます。励起子がITO/TMD界面に存在する強電場領域まで拡散すると、電場により電子と正孔が独立で動ける状態に電荷分離注5され、それぞれ反対方向に移動することで電流、つまり発電が生じます。この際デバイスの両側でこの電荷分離が起きてしまうと、左から右に流れる電流と右から左に流れる電流が打ち消し合ってしまうため発電が起きません。このため、片方のITO/TMD界面ではできるだけ高いショットキー障壁を、対向部では低い障壁を形成し、それぞれ電荷分離領域とキャリア捕集領域として利用する必要があります(図1(a))。従って、ITO/TMD間のショットキー障壁を自在に制御可能な技術が必要となります。そこで、ITO電極の表面に数nm以下の様々な金属薄膜を堆積させてITO電極の仕事関数を制御することで、ITOの透明度を維持したままITO/TMD間のショットキー障壁高さの制御を試みました。その結果、挿入する金属薄膜の種類と膜厚により、ITOの透明度を損なうことなく、TMD接合部のショットキー障壁高さが自在に制御可能であることを見出しました(図1(b),(c))。そこで、電荷分離領域とキャリア捕集領域にそれぞれ最適な金属薄膜/ITO構造を選択してデバイスを作製し太陽光発電性能を比較すると、単純なITO電極のみを用いた場合に比べ、最適化した金属薄膜/ITO電極構造では発電効率が1000倍以上も向上することを明らかとしました(図2)。

さらに、透明太陽電池の実用化に必須の大面積化に関する研究も行いました。二本の平行電極対からなる基本ユニット構造の面積を単純にcmスケールに拡大することで(図3(a:上段))総発電量(PT) 注6の増加を試みましたが、予想に反し、この方法ではPTを増加させることはできず、その原因が面積増加に伴う開放電圧注7の低下にあることを突き止めました(図3(b))。

そこで、解放電圧の低下を抑制するため、電極幅と長さから算出されるアスペクト比を一定値以下に設計した結果(図3(a:下段))、デバイス面積の増加に従いPTが増加することを明らかとしました(図3(b))。本研究で明らかにしたこのデバイス設計指針に基づいてTMD太陽電池を1cm2の石英基板上に大規模集積化した結果、高透明と呼べるレベルの可視光透過率約80%を維持した状態で、420 pWの太陽光発電を実証しました(図4)。

現在市販されている最も低消費電力の電子デバイス(小型センサー等)は100 pW程度の電力で駆動できるため、今回の1 cm2の高透明太陽電池でも実用デバイスの駆動が十分可能であることが明らかとなりました。今後は、これらの複数の基板を接続した大規模モジュール化を進めることで、より多くの実用デバイスが駆動可能な大電力発電が実現できると考えています。

今後の展望

本研究では原子オーダーの厚みを持つ次世代半導体材料であるTMD原子シートを活用することで、高い透明性を持つ太陽電池を実現しました。本デバイスの性能を向上し、大面積化を進めることで、現在エネルギーを取り出せていないビルの窓ガラス、車のフロントガラス、眼鏡、人体の皮膚等様々な環境下での発電が十分期待できます。環境を乱さない太陽電池をあらゆる生活環境下に配置することで、CO2の削減やSDGs(7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに)に繋がる大きな社会貢献が期待できます。


図1:(a)ショットキー型透明TMD太陽電池の構造模式図。(b,c)様々な金属薄膜を堆積させたITO/石英基板の(b)光学写真と(c)仕事関数(WF)と透過率(T)の関係。

図2:金属薄膜堆積により表面状態を制御したITO電極と発電効率(Power Conversion Efficiency: PCE)との関係。挿入図は太陽光照射時の典型的な電流(IDS)-電圧(VDS)特性。

図3:(a)(上段)単純繰り返し構造(Sim-P)と(下段)最適ユニットデバイスの繰り返し構造(Des-P)に関する光学写真。(b) Sim-PとDes-Pにおける発電総量(PT)のデバイス面積依存性。

図4:本研究で試作した高透明TMD太陽電池の(a)光学写真、(b)透過率スペクトル、および(c)発電特性。

論文情報

タイトル: Fabrication of near-invisible solar cell with monolayer WS2 (単層WS2を用いた高透明太陽電池の創製)
著者: Xing He, Yuta Iwamoto , Toshiro Kaneko, and Toshiaki Kato
掲載誌: Scientific Reports, 12, 11315 (2022)
DOI: 10.1038/s41598-022-15352-x
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-022-15352-x

付記

本研究の一部は、科学研究費補助金 基盤研究(A)『先進プラズマ活用1次元ナノカーボン材料の完全原子配列制御合成と革新的応用開拓』(代表者:加藤俊顕)、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究『原子層量子デバイスの開発』(代表者:加藤俊顕)、住友財団『二次元原子層材料を用いた環境調和型エネルギーハーベスティング素子の開発』(代表者:加藤俊顕)の支援を得て行われました。

参考文献

[1] Toshiki Akama, Wakana Okita, Reito Nagai, Chao Li, Toshiro Kaneko & Toshiaki Kato, Schottky solar cell using few-layered transition metal dichalcogenides toward large-scale fabrication of semitransparent and flexible power generator, Scientific Reports 7, 11967-1-10 (2017).
東北大学プレスリリース 2017年9月21日

用語説明

(注1)遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)

グラフェンと類似の原子層物質。遷移金属が周期表第16族のカルコゲン原子に挟まれた構造をもつ。グラフェンは金属的伝導特性を示すが、TMDはバンドギャップを持つ半導体特性を示すことから半導体デバイス分野への応用が期待されている。

(注2)可視光透過率

透過率スペクトルに人間の目が有する感度の波長依存性を掛けて算出した平均値。

(注3)ショットキー発電

金属と半導体が接合した際に仕事関数差に由来して自発的に形成されるポテンシャル障壁。

(注4)ITO電極

酸化インジウムスズで構成された金属材料。透明な金属であることから、様々なデバイスで現在最も一般的に用いられている透明電極材料。

(注5)電荷分離

太陽光照射により生成された電子と正孔のペアである励起子を、電子と正孔に分離し自由に動ける状態にすること。

(注6)総発電量

デバイス全体から取り出せる電力の総和。集積化が容易な従来太陽電池の場合、発電効率(PCE)にデバイス面積をかけることで自動的に算出できるが、ナノ材料デバイスにおいては、集積化自体が課題であるため、仮にPCEが高くても大規模集積ができない場合、PTは小さな値となる。つまり、デバイスの実用化可能性を示す重要な指標である。

(注7)開放電圧

太陽電池の性能指標の一つ。回路を解放した状態で太陽光を照射した際に電極間に発生する電圧。発電効率を高めるためには、高い開放電圧が望ましい。

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 准教授 加藤 俊顕
TEL:022-795-7046
E-mail:kato12@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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