脳内化学物質を高感度かつ選択的に検出できるファイバセンサの開発

2023/04/24

発表のポイント

  • 多機能ファイバとDNA分子プローブを複合させることで、脳内で特定の神経伝達物質を高感度かつ選択的に検出できる神経デバイスを初めて開発しました。
  • 多機能ファイバ技術を活用することにより、脳内の電気・化学信号を同時に計測・操作できるようにしました。
  • 多機能神経デバイス技術の革新により、脳機能の理解および脳病態のメカニズムの解明に貢献すると期待されます。

概要

脳内では1000億個以上の細胞が複雑な回路を形成しており、細胞間で電気・化学信号が伝達されています。神経細胞からの電気信号を記録する技術は成熟していますが、脳内の細胞間コミュニケーションを担っているのは繊細な化学信号であり、その活動を正確に測定するツールは限られています。非常に多くの化学物質が存在する脳内で特定の化学物質の動態と脳機能・病態の関連を調べるためには、選択的に化学物質を定量化する計測技術が必要とされます。

東北大学学際科学フロンティア研究所の郭媛元准教授、工学部学部生の雜﨑智沖氏、久保稀央氏らの研究チームは、熱延伸技術注1で作製された多機能ファイバ注2と、アプタマー注3と呼ばれるDNA分子プローブを組み合わせることで、多機能神経デバイスの未踏領域である生体内電気化学センシング機能を実現しました(図1)。そして、やる気や幸福感と関連する神経伝達物質であるドーパミンなどの特定の化学物質を、脳内の複雑な環境において高感度かつ選択的に検出することに世界で初めて成功しました。さらに、多機能ファイバ技術を活用することで、脳内の電気信号と化学信号の同時計測と操作を可能にしました。

本研究成果は、分析化学分野における国際的な学術誌である米化学会Analytical Chemistry誌に2023年4月24日付で掲載されました。

研究の背景

私たちの脳は1000億個以上の神経細胞やグリア細胞からなる複雑な回路網を持ち、化学信号や電気信号など様々な信号をやりとりして活動しています。脳回路の中で、神経電極による、神経細胞からの電気活動を記録する技術は既に成熟しています。一方で脳内の細胞間コミュニケーションを担っているのは繊細な化学信号であり、測定技術については、今のところ、細胞や組織を蛍光標識する必要がある光学的な観察法やマイクロダイアリシス法注4が主流です。しかしこの手法は生体組織に外部からの蛍光分子によって標識する必要があり、細胞の本来活動を変化させてしまう可能性があります。またマイクロダイアリシス法は覚醒下動物の細胞外液や血液中の物質を1分から30分程度で連続的に回収し、神経伝達物質放出をモニタリングできますが、時間・空間分解能が低いため、脳内で起こっている細胞レベルの活動を観察することが難しいという課題があります。

そこで非標識かつ高い時間・空間分解能で、脳内微小な化学信号を正確に記録する方法が求められています。電気化学的手法は、電極の上に化学物質の酸化還元反応を利用し、生体内の細胞や組織を標識なく、生体活動による化学物質の動態をモニタリングできる簡単な手法の一つです。特に微小電極を用いた電気化学センシングは、侵襲性が少ないため、高い時間・空間分解能を持つ生体内での化学物質をセンシングすることが可能です。

しかし極めて複雑な化学的な環境である脳内において、標的とする化学物質のセンシングを妨害する化学物質はたくさん存在します。妨害物質は主に2種類あり、一つは酸化還元反応の活性を持つ化学物質です。もう一方は標的分子の化学構造と類似構造を持つ化学物質です。脳内の特定の化学物質を定量化するためにはそれらの妨害物質と選択的に検出する必要があります。また包括的な脳機能の理解および脳病態の解明のためには、脳内の電気信号と化学信号を同時に計測・操作できる多機能神経デバイスの開発も重要な課題です。

今回の成果

今回、東北大学学際科学フロンティア研究所の郭媛元准教授、工学部学部生の雜﨑智沖氏、久保稀央氏らの研究チーム、および、大学院医学系研究科の虫明元教授、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)材料研究科のFabien Sorin(ファビアン ソラン)准教授、および学際科学フロンティア研究所の阿部博弥助教らは、光通信用の光ファイバを製作する技術である熱延伸技術を利用し、新しいカーボンナノチューブ複合材料を用いた柔らかい神経電極ファイバを開発しました。また、脳内に特定の標的分子を特異的に検出するために、アプタマーと呼ばれるDNA核酸分子プローブを神経電極ファイバの表面に固定することで、脳内化学物質を測定できるアプタマーファイバセンサ(apta-μFS)の開発に成功し(図2)、多機能ファイバの新しい機能「生体内バイオセンシング」を実現しました。

DNAアプタマーとは特定の標的分子に対して特異的に結合する合成 DNA 分子プローブです。DNAアプタマーは標的分子と結合することにより、立体的に構造変化を起こします。そのアプタマーの末端に電気化学ラベルを付けることで、結合による立体構造の変化を電気化学的に計測することができます。

