ヒトの省エネ歩行に寄与する神経回路を推定

- 脚の振りを促進・抑制する筋肉が鍵! -

2024/01/22

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科ロボティクス専攻 准教授 大脇 大
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 反射制御注1と呼ばれるヒトの神経系に基づいた制御手法を用いて、ヒトを模した筋骨格モデル注2での速度可変な歩行の再現に成功しました。
  • 最小二乗法注3を拡張した最適化アルゴリズム注4を開発し、省エネ歩行を実現できる神経回路モデル注5を構築しました。
  • 再現された歩行データから、反射制御における広範な速度域の省エネ歩行に寄与する神経回路を明らかにしました。
  • 生物制御に着想を得た高性能な二足歩行ロボット・義足・パワードスーツ注6などの工学的応用に繋がることが期待されます。

概要

私たちヒトは、ときにはゆっくり、ときには早く、さまざまな速度で、無意識ながら効率よく歩くことができます。しかし、そのように多様な速度で省エネ歩行を生み出すメカニズムについては不明な点が多く残されています。

東北大学大学院工学研究科の古関駿介大学院生、林部充宏教授、大脇大准教授の研究グループは、反射制御と呼ばれるヒトの神経系に基づいた制御に着目し、ヒトを模した筋骨格モデルを用いたシミュレーションによって、速度可変な歩行を再現することに成功しました。また、最小二乗法を拡張した最適化アルゴリズムを開発し、広範な速度域でより省エネな歩行を実現できる神経回路モデルを構築しました。その解析の結果、反射制御において、遊脚注7の振りを促進・抑制する筋肉を制御する神経回路が省エネ歩行注8の重要因子であることが明らかになりました。この知見は、生物制御に着想を得た二足歩行ロボット・義足・パワードスーツなどの工学的応用への貢献が期待されます。

本研究成果は、2024年1月19日(日本時間1月20日)に計算生物科学分野の国際雑誌PLoS Computational Biologyにオンライン掲載されました。

研究の背景

私たちヒトは、ときにはゆっくり、ときには早く、広範な速度域を網羅し、効率よく歩くことができます。しかしながら、このような広範な速度域の省エネ歩行を生成するメカニズムについては未だ十分に理解されていません。この課題を解決するための有効なアプローチの1つは、ヒトの歩行を「創る(再現する)」ことによってそのメカニズムを理解することです。実世界を近似し再現することが可能な物理シミュレーションや実世界のロボットを用いて、どのような運動が再現されたかを解析する構成論的アプローチ注9によって、ヒトの歩行生成メカニズムを探ることができます。

本研究では、ヒトの歩行生成に重要な役割を果たす反射制御と呼ばれる神経系に基づいた制御に着目し、シミュレーション上でヒトを模した筋骨格モデルを用いて歩行を再現することによって、広範な速度域の省エネな歩行に重要な神経回路を明らかにすることを目指しました。

今回の取り組み

これまでに、ヒトを模した筋骨格モデルを用いて、自然な歩行を再現できる反射制御の枠組みが提案されています(Geyer, 2010など)。しかしながら、従来の反射制御の枠組みでは、再現される歩行の速度は一定であり、目標速度に従って正確に歩行速度を変えることができないという課題がありました。本研究では、広範な速度域の歩行を実現する神経メカニズムを明らかにするために、入力される目標速度に応じて歩行速度を調整できる反射制御の拡張を行いました(図1)。

さらに、より省エネな歩行を再現する神経回路モデルを構築するために、最小二乗法(least square method)を拡張したperformance-weighted least square method (PWLS)という新たな最適化アルゴリズムを開発しました。最小二乗法では、データとの二乗和誤差が最小となる曲線を求めます。一方、研究グループが開発したPWLSでは各データ点に重み(評価値)を定義することで、その評価値を考慮した重み付き二乗和誤差が最小となるような曲線を求めます(図2)。提案手法を用いて、エネルギー効率のよい歩行を生成したデータの評価が高くなるよう、各データ点に重みを与えて関数を求めることによって、より省エネな歩行を生成する神経回路モデルを構築することが可能となります。

上記の手法により構築した神経回路モデルを用いて、反射制御による広範な速度域の省エネ歩行を再現しました。再現された効率のよい歩行と効率の悪い歩行を比較することによって、遊脚の前方への振りを促進する大腰筋に関する反射回路、遊脚の前方への振りを抑える大腰筋とハムストリングが協調する反射回路の2つの神経回路が広範な速度域における省エネな歩行に寄与する神経回路であることを明らかにしました(図3)。

