スピン熱伝導物質のナノシート化に成功

- 熱の流量を操る「熱伝導可変材料」の開発を目指して -

2022/10/14

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科応用物理学専攻 助教 寺門 信明
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 世界で初めて、スピン熱伝導物質注1ナノシート注2化することに成功
  • 熱伝導可変材料の開発や、効率的な排熱とその再利用に向けた熱制御(マネジメント)注3デバイスへの応用に期待

概要

ナノメートル(nm)注4のサイズで集積化が進む電子デバイスにおいて、熱の蓄積や温度変動はデバイスの信頼性や性能を低下させる厄介者です。しかし見方を変えれば熱や温度差は貴重なエネルギー源と考えることもできます。厄介者の熱を効率良く逃がし、再利用するためには、素早く一様に排熱することに特化した既存の熱マネジメント材料に加えて、熱の流量を制御できる熱伝導可変材料の開発が必要です。

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の藤原研究室を中心とする研究グループは、アルカリ溶液を用いた簡便な化学的手法で厚さ数ナノメートルのスピン熱伝導物質の開発に成功しました。このナノシートの室温での熱伝導は、電気的に金属並みの高い状態とガラスレベルの低い状態で制御が可能と予想されるため、熱の流量を制御できる熱伝導可変材料や効率的な排熱と再利用に向けた熱制御デバイスへの応用が期待されます。

本研究成果は、英国学術出版大手シュプリンガー・ネイチャーが発行する二次元物質と応用に関するオンライン科学誌「npj 2D Materials and Applications」に2022年10月13日に掲載されました。


スピン熱伝導物質La5Ca9Cu24O41のナノシートの透過型電子顕微鏡像

研究の背景

ナノメートル(nm)のサイズで集積化が進む電子デバイスにおいて、熱の蓄積や温度変動はデバイスの信頼性・パフォーマンスを低下させる厄介者です。しかし見方を変えれば熱や温度差は貴重なエネルギー源と考えることもできます。厄介者の熱を効率よく逃がし、再利用するためには、素早く一様に排熱することに特化した既存の熱マネジメント材料に加えて、熱の流量を制御できる熱伝導可変材料の開発が必要です。

この新材料の開発に向けて、東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻藤原研究室の木下大也氏(研究当時:博士前期課程)、寺門信明助教(研究当時:JSTさきがけ研究者兼任)、藤原巧教授、同大学院工学研究科技術部の宮崎孝道博士、同大学院工学研究科応用物理学専攻の川股隆行助教(研究当時、現:東京電機大学准教授)らの研究グループは、スピン熱伝導物質であるLa5Ca9Cu24O41(以下LCCO)に注目してきました。特殊な熱キャリアであるマグノン注5によって、この物質の室温における熱伝導を高い状態(金属相当)と低い状態(ガラス相当)の間で電気的に制御することが可能と予想されています。しかし電気的制御が可能な領域は厚さ数nmの範囲に限られるため、従来の作製法(薄膜合成や単結晶育成)では試料の大部分が制御不可の領域で占められてしまい、熱の流量の制御幅が低減してしまうことが問題でした。そこでこの問題を克服するためにスピン熱伝導物質のナノシート化に挑みました。ナノシートにすることによって試料の厚さと制御可能な厚さをほぼ等しくし、熱の流量を従来試料よりも広範囲にわたって制御できる構造を作製することが狙いです。

研究内容の詳細

LCCO(図1)は室温において最大のスピン熱伝導率(金属の鉄と同程度)をc軸方向にのみ示すうえに、ナノシート化にあたって好都合なシート構造を持つことが特徴です。初めにLCCO微結晶粉末を合成し、その粉末と10種類近くの酸性、中性、及びアルカリ性水溶液との反応性と反応生成物がナノシートを含むかどうかを調査しました。その結果アルカリ性のNaOH水溶液を用いることによって、図2に示すような厚さ3 nm以下の短冊型シート状物質の作製に成功し、透過型電子顕微鏡(図3)による構造調査から、この物質はLCCOのナノシートであると結論付けました。


図1.スピン熱伝導物質La5Ca9Cu24O41の層状構造(単位格子)

