フォトニック結晶で一般相対性理論に基づく疑似重力効果を実現
- 次世代6G通信の電磁波制御用基盤技術として期待 -
2023/09/29
発表のポイント
概要
電磁波の伝搬方向は、屈折率の空間分布で決定されます。一方、アインシュタインの一般相対性理論によれば、時空間の歪によって生じる重力場も電磁波の伝搬方向に影響を及ぼします。
東北大学大学院工学研究科の北村恭子教授(2023年8月まで京都工芸繊維大学に在籍)と大阪大学大学院基礎工学研究科の冨士田誠之准教授らの研究グループは、周期的な屈折率分布を有するフォトニック結晶の格子点の位置を空間的に連続的に緩やかに変化させ、電磁波に対する時空間の歪を人工的に生成させることで疑似的な重力の効果を発現できると考えました。そこで本研究では、300ギガヘルツ帯のテラヘルツ電磁波に作用する歪フォトニック結晶を作製し、電磁波の伝搬方向を曲げることに成功しました。この性質は、テラヘルツ電磁波を用いる次世代移動通信システム「6G」で電磁波の制御に活用できる可能性があります。
本成果は、2023年9月28日に米国物理学会の専門誌Physical Review Aにてオンライン公開されました。
研究の背景
電磁波の伝搬は、レンズに代表されるように屈折率の空間分布によって制御することが可能です。誘電率と透磁率の双方を制御することにより、任意の屈折率の実現を目指す人工構造体は、メタマテリアル(注4)として盛んに研究され、負の屈折や光学迷彩(クローキング)など、特徴ある電磁波の伝搬制御を実現し、一世を風靡(ふうび)してきました。多くのメタマテリアルは、透磁率を制御するために電磁波の波長よりも十分小さなサイズの金属など、光の損失の大きな材料によって構成されています。一方、フォトニック結晶は、異なる誘電率を有する2種類以上の材料から構成され、電磁波の波長程度の大きさの周期を有する構造です。その周期的な格子点配列が電磁波に対するフォトニックバンド構造(注5)を形成し、伝搬方向を制御することが可能です。フォトニックバンド構造の高周波数側では新奇な伝搬の報告がされてきましたが、その低周波数側は均一な媒質と同様な等方的な性質を有し、フォトニック結晶としての特徴に欠くため、注目されてきませんでした。
ここで、アインシュタインの一般相対性理論によれば、時空間の歪によって生じる重力場によっても電磁波の伝搬方向を曲げることができることが知られています。このようなことから、規則正しい電子の配列が緩やかに変化することで、電子に対する疑似的な重力効果が発現すると予測されていました。
今回の取り組み
本研究では規則正しい周期構造であるフォトニック結晶において、その格子点の位置を緩やかに変化させることで電磁波に対する時空間の歪を発現させ、疑似的な重力効果として電磁波の伝搬方向を曲げられる可能性に着目しました。そこで、均一な媒質と同様に等方的な性質が得られる低周波数領域において、フォトニック結晶の格子点を一軸に沿って、正方格子から長方格子状に緩やかに変化させた「歪フォトニック結晶」を考案しました(図1)。このような構造を微分幾何学的なアプローチから考察すると、格子点の配列の変化が格子歪として発現し、電磁波の伝搬の軌跡はその測地線を描くことが予測されます。そこで誘電体としてのシリコン(注6)に着目し、基本周期を200ミクロンとすることで300ギガヘルツ帯のテラヘルツ電磁波に対して動作する歪フォトニック結晶を作製しました(図2)。歪フォトニック結晶へテラヘルツ電磁波を入力すると、伝搬方向の曲げに相当する出力結果が得られました(図3)。電磁界シミュレーションともよく一致したことから、歪フォトニック結晶による電磁波に対する疑似重力効果の実証に成功したといえます。
今後の展開
本研究成果によって、規則正しい周期構造を基本として発展してきたフォトニック結晶に対し、格子歪という新しい概念を生み出すとともに、疑似重力効果が得られました。今後、重力場が電磁波に与える影響の検証など、基礎物理科学の発展への寄与が期待されます。