今後の展開

本研究の貢献は以下の3点にまとめることができます。

  1. 従来の反射制御の枠組みを正確な速度制御ができるよう拡張
  2. 各データ点への重み(評価値)を定義することによって、より適応的にデータに最も適合する関数の導出が可能となる、最小二乗法を拡張した最適化アルゴリズムPWLSを提案
  3. 反射制御において広範な速度域の省エネ歩行に寄与する2つの神経回路を特定

本研究で提案した、広範な速度域の省エネ歩行を再現することができる反射制御の枠組みは、ヒトの歩行生成において重要な役割を果たす反射メカニズムに関する将来の研究に大きく貢献できることが期待されます。さらに、生物の制御を模倣した、広範な速度域を省エネで歩くことができる二足歩行ロボット、より適応的に歩行や動作をサポートすることができる義足やパワードスーツへの制御への工学的応用が期待されます。


図1 入力される目標速度(v_x^tar)に応じてヒトを模した筋骨格モデルが歩行速度を変化するシミュレーション。既存の反射制御の枠組みでは、正確に歩行速度を変えることはできなかった。

図2 提案した最適化アルゴリズム(PWLS)の概要図。プロットされたデータ点は制御パラメータ値と再現された歩行速度の関係を示す。この関係を表現する関数を一般的な最小二乗法で求めると、省エネな歩行と非省エネな歩行を生成するデータが区別されず扱われる。提案したPWLSでは、省エネな歩行を生成するデータ点へ評価値(エネルギー効率)に基づく重みを設けることで、高効率歩行を実現する歩行速度と制御パラメータ間の関係を求めることができ、より省エネな歩行生成を可能とする神経回路モデルが構築できる。

図3 特定した反射制御における広範な速度域の省エネ歩行に貢献する2つの神経回路。1つ目は、遊脚の前方への振りを促進する大腰筋に関する反射回路。2つ目は、遊脚の前方への振りを抑える、大腰筋とハムストリングに関する反射回路。

YouTube動画

Identifying essential factors for energy-efficient walking control across a wide range of velocities

謝辞

本研究は、科学研究費補助金(新学術領域)超適応プロジェクト (第一期) JP20H05458、(第二期)JP22H04764(研究代表者 林部充宏)、およびJSPS科研費基盤研究(A)JP23H00481(研究代表者 大脇大)の助成を受けたものです。

用語説明

(注1)反射制御

反射とは刺激に対して身体が自動的に行う反応であり、意識されることなく実行される制御メカニズムを指す。身近な例として、膝のお皿の下を叩くと脚が無意識に跳ね上がる現象(専門用語では、膝蓋腱反射)がある。

(注2)筋骨格モデル

人間の筋肉や骨格の動きを数学的にモデル化したもので、人間の動きをシミュレートする研究や、ロボットの動きを設計する際に使用される。

(注3)最小二乗法

観測値との二乗誤差が最小となる関数を見つけ出す最適化手法。得られたデータに最も適合する直線や曲線を求めるために使用される。例えば、気温の変化を予測するために過去のデータから最も合致するトレンドラインを引く際などに利用される。

(注4)最適化アルゴリズム

限られた資源の中で最良の結果を得るための計算手順。ビジネスでの利益最大化や、エネルギー消費の最小化など、さまざまな分野で応用される。

(注5)神経回路モデル

人間の脳の神経細胞のネットワークを模倣した数学的モデルで、人工知能の研究や、脳・神経系の機能を理解するために用いられる。

(注6)パワードスーツ

ヒトが着用することで運動能力が強化される外部装置。高齢者の介護や、重い荷物の持ち運びの負荷を軽減するためなどに開発されている。

(注7)遊脚

その脚が地面から離れている状態を遊脚という。一方、脚が地面に着いている状態は支持脚という。

(注8)省エネ歩行

エネルギー消費を最小限に抑えながら効率よく歩く方法。二足歩行で有名なASIMOは、ヒトの歩行と比較して単位距離当たり16倍超のエネルギーを消費するといわれる(Collins, 2005)。

(注9)構成論的アプローチ

研究対象となる現象(本研究ではヒトの歩行)を再構成し再現することで、そのメカニズムの理解を目指すアプローチ。

論文情報

タイトル: Identifying essential factors for energy-efficient walking control across a wide range of velocities in reflex-based musculoskeletal systems
著者: Shunsuke Koseki*, Mitsuhiro Hayashibe, Dai Owaki
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 博士後期課程 古関駿介
掲載誌: PLoS Computational Biology
DOI: 10.1371/journal.pcbi.1011771

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻 准教授 大脇 大
TEL:022-795-4064
E-mail:owaki@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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