投手が使用するすべり止め剤の効果を初めて定量的に実証 - すべりにくい野球ボールの導入やすべり止め剤の開発に期待 -

2022/12/15

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科ファインメカニクス専攻 教授 山口 健
研究者ウェブページ

発表のポイント

  • 野球の投手が投球時に利用するすべり止め剤のロジン注1粉末は、人による指の摩擦の違いや押付け荷重による摩擦係数注2の違いを小さくできることを解明
  • 使用禁止の粘着物質の利用により50%程度摩擦係数が増加すること、特に投球のボールリリース直前に相当する低い押付け荷重時に摩擦係数が著しく増加することを解明
  • メジャーリーグベースボール(MLB)の公式球は日本野球機構(NPB)の公式球に比べて20%程度摩擦係数が低く、すべりやすいことを実証

概要

MLB公式球はすべりやすいとされ、グリップ性やボール回転数を上げるために粘着物質が不正に使用されることが問題となりました。しかし、MLB公式球のすべりやすさや、ロジンや粘着物質などのすべり止め剤利用の影響について、摩擦係数に基づいた定量的な議論はなされておらず、感覚に基づいた議論にとどまっていました。

東北大学大学院工学研究科の山口健教授とNTT コミュニケーション科学基礎研究所の那須大毅主任研究員、カナダのリハビリテーション研究機関KITE Research Instituteの政二慶上席研究員の研究グループは、MLB公式球の皮革部分と指先間の摩擦係数に及ぼすすべり止め剤の効果を初めて明らかにしました。その結果、使用が認められているロジン粉末と使用が禁止されている粘着物質の摩擦係数が定量的に示されました(図1(a))。

さらにMLB公式球とNPB公式球の比較を行い、MLB公式球はNPB公式球に比べて摩擦係数が20%程度低く、よりすべりやすいことが初めて実証されました(図1(b))。これまで感覚的に行われてきたボールのすべりやすさの評価に定量性を与え、すべりにくいボールの導入や新しいすべり止めの開発に指針を与えるものと期待されます。

本研究成果は、世界的な学術出版社シュプリンガーネイチャーの材料科学に関するオンラインジャーナル「Communications Materials」に2022年12月15日に掲載されました。


図1 (a) MLB公式球における摩擦係数に及ぼすロジン粉末、粘着物質の影響、(b) MLB公式球とNPB公式球の摩擦係数の比較

研究背景

野球では投手が投球時に滑り止めのロジンを指に付けることが認められていますが、グリップ性やボール回転数を上げるためにロジン以外の粘着物質が不正に使用されていることが問題視されています。2021年6月、MLBは投手の粘着物質使用の取り締まり強化を発表しました。しかし、MLB公式球がすべりやすいことがそもそもの原因であるとの指摘もなされています。ボールのすべりやすさは、投手の肘への負担増加につながる懸念があり、改善を求める声が上がっています。しかしながら、MLB公式球がどの程度すべりやすいのか、粘着物質の使用によりどの程度摩擦が増加するのかなど、摩擦係数といった物理的指標を用いた定量的な評価や比較が行われたことはなく、主に投手の感覚に基づいた議論が行われてきました。

研究グループは、 ロジン粉末と粘着物質について、MLB公式球の皮革部分と指先間の摩擦係数とその影響を、摩擦試験(図2)により明らかにしました。また、MLB公式球、NPB公式球の摩擦係数の比較も併せて行いました。


図2 ボール皮革シートと人差し指腹のすべり摩擦試験。(a) 縫い目あり、(b) 縫い目無し、(c) 指に何もつけない場合、(d) ロジン粉末を付けた場合、(e) 粘着物質を付けた場合

研究の成果

指先に何もつけない場合では、摩擦係数は指先の水分量の増加とともに増加し、個人差が大きいことが分かりました(図3(a)、 (d))。これに対して、使用が認められているロジン粉末を指先につけた場合には、摩擦係数の個人差や押付け荷重依存性が小さくなり(図3(b)、(e))、投手間の摩擦の違いが少なくなるとともに、より安定した投球が可能になることが示唆されました。一方、粘着物質を指先につけると摩擦係数が平均で50%以上増加すること、特に投球のリリース直前に相当する低い押付け荷重条件で著しく増加することが初めて明らかとなりました(図3(c)、 (f))。なお、ボールの縫い目の有無による違いも測定しましたが、傾向は同じでした。また、NPB 公式球との比較を行った結果、MLB 公式球はNPB 公式球よりも20%程度低い摩擦係数を示し、すべりやすいことも初めて実証されました。


図3 被験者9名分の摩擦係数と押付け荷重の関係。グラフ中のプロットの色の違いは被験者の違いを表す。押付け荷重の範囲は、直球を投球した際のボールに対する指先の押付け荷重に相当する。ボールリリース時刻に近いほど、ボールの中心に向かう押付け荷重からそれに直交する接線方向注3の荷重に移行する[1] ため、押付け荷重が小さいほど投球時のボールリリース時刻に近い状態に相当する。

研究の意義、今後の展望

本研究は、これまで人間の感覚に頼った評価が行われてきたボールのすべりやすさやすべり止め剤の効果を、初めて摩擦係数により定量的に評価、比較したものです。本研究の成果は、すべりにくいボールの導入や新しいすべり止めの開発に指針を与えるものと期待されます。今後、ボールの違いや各種すべり止め剤の使用による摩擦係数の違いが、球速やボール回転数、コントロールなどの投球パフォーマンスに及ぼす影響を、実際の投球実験により検証する予定です。

用語解説

注1 ロジン

炭酸マグネシウム粉末と松脂(まつやに)の混合粉末。メジャーリーグベースボール(MLB)および日本野球機構(NPB)において投手のすべり止めとして使用が認められている。

注2 摩擦係数

二面間に作用する摩擦力をその時に作用する垂直方向の力で除した値。一般に、この値が小さいほどすべりやすく、大きいほどすべりにくい。

注3 接線方向

指先とボールの接触点からボール中心に向かう方向と直交する方向。この向きの力が回転数の増加に関係する[2]。

引用文献

[1] ‘Finger forces in fastball baseball pitching’, Human Movement Science, 54, 2017, 172-181
10.1016/j.humov.2017.04.007

[2] ‘Estimation of tangential finger force and its relationship with the spin rate of pitched fastball’, Sports Biomechanics, available online
10.1080/14763141.2022.2125823

論文情報

タイトル: Effect of grip-enhancing agents on sliding friction between a fingertip and a baseball
著者: Takeshi Yamaguchi、Daiki Nasu、Kei Masani
掲載誌: Communications Materials
DOI: 10.1038/s43246-022-00317-4
URL: https://www.nature.com/articles/s43246-022-00317-4

お問合せ先

< 研究に関して >
東北大学 大学院工学研究科 ファインメカニクス 教授 山口 健
TEL:022-795-6897
E-mail:takeshi.yamaguchi.c8@tohoku.ac.jp
< 報道に関して >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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