また、電磁波の伝搬を制御するデバイスの発展は、超大容量通信やセンシング技術の基盤技術となります。これは、仮想空間と現実空間を高度に融合させ、経済発展と社会課題の解決の両立を目指すサイバーフィジカルシステムの実現において鍵となると考えられます。テラヘルツ電磁波が携帯端末やドローン、自動運転、航空宇宙応用など、様々なシーンにおいて実装されることが見込まれます。
図1 歪フォトニック結晶と通常のフォトニック結晶の模式図。a(0)は正方格子フォトニック結晶における格子点の周期(格子定数)であり、歪フォトニック結晶ではその基本周期a(0)から、わずかに変化させる。平均的な誘電率を一定にするため、格子定数の変化に応じて、孔の大きさrも変化させる。
図2 実験の様子と歪フォトニック結晶における電磁波の伝搬のシミュレーション結果。ポートAから入った電磁波は真っ直ぐ進むとポートBとCに等価に入る。歪フォトニック結晶では、その伝搬方向が曲げられ、ポートC側に伝搬する様子がわかる。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」研究領域における研究課題「歪(ひずみ)フォトニック結晶科学の構築と新奇ビームレーザーへの展開(JPMJPR20L3)」(研究代表者:北村恭子)およびチーム型研究(CREST)「情報担体を活用した集積デバイス・システム」研究領域における研究課題「時空間分布制御テラヘルツ集積デバイスシステムの創成(JPMJCR21C4)」(研究代表者:冨士田誠之)の一環として行われ、その一部は科研費の支援を受けました。
用語説明
(注1)フォトニック結晶
固体結晶と類似の周期的な誘電率分布を有する構造であり、電磁波の波長程度の周期を有する。
(注2)電磁波
電界と磁界の変化が伝搬する波であり、波長、もしくは周波数の違いによって、電波、光(赤外線、可視光線、赤外線)、X線、ɤ線などと呼ばれる。周波数3テラヘルツ以下の電磁波が電波で、3テラヘルツ以上が光である。
(注3)テラヘルツ電磁波
およそ100ギガヘルツ(0.1テラヘルツ)から10,000ギガヘルツ(10テラヘルツ)の電波と光の中間領域の周波数を有する電磁波。電波の透過性と光の直進性をあわせもち、次世代の情報通信システムでの利活用が期待されている。300ギガヘルツ(0.3テラヘルツ)は波長1ミリメートルに相当する。
(注4)メタマテリアル
人工物質の総称。金属からなる微細構造などを波長よりも十分に短い間隔で配列することで、負の屈折効果などの自然界にない特性を持たせることができる。
(注5)フォトニックバンド構造
フォトニック結晶の周期性によって得られるフォトニック結晶中を伝搬する電磁波の周波数と波数の関係であり、周期の大きさで規格化される。高周波数領域では、電磁波の存在が許されないフォトニックバンドギャップなど、フォトニック結晶中の電磁波の状態を特徴づける。
(注6)シリコン
代表的な半導体材料。ここでは誘電率が高く、損失が小さい誘電体として理想的な材料として用いた。大阪大学の研究グループはシリコンを用いて、小型テラヘルツ合分波器の開発に成功している(2021年4月29日大阪大学プレスリリース「小型テラヘルツ合分波器を新開発」)。本研究では誘電率の異なる格子点として、200ミクロンの貫通孔を形成した。
論文情報
著者: Kanji Nanjyo, Yuki Kawamoto, Hitoshi Kitagawa, Daniel Headland、Masayuki Fujita, Kyoko Kitamura*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科電子工学専攻 教授 北村 恭子
DOI: 10.1103/PhysRevA.108.033522