無電極プラズマ宇宙推進機の性能向上に成功

- 大電力・長寿命電気推進による宇宙輸送技術の実現へ前進 -

2022/11/11

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科電気エネルギーシステム専攻 准教授 高橋 和貴
研究者ウェブページ

発表のポイント

  • 大電力・無電極の磁気ノズルプラズマ推進機の推進効率を約30%まで向上
  • イオンエンジン注1ホールスラスタ注2に続く次世代の大電力電気推進機の実現に期待

概要

種々の宇宙ミッション実現には宇宙機へのエンジン搭載が必要になります。高周波プラズマ源と磁気ノズルによるプラズマ加速を経て宇宙空間へ燃料を噴射し推力を発生する無電極プラズマ推進機注3は、次世代の大電力宇宙推進機として期待されています。一方、推進効率の向上と物理課題の解明が大きな課題となっています。

東北大学大学院工学研究科および非平衡プラズマ学際研究センター プラズマフロンティア科学部門の高橋和貴准教授 (JST創発研究者) は、プラズマ発生部にカスプと呼ばれるプラズマ閉じ込め磁場構造を印加することで壁面へのエネルギー損失を抑制できることを見出し、高周波電力から推進エネルギーへの変換効率が以前の20%から約30%に向上したことを室内実験で明らかにしました。さらに、理論モデルによって実験結果を説明できることを示しました。

本研究成果は2022年11月10日(現地時間)にネイチャーパブリッシンググループの英国科学雑誌Scientific Reports(電子版)に掲載されました。今後、作動環境の影響(スペースチャンバーのサイズや残留ガスの影響)の検証や、エンジニアモデル・プロトタイプの開発、関連する物理現象の理解を国際共同研究も含めて進める予定です。


無電極プラズマ推進機試験装置(Mega-HPT)(左)と、推進機から磁気ノズルに沿って噴射されるプラズマ流の様子(右)

背景

磁気ノズルを用いた無電極プラズマ推進機は、宇宙空間における大電力推進機として期待される方式の一つであり、高周波プラズマ源で電離した燃料ガスが磁気ノズル中の膨張過程で自発的に加速され、高速で宇宙空間へと噴射することで推力を得る方式です (図1、[1])。この方式はヘリコン波放電注4による高密度プラズマ生成を利用するため、ヘリコンスラスタとも呼ばれており、現在多くの研究機関でその研究開発が実施されています。従来の推進機ではプラズマ生成・加速に用いる電極の損傷が問題となりますが、当該方式ではプラズマと接触する金属電極がなく、大電力作動においても推進機の長寿命化が期待されています。近年では、宇宙ゴミの除去にも適用できる可能性が示されてきました[2]。2011年に報告された最初の推力計測 (推進効率が1%以下、[3]) 以降、物理研究と性能改善を並行して進め、最高推進効率20%程度を達成してきましたが [4]、実用化に向けてさらなる効率向上が大きな課題となっています。

[1] K Takahashi, ‘Helicon-type radiofrequency plasma thrusters and magnetic plasma nozzles’, Reviews of Modern Plasma Physics, 3, 3-1 – 3-61 (2019).

[2] K Takahashi, C Charles, RW Boswell, A Ando, ‘Demonstrating a new technology for space debris removal using a bi-directional plasma thruster’, Scientific Reports, 8, 14417 (2018).

[3] K Takahashi, T Lafleur, C Charles, P Alexander, RW Boswell, M Perren, R Laine, S Pottinger, V Lappas, T Harle, D Lamprou, ‘Direct thrust measurement of a permanent magnet helicon double layer thruster’, Applied Physics Letters, 98, 141503 (2011).

[4] K Takahashi, ‘Magnetic nozzle radiofrequnecy plasma thruster approaching twenty percent thruster efficiency’, Scientific Reports, 10, 1038 (2021).


