デバイス化が容易なハーフメタルの熱電性能を4倍向上
- 点欠陥制御と部分置換で半導体に匹敵する熱電材料に期待 -
2024/01/04
発表のポイント
概要
熱電材料は、排熱を電気に直接変換できる、環境にやさしいクリーンなエネルギーハーベスティング材料として注目されています。これまで、熱電材料として高性能の半導体が開発されてきましたが、デバイス化の際に金属電極との接合を工夫する必要があります(図1)。熱電材料として金属を用いれば、金属電極との接合が容易になると考えられます。
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の林 慶准教授と宮﨑 讓教授はこれまで、金属のような電気的性質を示すハーフメタルに注目し、n型で半導体に匹敵する熱電性能を得ていました。しかしn型と組み合わせて使うp型の熱電性能がn型に比べて極めて低いことが課題として残っていました。
林准教授らの研究グループは、中国・清華大学の李 和章博士(東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 博士後期課程修了)、李 敬鋒教授と共同研究を行い、ハーフメタルであるマンガン・バナジウム・アルミニウム合金(Mn2VAl)において、アンチサイト欠陥の精密制御と部分置換の手法を組み合わせて、p型の熱電性能を約4倍向上させることに成功しました。これにより、金属熱電材料を用いたエネルギーハーベスティングの実現が期待されます。本成果は、12月12日材料科学の専門誌Journal of Materiomicsに掲載されました。
研究の背景
低炭素社会を実現するエネルギーハーベスティング材料として、排熱を電気エネルギーに直接変換できる熱電材料が注目されています。熱電材料の両端に温度差を付けると、熱起電力(注4)が生じますが、ガスの排出や振動・騒音の発生を伴わないため、環境負荷を少なくできます。エネルギー変換効率を高くするには、熱電材料のゼーベック係数(S)(注4)と電気伝導率(σ)を高くする必要があります。熱起電力の二乗と電気伝導率の積は出力因子PF(= S2σ)と呼ばれ、発電量の指標として用いられます。
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の林 慶准教授と宮﨑 讓教授はハーフメタルであるコバルト・マンガン・シリコン合金(Co2MnSi)がn型であり、比較的高いPF(=2.9×10-3 W/mK2)を示すことを明らかにしました(参考文献1)。さらに、当時同専攻博士後期課程の学生であった李 和章博士(現、中国・清華大学)と、電子状態計算を用いてハーフメタルのMn2VAlがp型であることを明らかにし、実際に作製したMn2VAlのSはアンチサイト欠陥量が多いほど増加することを発見しました(参考文献2)。
この成果により、Mn2VAlのPFを高くすることができましたが、Co2MnSiに比べてまだ低いことが課題として残っていました。そこで、アンチサイト欠陥量に加えて、正孔(注5)の量を最適化してSをさらに高くすることができれば、Mn2VAlのPFを向上させることができると考え、清華大学の李 敬鋒教授とも連携して研究を行ってきました。
今回の取り組み
本研究では、まず異なるアンチサイト欠陥量を持つ試料を作製することにしました。ボールミル(粉砕機)で原料のマンガン(Mn)、バナジウム(V)、アルミニウム(Al)を微粉末にし、放電プラズマ焼結でMn2VAlを合成するとともに、緻密な円盤状試料を得ました。さらに、得られた試料を高温で加熱しました。各工程において、ボールミルの回転時間、放電プラズマ焼結の保持時間、高温加熱時間が長いほど、アンチサイト欠陥量が増加することがわかりました。以上の方法で、アンチサイト欠陥量を13-50%の範囲で制御することに成功しました(表1)。
高温加熱時間 | アンチサイト欠陥量 |
---|---|
0h | 13% |
24h | 23% |
28h | 33% |
400h | 50% |
図2に、異なるアンチサイト欠陥量を持つMn2VAlの767 KにおけるSとσの比較を示します。Sはアンチサイト欠陥量が33%のときに最大になりました。これは、アンチサイト欠陥により電子状態が変化したことを示唆しており、電子状態の計算を用いて予測したSでも同様の傾向が見られました。σはアンチサイト欠陥量の増加に伴い低くなりました。これは、アンチサイト欠陥量の増加によって、正孔の散乱が増加したためと考えられます。結果として、Mn2VAlのPFはアンチサイト欠陥量が33%のときに最大になることがわかりました。
