レーザーでグラフェン単層膜のナノ加工に成功

グラフェンを利用するナノデバイスの開発を加速する要素技術の実現に期待

2023/05/19

発表のポイント

  • 世界で最も薄い素材である炭素原子1層分のグラフェン膜を、レーザーで微細加工することに成功しました。
  • レーザーの照射条件を調整することで、グラフェンの表面洗浄や、原子レベルの欠陥形成などにも応用の可能性があることを発見しました。

概要

優れた物理特性をもつことから「夢の素材」として知られるグラフェン注1ですが、従来のナノ技術注2では論文などで提案される種々のグラフェンデバイスを効率的に作製することは困難でした。これはグラフェンが極限的に薄いシート状の素材であり、また、表面の汚染や構造の変質に敏感で、デバイスの特性を損なわずに加工・製造するのが困難なためです。

東北大学多元物質科学研究所の上杉祐貴助教、小澤祐市准教授、佐藤俊一教授、大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻の門口尚広大学院生(研究当時)、同専攻の小林哲郎大学院生、金属材料研究所の長迫実助手らの研究グループは、フェムト秒レーザー注3を使って炭素原子1層分の厚さからなるグラフェン膜を、100ナノメートル(ナノ=10億分の1)以下の精度で加工することに成功しました。また、レーザー照射したグラフェン膜を高性能の電子顕微鏡注4で観察したところ、表面の汚染物が除去され、数ナノメートルの細孔や原子レベルの構造変化を生じさせることができることを発見しました。

これらの知見は、グラフェン素材のエンジニアリング手法の確立に役立つとともに、次世代半導体産業や量子科学産業の開拓を加速する研究成果であると考えられます。

本研究成果は、米国化学会発行の最先端のナノサイエンスを取り扱う学術誌Nano Lettersに2023年5月16日付けで掲載されました。

研究の背景

2004年に初めて原子1層のグラフェン膜が単離されて以来、次世代の半導体素材として盛んに研究がなされ、グラフェンを使ったトランジスタ、透明電極、センサーなどの実証が報告されてきました。これらのデバイスを社会実装に導くには、グラフェン膜をマイクロメートル(マイクロ=100万分の1)からナノメートル(ナノ=10億分の1)のスケールで効率的に加工する技術が必要です。マイクロ/ナノスケールの素材加工・デバイス製造には、一般的にナノリソグラフィ注5集束イオンビーム法注6が用いられます。しかし、これらの手法は装置が大掛かりであったり、加工/製造に長い時間を要したり、操作が困難であったりと、基礎研究・開発の現場では利用しづらいものでした。また、グラフェンデバイスの性能は僅かな表面状態の変質によって大きく変化するため、化学的な修飾や結晶構造の大きな乱れが生じやすいこれらの手法の適用には限界がありました。

今回の取り組み

本研究グループは、これまでに厚さ5~50ナノメートルのシリコン系薄膜を、フェムト秒レーザーを使って微細加工する独自技術の開発に取り組んできました。この手法を極限に薄い原子1層分のグラフェン膜に適用することで、膜を破損することなく、多点穴のパターニング加工を施すことに成功しました(図1, 2)。レーザーのエネルギーと照射回数を適切に制御することで、使用したレーザーの波長(520ナノメートル)よりも小さな直径70ナノメートル程度の微細穴から、原理的には直径1ミリメートル以上の開口まで、自在な加工を施すことができると考えられます。


図1 レーザー照射により穴あけ加工されるグラフェン膜のイメージ図。炭素原子の大きさを誇張して示しており、実際の大きさとは異なる。

図2 (a) 実際のレーザー加工系の構成図。(b) グラフェン膜上に32個のレーザースポットが形成される。(c) 多点穴あけ加工されたグラフェン膜の画像。

穴が開かない程度の低いエネルギーのレーザーが照射された領域を、高性能の電子顕微鏡で観察したところ、グラフェン膜表面の汚染物が除去されていることが判明しました(図3)。また、倍率を高めて原子一つ一つを分解して観察を行ったところ、グラフェン膜に直径10ナノメートル以下の細孔や、炭素原子数個が欠損した原子レベルの欠陥が多数形成されていることを発見しました(図4)。レーザーのエネルギーや照射回数を増やすと、それに比例して細孔・欠陥の密度も増加する傾向が得られたことから、細孔・欠陥の形成もレーザーを使って制御できることを確認しました。


