金属を含まない触媒でセラミック前駆体高分子の室温合成に成功

- 600℃超の高耐熱性・透明ハイブリッド材料の開発へ -

2022/11/01

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科応用化学専攻 助教 朱 慧娥(しゅ けいが)
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発表のポイント

  • 室温下でセラミック前駆体高分子注1の効率的合成に成功
  • 金属フリーのホウ素触媒注2を使用することで残留金属の問題も解決
  • 熱硬化反応注3を用いた高性能ハイブリッド材料の試作にも成功

概要

2020年10月に政府が宣言した、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」実現に向けて、機能性材料の製造プロセスにもグリーン化が求められています。種々の機能性材料に用いられているケイ素と酸素を骨格とするシロキサン系高分子の合成では貴金属触媒を使用するため、反応温度や触媒金属の残留による着色や劣化などの問題点を有しています。一方、金属を含まない(フリー)触媒として電子対を受け取る性質を持つルイス酸のトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(B(C6F5)3 。以下:ホウ素触媒)を用いる合成では、副反応であるゲル化注4を抑制することが課題でした。

今回、東北大学大学院工学研究科の朱慧娥助教と三ツ石方也教授の研究グループは、反応プロセスの制御によりゲル化の抑制に成功し、熱に弱い炭素—炭素結合を主鎖に持たない新しい環状シロキサン注5前駆体高分子を開発しました。この前駆体高分子は有機溶媒に可溶で、優れた分子柔軟性を示します。さらに、熱硬化反応により、600°Cを超える優れた熱安定性・低誘電率を示す透明な自立膜注6が得られました。この熱安定性は、150℃以上の耐熱性を持つスーパーエンプラとよばれるプラスチックに比べ、優れた性能を示します。低温反応・金属フリー・再機能化可能などの利点をもつため、今回開発したハイブリッド材料は電子デバイスの封止材、接着剤、及び耐熱性コーティング剤などへの応用が期待されます。

本研究成果は2022年10月24日(米国時間)に米国化学会発行の科学誌「Macromolecules」でオンライン公開され、Supplementary Coverにも選出されました。


開発したハイブリッド材料

図1 今回開発した環状シロキサン前駆体高分子とそのハイブリッド材料の特徴

詳細な説明

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、化学プロセスのグリーン化や低温化が不可欠です。環状シロキサンは、容易に変形する Si-O-Si 結合角、Si-O 結合周りの回転、およびコンフォメーションの顕著な柔軟性を持つシロキサン分子です。1, 3, 5, 7-テトラメチルテトラシクロシロキサン (D4H または TMCS) は、複数の反応性シリル水素化物 (Si-H) を有し、多種多様な有機官能基を導入することができる有機-無機ハイブリッド材料の開発に適しています[1]。さらに、共重合体となる反応性モノマーを適切に選択することで、架橋密度やさまざまな機能および物理的特性をプログラムすることが可能です。

これまでの研究では、金属触媒であるPt 触媒によるヒドロシリル化反応を介して、有機-無機ハイブリッド材料が開発されています。ただし、環状シロキサンを用いた場合、Si–Hとビニル基のPt触媒によるヒドロシリル化反応によって生成するCH2–CH2有機リンカーが主鎖に存在するため、材料の安定性が低くなります。環間にシロキサン結合を用いることで、安定性の高いシロキサンベースの材料が得られることが期待されます。また、環状シロキサンを含む高分子を開発するための金属を含まない触媒を探す必要があります。