図2.LCCO粉末とNaOH水溶液(濃度5 mol/L)の反応濾過物の原子間力顕微鏡観察。(a) 形態観察像、 (b) シート状物質の厚さ分布

図3.LCCOナノシートの透過型電子顕微鏡像

「なぜ厚さ1.5 nmまたは3 nm程度のナノシートが形成されるか」など、形成機構は完全には解明できていません。一方、今回の研究では、LCCO微結晶粉末の他に、数ミリメートル角の比較的大きな単結晶試料を機械研磨することでも、短冊形シート状物質(厚さ100 nm程度)を剥離形成することに成功しました(図4)。このようなLCCOの持つ容易な剥離特性がアルカリ溶液との化学反応によって促進されたことがナノシート形成の一因と考えています。


図4.機械研磨したLCCO単結晶(ca面)の偏光顕微鏡像。 層状剥離した短冊型シートが研磨表面に付着している。

LCCOのようなスピン熱伝導物質は、ラマン分光注7においてtwo-magnonピークと呼ばれるマグノン由来の特徴的な幅広いピークを示しますが、今回のナノシートでもその観察に成功しました(図5)。これはナノシートになってもマグノンによる熱輸送路が保たれていることを示す重要な結果と考えられます。


図5.ラマン分光。 (a) Si基板 (A) とナノシート配置部のSi基板 (B)のラマンスペクトル。(b) BとAの差スペクトル。

研究の意義・今後の展望

スピン熱伝導物質の特徴である異方的な高熱伝導性とその制御性を最大限に生かせる形態がナノシートです。当研究グループは半導体シリコンなどの基板にLCCOを成膜する技術を既に開発していますが[1]、今回の成果によって基板なしでの自立したシート(膜)形成が可能になります。これによって他物質との複合化が容易になるため、熱伝導可変材料の作製など、応用の幅が広がることが期待されます。

用語説明

(注1)スピン熱伝導物質

電子スピン注6由来の高い熱伝導性を示す物質。マグノン注5などが熱キャリアとして働く。La5Ca9Cu24O41やSrCuO2などは室温においても金属に匹敵する高い熱伝導性と異方性を示す。

(注2)ナノシート

厚さ数ナノメートル注4以下のシート状物質。

(注3)熱制御

熱の流量、方向、温度分布などを時間的、空間的に操る技術。

(注4)ナノメートル

1 ナノメートル(nm)は1メートルの10億分の1。髪の毛の太さの約10万分の1に相当。

(注5)マグノン

電子スピンを小さな棒磁石とすると、それを半回転させた状態。磁石が作る波(スピン波)を量子力学的に扱った準粒子として扱われ、電子スピンの配列上を動く。

(注6)電子スピン

電子が持つ、自転に相当する角運動量。

(注7)ラマン分光

物質にレーザー光を照射し、散乱光のスペクトルからマグノンなどの状態を調査する方法。

参考情報

[1] 電子デバイスの排熱制御に向けた「スピン梯子系銅酸化物」の配向成膜技術を開発
(東北大学プレスリリース 2022年8月23日)

論文情報

タイトル: Nanosheet fabrication of magnon thermal conductivity cuprates for the advanced thermal management(高度な熱マネジメントに向けたマグノン熱伝導性銅酸化物のナノシート化)
著者: Hiroya Kinoshita, Nobuaki Terakado, Yoshihiro Takahashi, Takamichi Miyazaki, Chitose Ishikawa, Koki Naruse, Takayuki Kawamata, Takumi Fujiwara(和名:木下大也、寺門信明、高橋儀宏、宮崎孝道、石川千歳、成瀬晃樹、川股隆行、藤原巧)
掲載誌: npj 2D Materials and Applications
DOI: 10.1038/s41699-022-00344-2

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」(研究総括:花村克悟 東京工業大学 工学院 教授)における「スピン熱伝導を利用した熱伝導可変材料の創出」(課題番号:JPMJPR18I7、研究者:寺門信明)」、及び日本学術振興会科研費(若手研究(A))「スピン熱伝導性薄膜による能動的熱流制御」(研究課題番号:17H04811、研究代表者:寺門信明)の支援を受けて実施されました。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻 助教 寺門 信明
TEL:022-795-7965
E-mail:nobuaki.terakado.c8@tohoku.ac.jp
東北大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授 藤原 巧
TEL:022-795-7964
E-mail:takumi.fujiwara.b1@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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