情報を電源フリーでワイヤレス送信できる微小荷重センシングシステムを開発
- 曲げ振動を利用して風邪コロナウイルスの検知に成功 -
2022/12/02
発表のポイント
概要
自然界に広く存在する未利用の運動エネルギー(振動、衝撃など)から電気エネルギーを回収する環境発電が注目を集めています。東北大学大学院環境科学研究科(工学部材料科学総合学科)成田史生教授のグループと山梨大学大学院総合研究部 井上久美准教授のグループは、東北特殊鋼株式会社と共同で、逆磁歪効果を示す厚さ0.2mmのFe-Co/Niクラッド鋼板の表面にHCoV-229E捕捉タンパク質CD13を固相化させる技術の開発に世界に先駆けて成功しました。
また、このFe-Co/Niクラッド鋼板に整流蓄電回路と無線機を組み合わせ、曲げ振動で情報をワイヤレス送信できるシステムに改良し、クラッド鋼板による風邪コロナウイルス捕捉による共振周波数変化が確認できました。これによりクラッド鋼板に風邪コロナウイルスが吸着すると、振動発電量が減少し、情報送信間隔が変化してウイルスの捕捉を知ることが可能となります。
本研究成果は、2022年11月30日、Sensors and Actuators A: Physical のVolume 349、 Issue 1に掲載されました。
背景
あらゆるモノをインターネットにつなげてデジタル技術を活用しようとするモノのインターネット(IoT)・デジタルトランスフォーメーション(DX)が全世界に破壊的イノベーションをもたらそうとしています。IoT・DX用センサの数は1兆個を超えるともいわれ、それを駆動するための電源が大きな問題になり、電源のグリーン化(センサの電池レス化)が求められています。一方、新型コロナウイルス感染症COVID-19は、病院や介護施設、ライブハウス、飲食店など様々な場所でクラスター感染を発生させ、社会・経済活動の停滞を引き起こしています。したがって、感染症の拡大を踏まえたウィズコロナ・ポストコロナ社会のあり方を見据え、新たな急性呼吸器感染症の突発的発生にも対応可能な技術を早期に創成し、安全・安心な社会・経済活動を維持できる環境を構築する必要があります。
成果
今回研究グループが作製した厚さ0.2 mmのFe-Co/Niクラッド鋼板では、曲げ振動(共振周波数116 Hz,加速度170 m/sec2)で約8.4 Vの出力電圧が得られ、約0.414m Wの出力電力(クラッド鋼板1 cm3あたり約12.2 mW)が確認されています。蓄電回路に工夫を加えた結果、曲げ振動によって蓄えられた電力を使用して情報を5分に1回送信でき、永久磁石でバイアス磁場を印加すると、振動発電量が大幅に増大し、蓄電量を減らさずに10秒に1回の送信が可能となりました(図1)。周波数が変化すると、発電量が減少して電波の送信間隔が長くなる結果も得られており、これにより情報の受信間隔でクラッド鋼板の周波数変化(または発電量)を知ることができます。
振動しているFe-Co/Niクラッド鋼板の周波数変化から、クラッド鋼板に作用する荷重の変化を検出するこができます。続いて、本研究グループは、Fe-Co/Niクラッド鋼板の表面に金(Au)フィルムをスパッタし、生体機能化を促進して表面の錆びを防止後、11-メルカプトウンデカン酸(11-MUA)に浸しました。これにより、11-MUAは表面に-COOH基を持つ自己組織化単分子膜を形成します。そして、1-エチル-3- [3-ジメチルアミノプロピル]カルボジイミド(EDC)とN-ヒドロキシスルホスクシンイミド(NHS)に浸漬し、EDC/NHSを-COOH基と反応させてアミン反応性のスルホ-NHSエステルを形成しました。最後に、Fe-Co/Niクラッド鋼板をCD13タンパク質溶液に浸すことで、HCoV-229Eが吸着すると共振周波数が変化する風邪コロナウイルスセンシングシステムが完成します(図2)。
センシング実験は、本研究グループで精製したHCoV-229Eを用いて行いました。はじめに、Fe-Co/Niクラッド鋼板をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)ですすぎ、未反応のCD13を除去後、CD13が固相化したクラッド鋼板にウシ血清アルブミン(BSA)ブロッキング注4を行って曲げ振動発電実験を実施しました(図3a)。図3bは実験前のクラッド鋼板を示したものです。出力電圧と周波数の関係が測定され、クラッド鋼板によるHCoV-229Eセンシングの実現可能性が確認されました(図3c)。CD13が固相化したFe–Co/Niクラッド鋼板に、曲げ振動を与えて共振させると、共振周波数は、PBSと反応して減少し、HCoV-229Eが吸着するとさらに小さくなりました。この共振周波数の変化量からHCoV-229Eを検出することができます(図3d)。Fluorescein isothiocyanate(FITC)標識抗体を併用した蛍光顕微鏡観察で、HCoV-229Eの感染力と蛍光度との関係解明と、クラッド鋼板に吸着したHCoV-229Eの定性的・定量的評価にも成功しています。
今後の展開
今回、CD13タンパク質を固相化させたFe-Co/Niクラッド鋼板が提案され、曲げ振動によりHCoV-229Eの検出可能性が示されました。今後は、
- 精度・感度向上のためのさらなる軽量化
- HCoV-229E捕捉による周波数変化を情報受信時間で評価
- HCoV-229E気中センシングの原理確立
- 他のウイルス(HCoV-NL63、HCoV-HKU1、HCoV-OC43 やMERS-CoV、SARS-CoVなど)に応用
が期待されます。
なお、今回の研究成果の一部は、科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)と日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)の支援を受けて得られたものです。また、回路設計・蓄電評価は、宮城県産業総合技術センターからの助言をもとに行われました。
用語解説
注1 クラッド鋼板
異なる金属を用途に合わせて接合し、一枚の板にしたもの。本研究では、磁場の印加によって伸びる鉄コバルトと縮むニッケルとを熱拡散接合し、曲げ変形で磁束が一定の方向に変化する現象を利用している。
注2 バイアス磁場
安定した出力を得るために、あらかじめ磁歪材料に与えておく外部磁場。
注3 HCoV-229E
人々に日常的に感染する4種類のコロナウイルス(Human Coronavirus: HCoV)の一つ。他にHCoV-OC43、HCoV-NL63、HCoV-HKU1があり、HCoVの流行は冬にみられるが、229Eは春と秋にも検出されるようである。
注4 ブロッキング
抗体(ここではCD13)が抗原(ここではHCoV-229E)以外と吸着することを阻止すること。
論文情報
著者: Daiki Neyama, Siti Masturah binti Fakhruddin, Kumi Y. Inoue, Hiroki Kurita, Shion Osana, Naoto Miyamoto, Tsuyoki Tayama, Daiki Chiba, Masahito Watanabe, Hitoshi Shiku and Fumio Narita
掲載誌: Sensors and Actuators A: Physical
DOI: 10.1016/j.sna.2022.114052