図3 走査透過電子顕微鏡法で取得したレーザー加工したグラフェン膜の画像。黒い領域は穴が開いている。白く写っているものは表面の汚染物。

図4 高倍率で取得した透過電子顕微鏡法による画像。赤色の領域は穴が開いている。青色の領域は汚染物。矢印で示した箇所に原子欠陥が存在する。

今後の展開

今後、グラフェン素材を自在に加工・整形する手法を確立することにより、最先端のグラフェンデバイスを効率的に作製し、社会実装に繋げることができると考えられます。また、グラフェンにナノスケールの細孔や原子レベルの欠陥を形成することで、電気伝導性のほか、スピンやバレー注7といった量子レベルの特性を制御できることが知られています。原子1層からなる単純な構造のグラフェン膜に自在に細孔・欠陥を形成できれば、量子科学分野の基礎研究をおおいに加速することができるでしょう。

その他、グラフェン上の細孔・欠陥は高い化学修飾性を示すため、超高感度の生体センサーにも応用が期待できます。また、本研究で見いだされたレーザー照射による汚染物除去の効果を応用することで、高純度なグラフェンを非破壊かつ汚すことなく洗浄する新手法の実現も期待されます。

謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP20H02647, JP20H02629)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR2004)、天田財団 一般研究開発助成(AF-2022204-B2)、文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ事業(JPMXP1222TU0097)、名古屋大学未来材料・システム研究所 共同利用・共同研究の支援を受けて行われました。

用語説明

(注1)グラフェン

蜂の巣状に炭素原子が結合した構造をもつシート状の物質で、原子1層分の厚さに単離したり成膜したりすることができる。高い電子移動度、機械的強度、熱伝導性、光透過性などの優れた物理特性を有する。

(注2)ナノ技術

マイクロメートル(マイクロ=100万分の1)よりも小さな精度で素材を自在に制御する微細技術。特に、分子や原子のスケールで物質を制御する技術は、最先端の半導体産業や量子科学研究の要素技術である。ナノテクノロジーともいう。

(注3)フェムト秒レーザー

光のパルスを繰り返し放出するレーザー装置。1パルスの典型的な持続時間は100フェムト秒(フェムト=1000兆分の1)程度。光を時間的に圧縮することで、小型の発電所1個分に相当するパワー(1~10万キロワット)を瞬間的に発生できる。

(注4)電子顕微鏡

電子の波としての性質を利用した顕微鏡装置。光学顕微鏡で分解できる最小の大きさが200ナノメートルなのに対し、高性能の電子顕微鏡では原子1個分の大きさよりも小さな0.1ナノメートル以下の分解性能をもつ。

(注5)ナノリソグラフィ

高精度の成膜とエッチング技術を駆使してナノメートルスケールのデバイスを製造する技法の総称。最先端の半導体集積回路やマイクロ/ナノ電気機械システム (MEMS、NEMS) の製造に利用されている。

(注6)集束イオンビーム法

ガリウムイオンなどからなる高エネルギーのビームを直径10ナノメートル以下に絞り込み、ターゲットとなる材料に当てて微細加工する手法。

(注7)スピン、バレー

電子は原子核の周りを惑星のように周回運動していると考えることができる。このとき、電子の自転運動に対応する量子力学的な量をスピンといい、周回運動に対応する自由度(とりうる軌跡の種類)をバレーという。

論文情報

タイトル: Nanoprocessing of self-suspended monolayer graphene and defect formation by femtosecond-laser irradiation
著者: Naohiro Kadoguchi*, Yuuki Uesugi*, Makoto Nagasako, Tetsuro Kobayashi, Yuichi Kozawa, Shunichi Sato
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 修士課程学生 門口尚広(2023年3月修了), 東北大学多元物質科学研究所 助教 上杉祐貴
掲載誌: Nano Letters
DOI: 10.1021/acs.nanolett.3c00594

お問合せ先

< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
英文プレスリリース   Laser-induced Monolayer Graphene Nanoprocessing
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