光透過率90%以上の結晶化ガラスファイバー創製に成功

- 高速化・大容量化が進む光通信システムへの応用に期待 -

2023/07/12

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 藤原 巧
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 光学単結晶注1に匹敵する究極の透明多結晶性セラミックス「完全表面結晶化ガラスファイバー」を創製しました。
  • 光の制御と伝送が光ファイバーに一括化された理想的な光通信システムの実現とともに、独自の「放射状の結晶配向構造」を活用した応用展開に期待されます。

概要

日本が目指す未来社会Society 5.0注2の実現に向け、光通信の高速化・大容量化が急務です。光通信システムには、一般的に伝送を担う透明で非晶質のガラスのファイバーと制御を担う結晶のデバイスが必要とされています。ところがガラスと結晶という異種(異形態)材料の混在は、光損失や接続不整合性の要因となり、さらなる通信の高速化・大容量化を阻む大きな課題となっています。

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻大学院生の中村拓真氏(日本学術振興会特別研究員)、藤原巧教授、高橋儀宏准教授らは、同大学大学院工学研究科技術部の宮崎孝道技術専門職員との共同研究により、光ファイバーと同じ材料と形状を持ちファイバー型光制御デバイスへの応用が期待できる新材料「完全表面結晶化ガラスファイバー」を創製しました。さらに、独自の緻密な結晶化制御により、光学単結晶にも匹敵する超低光損失を達成しました。 本成果は、光の制御と伝送が光ファイバーへと一括化された新たな光通信システムを可能とするのみならず、ユニークな結晶化組織を活かした画期的な応用展開も期待されます。

本研究成果は、セラミックスに関する国際学術誌Ceramics Internationalに2023年6月28日にオンライン掲載されました。

研究の背景

いまや我々の生活に欠かせない光通信ですが、光源の自在な制御と、制御された光をその性質を維持しながら伝送することが高性能化の鍵になります。通信量のさらなる大容量化が望まれる昨今では、制御・伝送の際に生じる光損失や雑音を今まで以上に減らす工夫が必要です。制御には光の色の変換や振幅・位相の変化があり、二次非線形光学効果注3と呼ばれる現象が利用されます。この現象は特殊な結晶の持つ空間的構造に基づくもので、光制御デバイスはその特性をもつ単結晶材料から構成されるのが一般的です。

一方で光の伝送には、透明性や加工性に優れる非晶質のガラス製光ファイバーが使用され、これらガラスの特徴はそのランダムな空間的構造に由来します。このように、従来の光通信システムは役割別に適した材料が用いられており、異なる部材の接続によって通信が成り立っています。

しかし、これら材料間の光学的および熱的性質の不整合から、この接続は光学素子を介した物理的に非接触な状態であり、システムの不安定化を引き起こします。さらに、光の回折損失注4を最小限とするために、制御デバイスが大型・複雑化する傾向があり、高い導入コストを要してしまいます。したがって、伝送のための光ファイバー通信網と親和性が高く、一括化が可能なファイバー型の光制御デバイスの開発が望まれています。

この実現に向けて、藤原巧教授の研究グループでは、ガラスの結晶化により得られるガラスと結晶の複合材料「結晶化ガラス注5」に着目して研究開発を行ってきました。同グループは、ケイ酸塩ガラスの熱処理によりストロンチウム(Sr)、チタン(Ti)、シリコン(Si)の複合酸化物であるSr2TiSi2O8結晶がガラス全体に渡って緻密かつ一方向に整列して析出する「完全表面結晶化ガラス」を開発しており、Sr2TiSi2O8結晶に由来する二次非線形光学効果の発現にも成功しています[1]。しかし、結晶化に伴う割れや空孔の発生が免れず、これにより完全表面結晶化ガラスのファイバー化に重要な透明性の確保という大きな課題が残っていました。

今回の取り組み

完全表面結晶化ガラスは、Sr2TiSi2O8結晶の組成に対してTiO2とSiO2を過剰に加えた前駆体ガラスから得られます。表面にSr2TiSi2O8結晶が形成された後、前駆体ガラス中の余剰となった成分はSr2TiSi2O8結晶ドメイン(領域)の内部およびドメイン間にガラス状態で閉じ込められることになります。今回の研究では、この特徴的な組織構造を適切な熱処理によって制御し、割れや空孔が一切ない「完全表面結晶化ガラスファイバー」の創製に成功しました(図1(a)下段)。その断面は単結晶材料には見られない「放射状の配向結晶構造」を有しています(図1(b))。

