スピン波の伝わる方向を制御する周期構造体を開発

- より低消費電力で高集積の次世代デバイス実現に期待 -

2024/01/31

発表のポイント

  • 磁石が作り出す波であるスピン波(注1)は、発熱が少なく、低消費電力かつ高集積化が可能であるなど次世代デバイスへの応用が期待されていますが、実用化のためには波が伝わる方向を制御する技術が必要でした。
  • スピン波が流れる伝導電子が無い磁性絶縁体の上に六角形パターンに銅製ディスクを作製し、スピン波の反射率が、入射角度に依存しづらくなることを発見しました。
  • 本技術により、半導体回路だけで作製した電子デバイスでは得られない波特有の重ね合わせ等の機能を実現できると期待されます。

概要

従来、半導体回路では情報伝達のために電流が用いられてきました。一方、スピン波は磁石によって作り出される波で、スピンの波を介して情報を伝達することで低消費電力かつ高集積化を実現できると期待されています。

東北大学電気通信研究所の後藤太一准教授らと信越化学工業株式会社による研究グループは、スピン波を用いた新しいデバイスを開発してきました。今回、二次元マグノニック結晶(注2)という周期的な構造体を開発し、スピン波を照射したところ、入射角度を10度から30度までの範囲で変えても反射するスピン波の周波数帯域がほとんど変わらないことを明らかにしました。

本技術はスピン波の制御につながるものであり、実用化により、次世代の高性能デバイス、特に人工知能や無人化技術を支える通信デバイスの効率化と小型化が期待されます。今後は、二次元マグノニック結晶を利用したスピン波の方向制御の実証と、それを活用した機能的素子の開発を目指しています。

本成果は、1月30日(現地時間)、応用物理分野の専門誌Physical Review Appliedに掲載されました。

研究の背景

私たちの高度情報化社会は、半導体回路を用いた電子デバイス技術によって支えられています。人工知能や無人化技術などをより迅速かつ便利にするためには、海外を含む遠方に設置された大規模データセンターとの早くて安定した通信や、高い処理能力を必要とする次世代モビリティに搭載可能なコンパクトかつ高性能な端末といった、基本的な技術の革新的な進歩が必要不可欠です。

そこで注目されているのが、磁石が作り出す波であるスピン波を利用したデバイスです。スピン波デバイスは、電流によって情報を伝える半導体回路とは異なり、スピンの波によって情報を伝えるため、低消費電力で高集積化が可能な次世代デバイスとして期待されています。これを実現するため、スピン波を生成し、伝達し、重ね合わせ、測定するといった基本的かつ必要不可欠な機能を持つ素子が世界中で競争的に開発されています。

今回の取り組み

このような研究開発の背景のもと、私たちはスピン波の伝播方向を制御する技術の開発に取り組んでいます。スピン波は波であるため、構造などによって制御しなければ、ランダムな方向に伝播してしまいます。今回の研究では、スピン波が波であるという特性を利用して、その伝播方向を制御することに成功しました。

まず、スピン波の損失が小さい磁性ガーネット(注3)膜という優れた磁性絶縁材料を作製しました。次に、この上に直径1 mm以下の小さな銅製ディスクを周期的に配置しました。この方法で作製された構造体を図1に示します。これは二次元マグノニック結晶と呼ばれています。今回の研究では、銅のディスクを雪の結晶のような六角形のパターンに配置することで、スピン波を効果的に反射できることを発見しました。このマグノニック結晶によって生じるスピン波が反射する周波数帯域をマグノニック・バンド・ギャップ(注4)と呼びます。さらに、このマグノニック結晶を図2のように回転させ、スピン波に対する入射角度を変えてみたところ、10度から30度までの範囲でマグノニック・バンド・ギャップが発生する周波数がほとんど変わらないことを明らかにしました(図3)。

この結果は、作製した二次元マグノニック結晶を活用すれば、スピン波の伝播方向を自在に制御できることを示唆しています。これまでに、二次元マグノニック結晶のスピン波入射角度に対する変化を実験的に確認した例はなく、今回が世界初の報告となります。

