低エネルギーでガラス表面に圧縮応力を付与できる新しい組成設計技術を開発

- 車載ガラスなど大型のガラスの生産エネルギー削減に貢献 -

2024/01/26

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 小野 円佳
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発表のポイント

  • ガラスのネットワークの配置エントロピー(注1)を利用することで、ガラスの膨張率がガラス転移温度以上においてのみ増大する組成設計技術を発見しました。
  • 新たなガラス組成制御技術の発見により、ガラスに適用される強化手法の効率が倍以上に向上しました。
  • 本技術の適用により、建築や車載用の大型ガラスの生産コストやエネルギー消費を大幅に削減できる見込みがあります。

概要

建物の窓や携帯情報端末のディスプレイ、自動車のウィンドウガラスなど、ガラスは私たちの生活に欠かせないものであり、用途に応じた強度が求められます。ガラスはもともと壊れやすい素材ですが、日常的に使用できるのは、強化技術が進化し、ガラス表面に強い圧縮応力(注2)を与えることで表面の傷の広がりを防止できるためです。代表的な手法として、化学強化(注3)物理強化(熱強化)(注4)が挙げられますが、高環境負荷、大きなエネルギーが必要であることなどの課題がありました。

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の小野円佳教授は、AGC株式会社の安間 伸一博士、宮嶋 達也氏、依田 和成氏、加藤 保真博士、伊藤 節郎博士と共同で、ガラスの組成を工夫することで、従来の物理強化手法を使っても倍以上の圧縮応力を与えられるガラス群を発見しました。これにより、ガラスの強化に必要なエネルギーを大幅に削減できるようになりました。

本研究成果は材料分野の専門誌Materials & Designに2024年1月19日にオンライン掲載されました。

研究の背景

ガラスは壊れやすい材料と思われていますが、表面付近に圧縮応力を付与する強化技術を用いると、細かな傷ができても伸展せず、結晶材料と比較しても同等かそれ以上の耐久性を持たせることができます。ガラスは研削や熱による加工で形状を付与した後に強化処理を行うことができ、自由形状と強度の両立ができる貴重な材料です。モバイルフォンのカバーガラスなどの小型のガラスを強化するためには高い圧縮応力を印加できる「化学強化」と呼ばれる方法が使われます。ただしこの方法では高温の硝酸塩融液にガラスを長時間浸漬する必要があり、溶融塩槽の温度を保持するためのエネルギーに加えて化学物質の廃棄による環境負荷が大きいことが問題になっています。

今回の取り組み

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の小野 円佳教授は、AGC株式会社の安間 伸一博士、宮嶋 達也氏、依田 和成氏、加藤 保真博士、伊藤 節郎博士と協力し、実験器具等によく利用されるアルカリボロシリケート系ガラスの性質を詳細に調査しました。その結果、ガラスのネットワークを構成する元素とネットワークを切る元素の比を特定の範囲にすると、ガラス転移温度以下では強固なネットワークが保たれるのに、ガラス転移温度を超えた高温ではネットワークが切れ、構造の組み合わせが急増する(配置エントロピーが急激に増える)ことを見出しました。この場合、低温域で膨張率が同じガラスでも、高温域で膨張率が巨大となるため、冷却時の大きな収縮を利用して内部応力を高めることができます。図1は酸化ナトリウム(Na2O)と酸化ホウ素(B2O3)、二酸化ケイ素(SiO2)の3元素に対して、高温域と低温域の膨張率の比を調べた三角グラフで、NaとB、Siが同モル比に近づくとこの効果が高くなることが示されています。

この組成設計技術を用いて作ったガラスを、窓ガラスに使われるソーダライムガラスと比較しました。ガラスに光を透過させると、ガラスに強化応力が生じた場合には光の偏光方向が回転変化します。この偏光の回転度合いをもとに、開発したガラスとソーダライムガラスを同じ強化条件で強化応力を付加し、残留応力(注5)を調べたものが図2です。応力を色の違いとして観察した像とともに示しました。開発したガラスでは圧縮応力がソーダライムガラスの2倍以上になることがわかりました。この結果は、開発したガラスにおいて、これまでと同様の圧縮応力を与えるのに必要な冷却エネルギーを大幅に減らすことができるということも示唆しています。

今後の展開

本研究で強化特性の向上メカニズムが明らかになったことによって、高効率に強化ができるガラスを開発できる可能性が広がりました。このガラスを利用すれば大型ガラスの強化に必要なエネルギーの大幅な削減が期待されます。


図1 Na2OとB2O3、SiO2の三組成からなるガラスにおいて、低温(ガラス転移温度以下の50-350℃)の熱膨張率を基準とし、高温(ガラス転移温度以上の650℃付近)の熱膨張率の比を調べた図。
Na2O:B2O3=1:1組成(SiO2が0.5-0.7)で膨張率の比率が高くなることが分かる。(図中の赤色部分)

図2 同条件で物理強化をした開発ガラスとソーダライムガラスの表面圧縮応力の比較。当ガラス組成制御技術を適用し開発したガラスのうち、程度の異なる代表的な2種を提示。
右下の像はそれぞれのガラスの断面における応力を色の違いとして観察したもの。開発ガラス1や2は表面付近が赤く、強い圧縮応力が入っていることを示している。同条件で物理強化を行ったソーダライムガラス(右下図の一番下)では発生した応力が小さいため、ガラス内部の色の変化がゆるやかで赤い部分がない。

謝辞

本研究はJSPS科研費 JP20H05880、JP21H01835、JP21H01835の助成を受けたものです。

用語説明

(注1)配置エントロピー

系がもつエントロピー(乱雑さ)のうち、構成原子や分子を詰め込み得る場合の数によって決まる量。その数が多いほど大きな値となる。

(注2)圧縮応力

ガラスを曲げると、曲げた内側の面には圧縮応力(縮めようとする力)が生じ、外側の面には引張応力(引っ張る力)が生じる。ガラスは一般的に、圧縮応力に強く、引張応力に弱いという性質を持つため、圧縮応力を高めることにより高強度化できるとされている。

(注3)化学強化

モバイルフォンなどの小型ガラスによく用いられる手法で、圧縮応力を高めることができ、傷の伸展防止効果が高いが、ガラスを高温の硝酸塩融液に10時間以上浸漬する必要があり環境への負荷が大きい。

(注4)物理強化(熱強化)

建築材料や車載向けの大型ガラスに用いられる手法で、ガラスを高温にしたのちに急速に冷却することによりガラス表面に圧縮応力を与える方法。熱強化ともいう。化学物質への浸漬の必要がなく環境にやさしいものの、圧縮応力を高める効果はやや弱いこと、冷却のために大きなエネルギーが必要となることが課題である。

(注5)残留応力

外力を除いた後も、物体内に存在する応力のこと。

論文情報

タイトル: Effective Thermal Strengthening of Glass by Enhanced Configurational Entropy at its Supercooled State
著者: Madoka Ono*, Shin-ichi Amma, Tatsuya Miyajima, Kazushige Yoda, Yasumasa Kato and Setsuro Ito
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 小野 円佳
掲載誌: Materials & Design Volume 238, February 2024, 112661
DOI: 10.1016/j.matdes.2024.112661

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻 教授 小野 円佳
TEL:022-795-7952
E-mail:madoka.ono.d7@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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