また、透過型電子顕微鏡などにより、試料中心に生じるはずの空孔(図1(a)上段・中段)が余剰のガラス成分で補填されるという空孔抑制機構が明らかとなりました。余剰成分のガラスの屈折率はSr2TiSi2O8結晶のそれと非常に近く、空間的かつ光学的に均一に近いことからファイバーの透明性が確保されています。さらに光通信波長1550 nmでの光損失測定の結果、従来の透明セラミックス材料(1cm厚で80%未満の透過率)を凌駕し、かつ光学単結晶級の値(1cm厚で90%以上の透過率)を達成しました(図2)。


図1 完全表面結晶化ガラスファイバーの顕微鏡観察結果:(a) 偏光顕微鏡写真。結晶化熱処理温度の低下に伴い、空孔の発生が抑制され(左部)、結晶化組織が均質化した(右部)。 (b) 電子線後方散乱回折法による断面の結晶方位分布。Sr2TiSi2O8結晶のc軸が放射状に並んだ配向構造を持ち、中心部にはガラス相(黒色領域)が存在する。

図2 完全表面結晶化ガラスファイバーの光損失測定結果。従来は1cm厚で僅か0.05%の透過率(黒色)であったが、適切な結晶化熱処理による空孔抑制に伴い、劇的に改善した。

今後の展開

完全表面結晶化ガラスファイバーは、結晶化熱処理のみのシンプルな行程で得られるため生産性にも優れます。しかし、真の意味で光ファイバー網との親和性を確保するには、ファイバー化するのみでは不十分です。一方で、透明性という大きなハードルを乗り越えたことで、同ファイバーの放射状の配向結晶構造を利用した新規光制御方式も同グループによって考案されており、光ファイバー通信システムのさらなる大容量化への貢献が期待されます。

謝辞

本研究はJSPS科研費 JP22J20307特別研究員奨励費「次世代光波制御を実現するガラス結晶化によるアクティブファイバ素子の創製」(研究代表者:中村拓真)の助成を受けたものです。

用語説明

(注1)光学単結晶

光の制御デバイスや固体レーザー媒質に用いられる単結晶材料。透明性に代表される高い品質を持つ一方で製造コストや加工性の面で課題がある。

(注2)Society 5.0

政府が第5期科学技術基本計画で提唱した、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く。

(注3)二次非線形光学効果

その空間的な構造に反転対称性がない物質と光間の相互作用で生じる現象。実用的な観点では、光の制御にはこの相互作用が長くに渡り生じる必要があり、巨視的に反転対称性のない単結晶材料が広く利用されている。

(注4)光の回折損失

伝送系から制御系へと発射された光が回折現象により広がりを持ち、その大部分が制御系外へ漏れることで生じる光損失。

(注5)結晶化ガラス

熱力学的に非平衡状態にあるガラスに対し、熱エネルギーを与えることで、ガラス中に熱力学的に平衡状態にある結晶を析出させた物質。ガラスの組成設計や熱処理条件の工夫により、多種多様な結晶および結晶化組織が得られる[2]。

参考文献

1. Kazuki Yamaoka, Yoshihiro Takahashi, Yoshiki Yamazaki, Nobuaki Terakado, Takamichi Miyazaki, Takumi Fujiwara, “Pockels effect of silicate glass-ceramics: Observation of optical modulation in Mach-Zehnder system” Scientific Reports 5, 12176 (2015).
2015年8月18日 東北大学プレスリリース

2. Haruki Okamoto, Yoshihiro Takahashi, Takuma Nakamura, Nobuaki Terakado, Takamichi Miyazaki, Takumi Fujiwara, “Fresnoite-type Ba2TiGe2O8 glass-ceramics toward electro-optic device: Crystallization structure and Pockels effect” Journal of the European Ceramic Society 40, 5576‒5581 (2020).
2020年9月7日 東北大学プレスリリース

論文情報

タイトル: Silicate glass-ceramic fibers with nonlinear optical crystals: Evaluation of propagation loss and comparison to optical materials
著者: Takuma Nakamura*, Yoshihiro Takahashi*, Nobuaki Terakado, Takamichi Miyazaki, Takumi Fujiwara*
*責任著者:東北大学 大学院工学研究科 博士後期課程 中村 拓真
東北大学 大学院工学研究科 准教授 高橋 儀宏
東北大学 大学院工学研究科 教授 藤原 巧
掲載誌: Ceramics International
DOI: 10.1016/j.ceramint.2023.06.217
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0272884223018035?via%3Dihub

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授 藤原 巧
TEL:022-795-7964
E-mail:takumi.fujiwara.b1@tohoku.ac.jp
博士後期課程 中村 拓真
TEL:022-795-7965
E-mail:takuma.nakamura.s5@dc.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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