運動モードを自己組織的に切り替えるニューラルネットワーク学習を実現
- 生物の動きを模倣できるAI開発に期待 -
2023/06/14
発表のポイント
概要
人間など生物は運動や環境条件に応じて自己組織的に身体の関節駆動のパターンを巧みに切替えています。人間の姿勢制御は主に足首関節と股関節の協調運動により行われています。身体の揺動が小さくバランスの余裕がある時には足首関節と股関節は同じ方向に同相で制御され、身体の揺動が大きくバランスの余裕がなくなる時には逆相で制御されていることが知られています。このような生物の自己組織的振る舞いには、常に“いつ”、“どのように”なめらかに切替えるかを自己組織的に判断することが必要とされます。そのうえ成長・加齢による身体特性の変化など様々な要因も加わるため、力学条件に応じた自動的な運動モード切替えをAIで再現することは容易ではありません。
東北大学大学院工学研究科の林部充宏教授とGuanda Li(グアンダ リ)大学院生およびKeli Shen(ケリー シェン)大学院生(研究当時)らの研究グループは、事前の身体力学モデルを想定することなく、運動周波数に着目することで力学条件に応じて運動モードを適応的に調整できるニューラルネットワークを構築することに成功しました。
本研究成果は、科学誌Scientific Reportsに2023年6月2日付けで掲載されました。
関連動画
Self-Organizing Neural Network for Reproducing Human Postural Mode Alternation through Learning
研究の背景
人間の姿勢協調運動における自己組織化現象として、例えば直立の姿勢で前へならえのように両腕を素早く前に出す際に、同時に体幹を腕と反対の後ろ側にそらす動作を無意識的に行うことが知られています。これは私たちの中枢神経系が身体の力学的運動に関する内部予測モデルを構築していることを示しており、身体部位の加速や減速に伴う慣性力の予測とそれを相殺する運動を認識していることを意味しています。環境適応的な姿勢制御を行うための神経回路網を構築するためには、その学習過程が重要で、特に成長・加齢によって身体特性が変化する場合や、乳幼児期の身体の力学情報が未知である場合に、生体の学習機能によって姿勢の安定と維持のための運動制御の適応性を向上させることが必要となります。その適応プロセスを再現することにより、人間の運動制御に関する自己組織化の背景にあるメカニズムを理解することにもつながります。
今回の取り組み
本研究では、身体に関する力学方程式を事前知識として想定することなく、運動モードを適応的に調整できる自己組織化ニューラルネットワークを構築することを試みました。人間の姿勢制御は主に足首関節と股関節の協調運動により行われており、身体の揺動が小さくバランスの余裕がある時には足首関節と股関節は同じ方向に同相で制御され、身体の揺動が大きくバランスの余裕がなくなる時には逆相で制御されていることが知られています。この自己組織的プロセスは、先行研究ではバイオメカニクス(人体力学)モデルに基づいた数学的最適化計算でこれを再現するものが報告されています。一方、本研究では事前知識を用いずに運動経験と深層強化学習によりこの自己組織化現象をニューラルネットワークにより再現できるか検証を行いました。学習後のニューラルネットワークは運動周波数の増加に伴い、同相制御から逆相制御に遷移していく振る舞いを示し、人間と同様の運動モード遷移プロセスを再現することができました。またモード遷移に関与する要因として運動周波数、エネルギー効率が大きく関与していることがわかりました。
省エネルギーの観点からは、足首関節と股関節の同相協調は、バランスを実現する解が存在すれば、逆相の協調よりも基本的にエネルギー消費が少なく済みます。しかし、身体の質量慣性の影響を受け、身体の重心変化を積極的に少なくする必要性が生じると、股関節の運動をそれまでとは異なる方針で用いる逆相モードに移行することがわかりました。さらに、股関節の硬さ、上肢の重さなどの身体パラメータも、モード切り替えのタイミングに影響を与えることが確認されました。
また学習したニューラルネットワークは学習条件の範囲からはずれた状況でも適応性を示しました。学習時には運動周波数は離散的に設定した一定の周波数で行いました。たとえニューラルネットワークが連続的な周波数変化の下で訓練されていなくても、時間的に変化する目標周波数の変化に適応し、同相から逆相への一貫したモード切替えを連続的に出力することができました(関連動画参照)。さらに学習後のニューラルネットワークは、未経験である上半身の慣性を増加させた場合、より早いタイミングで運動モードを自己組織的に逆相に変化する振る舞いを示しました。これは上半身の慣性力増加により、バランスが不安定な状況になるタイミングが早く訪れたことに適応して、エネルギー的に効率的な同相モードから、バランスを優先する逆相モードに変更することで運動タスクを達成する自己組織的な振る舞いを示しました。
今後の展開
近年、生成系AI注3の発展はめざましく、運動生成タスクへの応用も望まれますが、生体の自己組織的な振る舞いの生成をAIにより実装することは容易ではないことが考えられます。その要因の一つとして生体の身体に潜む冗長性問題があげられます。AIは基本的に一つか少ない数の正解を生成する場合には向いていますが、同じ種類の運動タスクの実現に必ずしも一つの正解パターンがあるわけではなく、無数の解が存在してしまうという問題があります。そのため、どの制御モードが適しているかを運動タスクや環境の力学条件に適応して自己組織的にまた連続的に生成させるのは容易ではない背景があります。今回は単純な運動タスクですが、強化学習により自己組織的に振る舞うニューラルネットワーク生成の可能性を示したことは、本問題の解決に向けての一歩となることが期待されます。また我々の関連研究注4で人間の計測データを使わずに深層強化学習により、自然なリーチング運動パターンを生成できることを示しており、今回の学習フレームワークとも共通性があるため、生物的な振る舞いを示すAIの開発につながる知見となります。
謝辞
本研究は科学研究費補助金 (新学術領域) 超適応プロジェクト(第一期)JP20H05458、(第二期)JP22H04764の支援を受けて行われたものです。
用語説明
(注1)ニューラルネットワーク
人間の脳内の神経細胞である「ニューロン」を語源とし、脳の神経回路の構造を数学的に表現した手法である。「入力を線形変換する処理単位」がネットワーク状に結合した数理モデルであり、人工知能(AI)の問題を解くために用いられる。
(注2)自己組織化現象
個体が系全体を俯瞰する能力を持たないにも関わらず、個々の自律的な振る舞いの結果として、秩序を持つ大きな構造を作り出す現象のことである。
(注3)生成系AI
人の指示に従って文章や画像、動画を自動生成する人工知能。文章生成では米オープンAIが開発したChatGPT、画像生成では英スタビリティーAIが開発したStable Diffusionが知られる。生活や産業に役立つ一方で犯罪や著作権問題につながる可能性があり、主要7カ国(G7)や経済協力開発機構(OECD)が利用の指針やルール作りで動いている。
(注4)関連研究
深層強化学習による自然なリーチング運動パターン生成
2021年6月7日 東北大学プレスリリース
論文情報
著者: K. Shen, G. Li, A. Chemori and M. Hayashibe*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 教授 林部充宏
掲載誌: Scientific Reports, 13, 8966 (2023)
DOI: 10.1038/s41598-023-35886-y