研究チームは、今回開発したアプタマーファイバセンサを麻酔中のラットの脳内に埋め込み、高時空間分解能でドーパミンの放出を測定しました。その結果、複雑な脳内環境においてドーパミンを選択的に検出できることを実証しました(図3)。また、汎用性の高い熱延伸プロセスを利用することで、脳内の電気信号と化学信号を同時に計測・操作できる多機能神経デバイスツールを開発することができました。

さらに、本研究で開発したアプタマーファイバセンサは5nMまでの低濃度のドーパミンの検出を実現しただけでなく、体内に共存するアスコルビン酸や尿酸などの主要妨害物質に対して高い特異性を示しました。さらに、ドーパミンの前駆体やその代謝物である類似構造を持つ化学物質を区別して検出できることを確認しました(図3)。

今後の展開

新規開発したアプタマーファイバセンサは、多機能ファイバとDNAアプタマーを組み合わせることにより、脳神経科学分野に応用する多機能ファイバツール本来の電気・光・微小流路などの機能に新しい、特定の分子を高感度かつ選択的検出できるセンシング機能を実現することになります。

本センシングメカニズムは、アプタマーと標的分子の結合による立体的な構造の変化を利用していますので、DNAアプタマーの配列を変えれば、測定対象の電荷や電気化学的特性に関係なく、幅広い化学分子の検出にも応用することが可能です。

本研究はファイバの中に一本の電極の上にアプタマーを修飾することができ、ドーパミンの特異的な検出に成功しました。郭准教授は今後の展望を「今後は、ファイバ中に複数の電極を集積し、多様な神経伝達物質などの化学物質をターゲットするDNAアプタマー分子プローブを固定し、複数の化学物質を同時に検出できる神経デバイスを開発していきます。また、電気信号だけではなく、多様な化学物質をセンシングできる神経デバイスツールの開発は、新たな脳機能研究を発展させることができ、これまでに解明されてない脳や臓器の病気の病理研究や予防法・治療法の開発において重要な貢献になると考えています」と語っています。


図1 脳内化学物質を検出できる、DNAアプタマーを用いたファイバセンサのイメージ図。

図2 多機能ファイバ技術とアプタマー技術の融合。カーボンナノチューブ(CNT)複合材料を用いた電極ファイバの上にアプタマーを固定することにより、脳内の化学物質を特異的にセンシングすることが可能になった。

図3 今回開発したアプタマーファイバセンサによる、脳内の神経伝達物質であるドーパミン(DA)の測定結果。5nMまでの低濃度のドーパミンの検出を実現した(左図)だけでなく、体内に共存するアスコルビン酸(AA)や尿酸(UA)などの主要妨害物質に対して高い特異性を示した。さらに、ドーパミンの前駆体であるレボドパ(L-DOPA)、その代謝物である3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)、モノアミン神経伝達物質のエピネフリン(EPI)、ノルエピネフリン(NE)、セロトニン(5-HT)といった類似構造を持つ化学物質を区別して検出できることを確認した(右図)。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR205D)、東北大学学際科学フロンティア研究所学際研究共創プログラム、および文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」の支援を受けて実施されました。

雜﨑氏と久保氏は東北大学アドミニストレイティブ・アシスタントの制度をきっかけとして、研究チームに加わりました。その後、学際科学フロンティア研究所では、所属教員の研究の進展を図るとともに、学生に最先端の研究を経験する機会を提供し、学生の多様な研究経験と経済支援に資する事を目的とした取り組みである「学部学生研究ワーク体験(FRIS-URO)」を開始しました。

用語説明

(注1)熱延伸技術

加熱しながら引き伸ばす技術。利用できるのは単一の材料に限定されず、金属・複合材料・ポリマーなど多種類を組み合わせることが可能である。「金太郎飴」を作る方法と似ており、最初に、必要な多種類の材料を組み合わせた大きいプリフォームという成形物を作り、これを加熱しながら引き伸ばすことによって、電気・化学・光などの機能をマイクロからナノレベルで集積した、長さ数千メートルのファイバを作製することができる。

(注2)多機能ファイバ

直径100〜500 µm程度のポリマー製繊維の中に、導電線・光路・流路・電気化学信号・機械駆動用ワイヤなど、さまざまな要素を操作したり測定したりするのに必要な構造を集積したファイバ。

(注3)アプタマー

特定の標的分子と結合することができる一本鎖DNA核酸分子。

(注4)マイクロダイアリシス法

微小透析膜のついたプローブを脳などの臓器に埋め込むことができ、局所の細胞外液中の物質を透析膜を介して回収し、その濃度を測定するための方法。

論文情報

タイトル: The development of aptamer-coupled microelectrode fiber sensors (apta-μFS) for highly selective neurochemical sensing
著者: Tomoki Saizaki, Mahiro Kubo, Yuichi Sato, Hiroya Abe, Tomokazu Ohshiro, Hajime Mushiake, Fabien Sorin and Yuanyuan Guo*
*責任著者: 東北大学学際科学フロンティア研究所 准教授 郭媛元
掲載誌: Analytical Chemistry
DOI: 10.1021/acs.analchem.2c05046

お問合せ先

< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
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