今後の展開

今回の研究により、二次元マグノニック結晶の設計方法や、その構成部材である磁性ガーネットや銅に求められる高い性能や、加工の精度といった、実際に作製してみなければ分からない知見を得てノウハウを蓄積しました。これにより、二次元マグノニック結晶の角度依存性を示した報告に繋がりました。今後は、これらの知見を活用して、二次元マグノニック結晶を用いたスピン波の方向制御の実証、および、それを利用した機能的素子の開発を目指します。実用化に向けての効率の向上や構造の改善が必要ですが、この技術を発展することで、従来の半導体回路を凌ぐデバイスの実現が期待されます。


図1 本研究で開発した二次元マグノニック結晶を斜め上から見たイラスト。磁性ガーネット上に周期的に銅製ディスクが並べられています。

図2 作製した二次元マグノニック結晶の上面写真と、そのときのスピン波透過率スペクトル。二次元マグノニック結晶を5度ずつ回転しても、▲で示したスピン波のマグノニック・バンド・ギャップの周波数がほとんど変化していないことが分かります。角度θの依存性が少なく、スピン波の伝搬方向制御に使える可能性を示しています。

図3 図2で得られた結果を、横軸に二次元マグノニック結晶の角度、縦軸にマグノニック・バンド・ギャップを取って、まとめた図。(a)の計算と(b)の実験でよく一致し、周波数シフトが小さく優れた性能を示しています。

謝辞

本研究は、東北大学電気通信研究所、同大学大学院工学研究科、信越化学工業株式会社、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)と共同で行われました。

本研究の一部は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP20H02593、JP20K20535、JP23H01439、JP23K17758)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業、稲盛財団、文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」、JST次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2114、豊橋技術科学大学大学・高専連携型グローバルAIイノベーションフェローシップ、東北大学ナノテク融合技術支援センター、電気通信研究所ナノ・スピン実験施設、研究基盤技術センターの支援を受けて行われました。

用語説明

(注1)スピン波

スピンとは電子の自転運動であり、自転運動による微小な磁石としての性質。スピン波は、スピンの集団運動であり、個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が空間的にずれて波のように伝わっていく現象。

(注2)二次元マグノニック結晶

平面上に周期的な磁気のパターンをもつ人工構造物。エレクトロン(電子)と同様に、量子化されたスピン波は、マグノンと呼ばれ、マグノンに対する結晶は、マグノニック結晶と呼ばれます。

(注3)磁性ガーネット

磁石の性質をもつガーネット(ざくろ石)。ここでは、イットリウムと鉄を含むガーネットを用いています。

(注4)マグノニック・バンド・ギャップ

スピン波の伝播を妨げる周波数帯域です。この帯域のスピン波が、マグノニック・バンド・ギャップをもつ材料に、入ろうとすると、存在が許されないため、スピン波を反射します。

論文情報

タイトル: Orientation-dependent two-dimensional magnonic crystal modes in an ultralow-damping ferrimagnetic waveguide containing repositioned hexagonal lattices of Cu disks
著者: Kanta Mori, Takumi Koguchi, Toshiaki Watanabe, Yuki Yoshihara, Hibiki Miyashita, Dirk Grundler, Mitsuteru Inoue, Kazushi Ishiyama, Taichi Goto*
*責任著者: 東北大学 電気通信研究所 准教授 後藤太一
掲載誌: Physical Review Applied
DOI: 10.1103/PhysRevApplied.21.014061
※ 著者のうち、Hibiki Miyashita(宮下 響)氏、Yuki Yoshihara(吉原 優紀)氏、Kanta Mori(森 冠太)氏、Takumi Koguchi(高口 拓己)氏は、大学院工学研究科に在籍

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 電気通信研究所 准教授 後藤 太一
TEL:022-217-5489
E-mail:taichi.goto.a6@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学電気通信研究所 総務係
TEL:022-217-5420
E-mail:riec-somu@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
ニュース

ニュース

ページの先頭へ