カーボンナノチューブから生じる近赤外発光を、広範囲・高選択的に波長制御する有機化学的方法を開発
2023/08/01
発表のポイント
概要
東京学芸大学の前田優教授、山田道夫准教授の研究グループは、分子科学研究所の江原正博教授、Zhao Pei助教と、東北大学笠井均教授、三ツ石方也教授、長崎大学Anh T. N. Dao准教授との共同で、フッ素原子を置換したフルオロアルカンを用いた化学修飾によって、従来技術と比較して、波長選択的かつ最も長波長域に近赤外発光を発現させることに成功しました。実験と理論化学のインタープレーにより、フッ素原子の利用と反応点を2つ組み込ませた反応試薬を用いることで、化学修飾率や付加様式の制御が可能となり、結果としてカーボンナノチューブから生じる近赤外発光を、著しく長波長側へ波長制御できることを明らかにしました。
本研究成果は、国際学術雑誌「Communications Chemistry」に2023年7月31日に掲載されました。
研究の背景
炭素原子のみから構成される筒状ナノ炭素物質群であるカーボンナノチューブは、高い機械的強度と、構造によって金属的、あるいは半導体的な光電子特性をもつことが知られています1。半導体の性質をもつカーボンナノチューブから生じる近赤外発光2を利用した、高輝度・高深度のバイオイメージング3や、室温で駆動する単一光子素子注3 4の開発などが期待されています。近年、カーボンナノチューブに適切な化学修飾をすると、さらに長波長域に効率の良い近赤外発光が生じることが見出されました5。これらを契機として、カーボンナノチューブの近赤外発光の効率や適応可能な波長範囲を拡張する方法の開発とメカニズムの解明が期待されていました。
今回の取り組み
今回、前田優教授、江原正博教授、笠井均教授、三ツ石方也教授らの研究グループは、カーボンナノチューブのフルオロアルキル化反応を行い、フッ素原子が化学修飾の効率と付加様式の制御の両方に重要な役割を果たしていることを突き止め、電気的効果と付加様式の制御の効果を組み合わせることで、これまで以上の長波長域に、近赤外発光を発現できることを明らかにしました。
まず、アルキル基の水素原子をフッ素原子に置換していくと、先行技術6と同様に化学修飾によって発現する近赤外発光の波長が長波長側にシフトすることを確認しました。今回、フッ素原子に置換する効果として、発光波長のシフトに伴って、生じる発光の選択性が著しく向上することが明らかになりました。理論計算では、水素原子からフッ素原子に置換することで、反応中間体として予想されるラジカル中間体のスピン密度が大きく変化することが示されました。これらの結果から、フッ素原子に置換する水素原子の位置や数を変えることで反応性が変化すること、また、その結果として化学修飾によって生じる発光の選択性や波長が制御できることがわかりました。(図1)
続いて分子内に反応点を2つ配した反応試薬をデザイン7してフルオロアルキル化反応を行い、速度論的支配注4による付加様式の制御を試みたところ、著しく長波長側に近赤外発光が発現しました。予想されるフルオロアルキル化されたカーボンナノチューブの安定性や電子構造を理論計算によって評価したところ、速度論支配によって付加様式が制御されたこと、フルオロアルキル基注5の電子的効果によってカーボンナノチューブの電子状態が局所的に大きく変化したことが示されました。すなわち、付加様式の制御と電子的効果の2つの因子が相乗的に機能したことで、これまでで最も長波長の近赤外発光が、選択的に生じたことが明らかとなりました。(図2)
さらに、アガロースゲルを用いたゲルクロマトグラフィー注6 8によって、化学修飾により発光波長を制御したカーボンナノチューブを、その構造に基づいて分離することにも成功しました。光学分割注7も可能で、高純度の右巻きと左巻きのカーボンナノチューブ付加体も得られています。今回開発した発光波長の制御技術は、構造の異なるカーボンナノチューブにも有効で、原料であるカーボンナノチューブの構造を使い分けて化学修飾することで、励起波長と発光波長の選択肢を拡張できることも実証しました。(図3)
今後の展開