東北大学大学院工学研究科の朱慧娥助教と三ツ石方也教授、および同大学多元物質科学研究所の星野哲久助教(現新潟大)、芥川智行教授らの研究グループは、ポリマー主鎖に炭化水素スペーサーを含まず、後処理および置換基導入が可能な環状シロキサン前駆体高分子について、金属フリー触媒であるホウ素触媒を用いたPiers-Rubinsztajn(PR)反応注7を採用し、モノマー比、モノマー濃度、金属フリーでの反応時間を含む反応条件の最適化により、室温合成することに成功しました(図1)。特に、TMCS モノマー濃度を < 0.4 M に下げ、短い反応時間 (2 時間)とすることで前駆体高分子の分岐構造でのゲル形成を抑制することができました。重要なことに、前駆体高分子には、熱安定性を高めるためのシルセスキオキサン注8/シロキサン成分と、置換基導入のための反応性 Si-H 基が含まれています。前駆体高分子の熱硬化反応(図2)により、光透過性、疎水性、および 630 °C を超える優れた熱安定性を備えた自立型フィルムが得られました。誘電特性は、共重合体成分や架橋方法を変更することによって調整することができます。これらすべての結果は、本研究が穏やかな反応条件下で望ましい特性を持つ高性能ハイブリッド材料の開発に対し有益な情報を提供することを示しています。

開発したハイブリッド材料は低温反応・金属フリー・再機能化可能などの利点をもつため、電子デバイスの封止材、接着剤、及び耐熱性コーティング剤などへの応用が期待されます。

図2 熱硬化反応のメカニズム
表1 今回開発したハイブリッド材料の物性

用語解説

※1前駆体高分子

セラミックスの前駆体として、任意に分子設計でき、一般的に有機溶媒に可溶であり、熱可塑性を有する高分子である。

※2ホウ素触媒

今回使った触媒はトリス(ペンタフルオロフェニル)ボランである。

※3熱硬化反応

分子の官能基同士が加熱によってネットワーク的に結合し、高分子化する「架橋反応」である。

※4ゲル化

溶液中で高分子が架橋反応などによりネットワークを形成し、固化する現象である。

※5環状シロキサン

ケイ素と酸素のSi-O-Si結合からなるシロキサン結合を有し、ケイ素を反応点として有機機能団を有する有機無機ハイブリッド材料の一種。化学式は(R2SiO)nである。Rは有機置換基であり、ビニル基などの反応性置換基の場合、環状シロキサンへの機能団の導入が可能となり、機能性材料への応用が期待される。

※6自立膜

膜を支えるための基板を必要とせず、それ自体で形状を維持することができる膜である。

※7Piers-Rubinsztajn (PR) 反応

PiersとRubinsztajnらは、B(C65)3触媒の存在下、アルコキシシランとヒドロシランを反応させることで、メタンの脱離を伴いながらシロキサン結合を形成できる反応である。

※8シルセスキオキサン

Siが3つの酸素と結合し、酸素が2つのSiと結合する酸化ケイ素化合物の総称。3分岐構造によりネットワーク構造をとり得る。

参考情報

[1]酸化されにくく再利用可能な超分子接着剤を開発 ~ 水の力により水素結合ネットワークを形成 ~
東北大学プレスリリース 2022年2月18日
Robust, Reusable, and Antioxidative Supramolecular Adhesive to Inorganic Surfaces Based on Water-Stimulated Hydrogen Bonding, ACS Applied Polymer Materials, 2022, 4(3), 1586–1594. DOI: 10.1021/acsapm.1c01353.

付記

本研究は東北大学男女共同参画推進センター、文部科学省 物質・デバイス領域共同研究拠点 人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス、小笠原敏晶記念財団の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル:Effects of Hydride Transfer Ring-Opening Reaction on B(C6F5)3 Catalyzed Polymerization of D4H Cyclosiloxane and Dialkoxysilanes toward Thermally Stable Silsesquioxane–Siloxane Hybrid Materials
雑 誌 名: Macromolecules
著 者: Huie Zhu, Shogo Hiruta, Ali Demirci, Soyeon Kim, Norihisa Hoshino, Tomoyuki Akutagawa, and Masaya Mitsuishi
DOI: 10.1021/acs.macromol.2c00948
URL: https://www.doi.org/10.1021/acs.macromol.2c00948

お問合せ先

< 研究に関して >
東北大学工学研究科 応用化学専攻 助教 朱 慧娥(しゅ けいが)
TEL:022-795-7231
E-mail:zhuhuie@tohoku.ac.jp
< 報道に関して >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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