高速量子ビット読み出し手法をグラフェンで実現

- グラフェン量子コンピュータへ期待 -

2023/07/18

発表のポイント

  • 二層グラフェン注1量子ドットにおける高周波反射測定を微小なグラファイト電極を用いて実現しました。
  • グラフェン量子ドット電荷計注2を垂直配置することで、高速/高精度な量子ビット読み出しが期待されます。

概要

厚さが原子数個分のグラフェンは優れた電気・機械・光学的特性を持つことから、量子コンピュータを始めとした多くの次世代デバイスへの応用展開が期待されています。特に量子ビット状態の高速/高精度読み出しは、量子コンピュータ応用に向けた中心的課題の1つであり、その実現に向けたグラフェンデバイス設計指針の確立が急務となっていました。

東北大学大学院工学研究科 大学院生の上面友也氏(同大学電気通信研究所所属)、同大学材料科学高等研究所の篠﨑基矢特任助教、大塚朋廣准教授(同大学電気通信研究所兼任)らは、微小グラファイト電極を用いたデバイスと回路を作製することで、高周波反射測定と呼ばれる高速読み出し手法をグラフェンデバイスにおいて実現し、量子伝導状態の測定を行いました。そして数値計算により同手法により達成されるビット読み出し精度を示し、その改善に向けたデバイス構造も示しました。これらはグラフェンをはじめとする2次元材料による量子ビット開発や物性探索における基盤となり、量子コンピュータ等の次世代デバイス開発に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2023年7月17日(現地時間)に米国物理学会の専門誌Physical Review Appliedにオンライン掲載されました。

研究の背景

原子オーダーの薄さを持つグラフェンは、優れた物性を持つことから多くの次世代デバイスへの応用が期待されています。また、量子力学的状態注3の長寿命が予想されるなど、量子コンピュータの基本素子となる量子ビットの材料としても期待されています。

量子ビット状態の読み出し手法の1つとして、量子ビット近傍に配置した量子ドット電荷計が用いられています。量子ビット状態を一回で高速かつ高精度に読み出すためには、高速に電荷計の伝導度を読み出す必要があります。これを実現する手法として、電荷計の高周波反射を測定する高周波反射測定法が、ガリウム砒素やシリコン等の従来型半導体を用いた半導体量子ビットを中心に開発されてきました。高周波反射測定による量子ビット読み出しを実現するためには
  • 高周波信号をデバイスに十分に印加できるように寄生容量を低減
  • 電荷計が高感度な量子化伝導度付近でインピーダンス整合注4が成立
これらの条件を満たすデバイス、測定回路を実現する必要があります。 グラフェン等の2次元材料においては量子ドット自体の研究は行われているものの、高周波反射測定については上記条件を満たす設計指針が明確に示されておらず、測定手法の確立が望まれていました。

今回の取り組み

グラフェンデバイスの作製にあたり、一般的には下地として酸化膜つき導電性シリコン基板がよく用いられ、電気伝導を制御するための電圧を印加する電極(バックゲート電極)として活用されています。一方で、基板電極とデバイス中の電極間との間に大きな寄生容量が生じるため、高周波測定が難しくなります。そこで本研究では絶縁シリコン基板を用い、基板電極に代わるバックゲート電極として、微小なグラファイト電極を二層グラフェン直下に配置した構造を作製しました(図1(a))。

作製したデバイスを共振回路に組み込み(図1(b))、高周波信号の反射特性を測定すると、ゲート電圧の印加によるグラフェン伝導度の変化に応じて、反射特性の明確な変化を観測しました(図2)。さらに、量子化伝導度付近において反射率が0となるインピーダンス整合と呼ばれる条件が満たされていることを確認しました。この条件付近では伝導度の変化に対して反射率が大きく変化するため、高感度な読み出しを実現することができます。加えて、量子ドット形成を示すクーロンダイアモンドと呼ばれる特徴的な電気伝導を観測し(図3)、本測定手法が量子ドットの伝導測定においても有用であることを実証しました。

また、測定で得られた伝導・ノイズ特性を用いることで、本デバイスを電荷計として用いた際の読み出し精度を評価しました。電荷計を量子ドットの"横"ではなく"真上(又は真下)"に配置することで両者を原子オーダーの距離で近接させ、読み出し速度/精度を大幅に改善できることを示しました。この垂直に電荷計を配置する構造は、2次元材料であること自体を積極活用した構造であり、高感度な電荷計を実現できることを示しました。

今後の展開

本研究で示した高周波測定手法により、グラフェン等の2次元材料を用いた新しい量子ビットの高速読み出し等、量子コンピュータ、デバイスの研究開発を一層加速させることが期待されます。また、量子ドット電荷計は固体中の物性探索のためのツールとしても活用することができ、従来観測が困難だった現象の測定等、2次元材料の基礎物理を理解するためのプラットフォームとしても期待されます。


図1 (a) 作製したデバイス構造。絶縁シリコン上にグラファイトを配置し、その上に絶縁層、二層グラフェン、絶縁層、電極の順に積層した構造。(b) 高周波反射測定に用いた共振回路。微小グラファイトをバックゲートとして用いることで寄生容量の低減を実現。

図2 高周波反射特性のゲート電圧依存性。ゲート電圧による伝導度変化により、反射特性が明確に変化している。

図3  共振器からの反射信号を用いて、量子ドット形成に由来するクーロンダイアモンドを観測。

謝辞

本研究の一部は、JSPS科学研究費(JP20H00237, JP21K18592)、フジクラ財団、近藤記念財団、卓越研究員事業、および東北大学FRiDプロジェクト等の支援を得て行われました。

用語説明

(注1)グラフェン

炭素原子が平面状に配列した単原子層の二次元材料。本研究では二層重ねた二層グラフェンと、多層重ねたグラファイトを用いている。

(注2)量子ドット電荷計

量子ドットと呼ばれるナノスケールの人工構造を使用して電荷を検出するためのデバイス。周囲の電荷状態に応じて抵抗値が変化し、単一電荷を検出できるほどの感度を有するため、量子ビット読み出し等に応用される。

(注3)量子力学的状態

量子力学の枠組みで記述される粒子などの状態。通常の古典的ビットは0または1のいずれかの状態を取るが、量子力学的状態は0と1の状態の重ね合わせで表現でき、量子コンピュータ等に応用される。

(注4)インピーダンス整合

電気回路において信号の最大電力伝達を実現するための条件。送信側と受信側のインピーダンスを一致させることで、信号の反射を低くすることができる。電荷計の伝導度変化をインピーダンス整合条件付近に設計することで、高感度な高周波反射測定を実現できる。

論文情報

タイトル: Radio-Frequency Reflectometry in Bilayer Graphene Devices Utilizing Microscale Graphite Back-Gates
(微小グラファイトバックゲートを用いた二層グラフェンデバイスにおける高周波反射測定)
著者: Tomoya Johmen, Motoya Shinozaki, Yoshihiro Fujiwara, Takumi Aizawa, and Tomohiro Otsuka*
*責任著者:東北大学材料科学高等研究所 准教授 大塚朋廣
掲載誌: Physical Review Applied 20, 014035
DOI: 10.1103/PhysRevApplied.20.014035
URL: https://journals.aps.org/prapplied/abstract/10.1103/PhysRevApplied.20.014035

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TEL:022-795-5898
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