図1 無電極プラズマ推進機の概略図。プラズマ生成・加熱 (plasma production/heating) 領域で生成したプラズマが、磁気ノズル領域における種々の加速・運動量変換過程 (Momentum conversion)を経て宇宙空間へと噴射 (plasma detachment) され、その反力として推力が発生する。

図2 (a,b) 推進機の配置図と磁力線構造の計算結果、および(c)推力の磁場構造依存性の測定結果。(a)は従来の磁場構造、(b)は今回適用したカスプ磁場を含む磁場構造。図2(c)中の矢印(a)(b)は、図2(a)(b)の磁場構造に対応している。

研究成果概要および意義

これまでの研究で、当該推進方式ではプラズマ発生部の磁力線構造が図2(a)に示すような形状をしており、紫色のハッチで示すようにプラズマが壁面へと接触することでエネルギー損失・粒子損失を引き起こしていることを見出してきました。今回、高橋准教授は、図2(b)の磁力線計算結果に示すように、下流側 (z > 0) の磁気ノズル構造は維持し、カスプと呼ばれる磁場構造をプラズマ発生部 (z = -15 cm) に形成させた状態での推力の評価を実施しました。ここでカスプ磁場は、磁場強度がゼロとなる位置を有する構造で、プラズマの閉じ込め効果があることが知られています。

図2(c)は、磁場印加用ソレノイド電流(IBup) 注5を変化させた際の推力計測結果を示しており、図2(a)(b)の磁場構造に対応するデータを矢印にて示してあります。図2(b)に示すようなカスプ磁場構造を適用し磁力線の形状を変化させることで、プラズマ発生部壁面への粒子損失が減少し、推力が60mNから約80mNまで増大することが分かりました。この際の燃料の質量流量、高周波電力、および推力計測結果から見積もった推進効率は約30%となり、これまでの最高性能であった20%を大幅に更新することに成功しました。

本実験で発生したプラズマは、図2(b)中の紫色のハッチ部分に閉じ込められることが確認されています。そこで、プラズマ発生モデルにこのカスプ磁場を組み合わせたモデルで推力解析を実施したところ、図2(c)の△で示すような結果が得られ、実験結果を説明できることを示しました。

この結果により、プラズマ発生部における粒子損失抑制と磁気ノズルによる推力発生機構を用いることで、無電極プラズマ推進機の高性能化が可能であることを示しました。将来的にイオンエンジンやホールスラスタに続く次世代の大電力電気推進機の実現に寄与することが期待されます。今後、作動環境の影響(スペースチャンバーのサイズや残留ガスの影響)の検証やエンジニアモデル・プロトタイプの開発、関連する物理現象の理解を国際共同研究も含めて進める予定です。

用語解説

※1 イオンエンジン

イオンを静電場で加速・噴射することで推力を得る電気推進方式。

※2 ホールスラスタ

円環状の放電領域に半径方向磁場および軸方向電場を印加し、ホール効果によって電子を閉じ込め電離を促進し、軸方向電場でイオンを加速する電気推進方式。

※3 無電極プラズマ推進機

プラズマに接触する電極が存在しないタイプの電気推進方式であり、スパッタリングによる電極損傷の問題が避けられるため、大電力化と長寿命化の両立が期待される。

※4 ヘリコン波

磁場が存在する条件でのプラズマ中を伝搬する波動モードの一種であり、効率よくプラズマを発生することができる。

※5 ソレノイド電流

励磁用のソレノイドコイルに流す電流であり、発生する磁場強度と電流は比例関係にある。

論文情報

タイトル: Thirty percent conversion efficiency from radiofrequency power to thrust energy in a magnetic nozzle plasma thruster
著者: Kazunori Takahashi
掲載誌: Scientific Reports, 12, 18618 (2022)
DOI: 10.1038/s41598-022-22789-7

付記

本研究の一部は科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR212A)および科学研究費助成事業(19H00663、21K18611)の支援により行われました。

お問合せ先

< 研究に関して >
東北大学 大学院工学研究科 准教授/JST創発研究者 高橋 和貴
TEL:022-795-7064
E-mail:kazunori.takahashi.e8@tohoku.ac.jp
< 報道に関して >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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