成分にばらつきのあるバイオマスや廃棄プラスチックを高効率利用する計算技術を開発
- ニューラルネットワークで個々の反応速度パラメータを素早く推算 -
2023/03/20
発表のポイント
- バイオマスなど複雑な炭素原料の反応解析を高精度化・高速化しました。
- ニューラルネットワーク注1に基づく、反応速度パラメータの新しい推算方法を開発しました。
- 実験データ(ニューラルネットワークのインプット)のノイズに強い実用的な手法です。
概要
低炭素・循環型社会の実現のためには、炭素資源を化学原料として循環利用したり、植物由来の原料・燃料などのバイオマスを活用したりするシステムが不可欠です。バイオマスは大気中からCO2を吸収するため、化石燃料をバイオマスに置き換えることができればカーボンニュートラル注2になるとされています。製鉄プロセスでも石炭由来のコークスをバイオマスで代替する取組みがあります。しかしバイオマスや廃棄物は出所により炭素成分が異なり、反応プロセスの予測や制御に大きな課題がありました。
東北大学大学院工学研究科の松川嘉也助教らの研究グループは、炭素原料の変換時の反応速度パラメータの推算にニューラルネットワークを用いた新たな手法を提案しました。テンソルフロー(Tensorflow)注3およびケラス(Keras)注4を活用することで簡易かつ高速に反応速度パラメータを推算することができ、かつ、原料の多様性に起因する実験データの変動やノイズにも高い適応性をもつため、高精度な結果を得ることができます。この手法は、コークスやカーボンニュートラル社会の実現に向けて利活用が注目されているバイオマスの反応速度パラメータを仮定なしで推算できる画期的なものです。
今後、本手法を応用し、バイオマスを含む固体炭素において反応性ごとに成分を分離する研究を進め、バイオマスと化石資源を混合することによって起こる相乗効果の理解につなげていきます。
本研究成果は、2023年2月27日に燃料分野の専門誌 Fuelにオンライン掲載されました。
研究の背景
地球温暖化を食い止めるため、二酸化炭素の排出量削減や固定化のための取り組みが研究されています。中でも植物由来の原料・燃料(バイオマス)を使うことにより実質的な二酸化炭素排出量がゼロになるという考え方があります。またプラスチックをはじめとした炭素を含む廃棄物をリサイクルできれば、二酸化炭素の排出量を抑制できます。製鉄プロセスでは石炭由来のコークスの一部をバイオマスに置き換える取り組みがあります。
バイオマスや廃棄物で化石燃料を代替する際の最大の障壁の一つは、それらの化学的性質が化石燃料ほどは一定でないことです。バイオマスの成分は、植物の品種が同じであっても産地により異なります。廃棄物もごみの混ざり具合により成分が変わります。工場が安全・安定に稼働するためには、原料の反応性をよく理解する必要がありますが、品質が一定でないバイオマスや廃棄物を原料とする場合には、原料の入荷ごとに反応性を評価する必要があります。この評価に時間がかかれば、工場操業が遅れますし、評価が間違っていれば、目的の物質・製品が得られず、最悪の場合には大きな事故につながります。つまりバイオマスや廃棄物を活用するためには、それらの反応性を迅速かつ正確に評価する必要があります。
バイオマスのような固体の有機物は複数の成分を含む混合物であり、それらの反応性を評価する解析手法では、多様で複雑な反応速度データに対して大胆な仮定を課して、その仮定に依存した反応速度パラメータを決定します。そのため解析結果は解析手法の適用する仮定の影響を受けるものでした。
それでも従来使われてきたコークスやチャーのような石炭由来の固体炭素であれば、構成成分は比較的均一なため、従来法であっても十分な精度で推算が可能でした。しかしバイオマスなどは多種多様な反応性の成分の混合物であり、従来法での予測には限界がありました。
今回の取り組み
本研究ではDAEM(Distributed Activation Energy Model)注5とニューラルネットワークによる反応速度パラメータの推算方法を提案しました。従来は大胆な仮定を課さなければ、DAEMの反応速度パラメータを推算することは困難でした。本手法はRule Extraction from Facts version 5 (RF5) 法注6のアイデアに基づいており、汎用的なフレームワークであるTensorflowおよび Kerasを活用することで、仮定無しでも簡易かつ高速に反応速度パラメータを推算することができます(図2)。また固体炭素の反応性を測定するのにつかわれる熱天秤には、ノイズがつきものです。従来法ではノイズが大きいと正しい反応速度パラメータを得られなかったり、計算が破綻し解が得られなかったりしてしまうため、ノイズの少ないデータが得られるまで繰り返し実験を行う必要がありました。本手法は3%と極めて大きいノイズを与えても破綻することなく、真値に近い反応速度パラメータを得られることを示しました(図3)。
今後の展開
様々な化学種の混合物であるバイオマスを含む固体炭素について、本手法により反応速度パラメータの推算を行うことで、反応性を複数のグループに分けることができれば、どのような成分が含まれるかを分析できる可能性があります。反応性の分離ができれば、バイオマスと化石資源を混合することによって起こる相乗効果の理解に大きくつながるため、新旧炭素資源の効果的な活用、低炭素・循環型社会の実現に大きく貢献すると期待されます。
謝辞
本研究はJSPS科研費 JP21K03911の助成を受けたものです。
用語説明
(注1)ニューラルネットワーク
人間の脳内にある神経細胞(ニューロン)のネットワーク構造を模した数学モデルであり、機械学習のモデルとしてよく利用される。
(注2)カーボンニュートラル
二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること。地球温暖化の進行を抑制することができると考えられている。
(注3)テンソルフロー(Tensorflow)
Googleによって開発・公開されている深層学習のフレームワークである。
https://www.tensorflow.org/
(注4)ケラス(Keras)
Googleが開発したニューラルネットワークのライブラリである。
https://github.com/fchollet/keras
(注5)DAEM(Distributed Activation Energy Model)
固体の反応を多数の反応が並列して起こるとするモデル。Vandにより提案された。
(注6)Rule Extraction from Facts version 5 (RF5) 法
Saito and Nakanoにより提案された[1]。科学法則中の未知パラメータをニューラルネットワークにより算出する手法である。
[1] Saito and Nakano, Proc. 15th Int. Jt. Conf. Artif. Intell., 1078–83 (1997).
論文情報
著者: Shinji Wakimoto, Yoshiya Matsukawa*, Yui Numazawa, Yohsuke Matsushita, Hideyuki Aoki
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科化学工学専攻 助教 松川嘉也
掲載誌: Fuel, Volume 343, 1 July 2023, 127836
DOI: 10.1016/j.fuel.2023.127836