次にMn2VAlのアンチサイト欠陥量が33%になる作製条件で、AlをSiで部分置換したMn2V(Al1-xSix)を作製しました。Si置換量xの増加とともにSは増加しました。これは、Si部分置換により正孔の量が減少したためと考えられます。図3に、アンチサイト欠陥量が13%、33%のMn2VAlと、Mn2V(Al0.96Si0.04)の767 KにおけるPFの比較を示します。Mn2VAlのPFは、アンチサイト欠陥量とSi置換量の最適化によって約4倍向上し、PF=4.5×10-4 W/mK2に達しました。この値は、p型ハーフメタルの中では最も高く、n型であるCo2MnSiの約6分の1に迫る値であることから、Mn2VAlは熱電材料として有望であるといえます。
今後の展開
アンチサイト欠陥の導入と部分置換を併用し、Mn2VAlのSを最大化することでPFを向上させることができました。この手法は、Mn2VAlだけではなく他のハーフメタルのPFを向上させる手法として有用であると期待されます。興味深いことに、Mn2VAlでは、Mn、V、Alの比率が2:1:1からずれた組成でもその結晶構造を保持することが知られています。組成の変化にともなう電子状態の変調を利用してMn2VAlのSをさらに増加することができれば、n型であるCo2MnSiとp型であるMn2VAlを使ったエネルギーハーベスティングが現実のものになると期待されます。
参考文献
1. Structural and Thermoelectric Properties of Ternary Full-Heusler Alloys, K. Hayashi, M. Eguchi, and Y. Miyazaki, Journal of Electronic Materials, 46 (2017) 2710.
2. Design and fabrication of full-Heusler compound with positive Seebeck coefficient as a potential thermoelectric material, H. Li, K. Hayashi, Y. Miyazaki, Scr. Mater. 150 (2018) 130.
謝辞
本研究の一部は、日本学術振興会の特別研究員DC2(課題番号:JP20J11073)、東北大学-清華大学共同研究ファンド(配分機関:東北大学)、および日本学術振興会の科研費基盤研究(B)(課題番号:JP20H01841、JP22H02161)の支援のもとで行われました。
用語説明
注1 ハーフメタル
電子のスピンにより異なる電子状態をもち、片方のスピンの側では価電子帯が電子で完全に満たされ、伝導帯に電子が存在しない半導体的な電子状態であるのに対し、もう片方のスピンの側では価電子帯が完全に満たされない金属的な電子状態になっている物質を指す。
注2 アンチサイト欠陥
作製した試料に含まれる点欠陥の一種。構成元素の内、2種類の元素が互いの原子位置を占有し、原子同士が相互置換した状態になっている欠陥のことをアンチサイト欠陥という。本研究ではVとAlの間のアンチサイト欠陥を導入した。
注3 エネルギーハーベスティング
身の周りの未利用エネルギーから電力を得る発電技術のこと。
注4 熱起電力、ゼーベック係数
物質の両端に温度差をつけると、ゼーベック効果によりその両端に起電力が生じる。これを熱起電力といい、単位温度当たりに換算した値がゼーベック係数である。
注5 正孔
半導体などの結晶において、構成元素を電子の少ない元素で部分置換すると、電子の不足分と等価な正の電荷が結晶中を動き回る担体(キャリア)となる。この正の電荷のことを正孔とよぶ。また、キャリアが電子の材料をn型、正孔の材料をp型という。キャリアの量が増加(減少)すると、ゼーベック係数は減少(増加)、電気伝導率は増加(減少)することから、キャリアの量を最適化することで出力因子PFを最大化できる。
論文情報
著者: Hezhang Li, Kei Hayashi*, Zhicheng Huang, Hiroto Takeuchi, Gakuto Kanno, Jing-Feng Li, Yuzuru Miyazaki
*責任著者:東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻 准教授 林 慶
掲載誌: Journal of Materiomics
DOI: 10.1016/j.jmat.2023.11.013
URL: https://doi.org/10.1016/j.jmat.2023.11.013