本研究で得られた知見は、カーボンナノチューブの化学反応における、化学反応性や付加位置の選択性を制御する機構を明らかにしたもので、化学修飾によってカーボンナノチューブの光電子的性質を精密に制御する方法の設計指針となります。得られた近赤外発光波長は、光通信帯注8にも対応する広い波長範囲をカバーすることから、広くバイオイメージングや光量子デバイスの光源として活用できることが期待されます。
謝辞
本研究は、JSPS科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A) (22H05133)、基盤研究(B) (21H01759, 20H02210, 20H02718, 17H02735)、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の共同研究プログラムの支援の下で実施されました。
用語説明
(注1)カーボンナノチューブ
炭素原子が六角形の頂点に配置して、網目状に結合したシートをグラフェンといい、このグラフェンが筒状構造に丸まって筒状構造になったものをカーボンナノチューブという。展開図に相当するグラフェンのベクトルを指数化したカイラル指数(n,m)によって、カーボンナノチューブの構造と性質を区別することができる。
(注2)バイオイメージング
生体内の情報を視覚的に得る方法。例えば、近赤外光は、生体透過性が高いために、生体組織内の近赤外発光物質は、リアルタイムで生体組織を可視化するプローブとして利用することができ、近赤外蛍光イメージングとして知られる。近赤外光の利用によって、光毒性や自家蛍光を抑制し、高輝度、高深度のイメージングが可能となる。
(注3)単一光子素子
単一の光子を一定の周期で規則正しく発生・相互作用・検出する素子。量子情報の通信に不可欠とされ、光通信波長帯における単一光子発生技術の確立が期待されている。
(注4)速度論的支配
ある反応において、複数の生成物が考えられるとき、生成物の割合が生成速度によって決定されること。これに対して、生成物の割合が、化合物の安定性によって決定されることを熱力学的支配という。
(注5)フルオロアルキル基
炭化水素からなるアルキル基の水素原子を、フッ素原子に置き換えたもの。
(注6)アガロースゲルを用いたゲルクロマトグラフィー
カーボンナノチューブは構造(カイラル指数)の違いによって、電子構造が異なるために、固有の吸収波長と発光波長を持つ。この構造の異なるカーボンナノチューブは、アガロースゲルを用いたゲルクロマトグラフィーで分離することができる。化学修飾したカーボンナノチューブの、構造(カイラル指数)の違いに基づいた分離にも有効である。
(注7)光学分割
右手と左手の関係のように、自身と鏡に映し出された鏡像体とを重ね合わせることができない性質をもつ、立体異性体をエナンチオマーという。軸方向に対して、炭素原子からなる六員環構造が螺旋状に結合した構造をもつカーボンナノチューブは、螺旋が右巻きか、左巻きかの違いによるエナンチオマーの対が存在する。光学分割とは、2つのエナンチオマーの混合物から、一方のエナンチオマーを分離する方法である。エナンチオマーの性質として、違いに融点や沸点などの物理的性質が同じであるが、生理活性や円二色性、旋光性、円偏光発光特性が異なることが知られており、医薬品やセキュリティプリント、三次元ディスプレーなどへの応用にも活用されている。
(注8)光通信帯
光通信を行うために使用される波長帯域で、伝送路として光ファイバーを用いることから、光ファイバーの伝送損失などを考慮して、1000〜1675 nmの近赤外光が用いられている。中でも1300 nmや1500 nm帯の近赤外光が広く利用されている。
論文情報
著者: Yutaka Maeda, Yasuhiro Suzuki, Yui Konno, Pei Zhao, Nobuhiro Kikuchi, Michio Yamada, Masaya Mitsuishi, Anh T. N. Dao, Hitoshi Kasai, Masahiro Ehara
掲載誌: Communications Chemistry 6, Article number: 159 (2023)
DOI: 10.1038/s42004-023-00950-1
URL: https://www.nature.com/articles/s42004-023-00950-1
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