接着と剥離のメカニズムを計測と計算の融合で分子レベルから解明
- 複合材料軽量化や解体性向上で低炭素・循環型社会に貢献 -
2024/03/11
研究者ウェブページ
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発表のポイント
概要
異種材料間の接着強度や剥離性能を自在に制御するためには、有機材料(接着剤)と無機材料の間の接着・剥離現象を分子レベルから理解する必要があります。しかし、無機材料の“表面化学状態”が接着剤の分子構造や接着強度に与える影響については、今日まで十分に理解されていませんでした。
東北大学 多元物質科学研究所の陣内浩司教授とファインセラミックスセンターらのグループは、新規に開発した接着強度試験法に加え、最先端の電子顕微鏡計測と分子シミュレーションを融合的に用いることで、無機材料の表面化学状態が接着剤の化学組成や分子構造などに与える影響を分子レベルから解明することに初めて成功しました。本研究により接着界面近傍の分子構造と巨視的物性との相関が明らかになり、耐久性に優れた複合材料や環境負荷の小さい接着技術の開発、ひいては持続可能な社会の実現に貢献すると期待されます。
本研究成果は、2024年3月8日(英国時間)に、学術誌Nature Communicationsに公開されました。
研究の背景
近年、輸送機器の軽量化や電子機器の高性能化、さらには材料の解体・再利用技術の向上に基づく低炭素・循環型社会の実現が望まれており、有機材料(接着剤)と無機材料の間の“接着・剥離”現象の基礎を理解し、接着強度や剥離性能の自在な制御に繋げることが必要とされています。接着現象の支配因子は大きく化学的相互作用(注5)と機械的相互作用(注6)に分けられますが、これら2つの相互作用の接着・剥離現象に対する影響や寄与について、根本的には理解されていませんでした。特に、化学的相互作用の一種である、無機材料の“表面化学状態”が接着剤の分子構造や界面剥離挙動に及ぼす影響については全く未解明の状態でした。
今回の取り組み
本研究グループは、まず表面が極めて平滑であり機械的相互作用の接着への影響を除外することができるシリコン(Si)基板(注7)にエポキシ樹脂(注8)を塗布し加熱硬化させることで、化学的相互作用の影響のみを評価できる接着界面を設計しました(図1)。走査透過電子顕微鏡法(STEM)(注1)による電子エネルギー損失分光(EELS)(注9)測定を用いて、接着界面について1 nm(注10)という超高分解能での化学組成分析を行うと共に、EELSで分析した化学組成分布を反映した接着界面の計算モデルに反応硬化分子動力学シミュレーションを適用することで、接着界面近傍に存在するエポキシ樹脂の架橋構造やSi基板表面への吸着状態などを直接可視化する方法論を確立しました。このように、接着界面における分子レベルの構造と剥離試験で得られたマクロな接着強度を結びつけられるスキームを提案したのは本研究が初めてです。なお、Si基板は脆(もろ)く割れやすいことから、従来の接着力試験法が適用できないことが判明したため、この種の基板を用いた際の接着強度を正確に測定できる新たな試験法の開発も行いました。
これらの新規に開発した手法を用いて分析したところ、接着界面では従来考えられていた化学的相互作用(樹脂と基板の接触面における水素結合などの分子間相互作用)に加えて、Si基板の表面化学状態に応じて界面近傍に存在するエポキシ樹脂の当量比(注11)が増減すること、さらにはこの当量比変化に対応してエポキシ樹脂の架橋構造、ひいては樹脂の機械特性が大きく変化することが明らかになりました(図2)。さらに、エポキシ樹脂を剥離した後のSi基板表面をTEM観察したところ、Si基板表面に数 nm~数十 nmの厚さで樹脂が残存しており、Si基板の表面化学状態によってその残存樹脂の厚さやSi基板の表面露出領域の割合が変わることもわかりました(図3)。これらの結果は、接着・剥離現象の研究において、無機材料の表面化学状態が接着剤の分子構造や機械特性に与える影響を考慮する必要があることを示しています。
今後の展開
本研究で得られた接着界面での化学的相互作用に対する分子論的知見は、種々の樹脂/無機材料接着系に適用可能であり、航空機・自動車・船舶などに使用される繊維強化プラスチックの高強度化、電子回路基盤における樹脂封止剤の耐剥離性の向上などへの応用を通して、省エネルギー社会の構築やカーボンニュートラルな社会の実現への貢献が期待できます。さらに、本研究で確立した接着界面分析の方法論は、接着界面における化学状態・結合や分解・劣化・破壊過程の精密計測に道を拓き、新規の接着・剥離技術の開発に繋がることになると考えられます。
図1 本研究で対象とした接着界面の模式図。化学処理により平滑なSi基板の表面を水酸基(OH)および水素(H)で終端化し、そこに未硬化のエポキシ樹脂を塗布および加熱硬化することで、Si基板の表面化学状態が異なる2種類の接着界面を作製した。環状暗視野STEM観察により、いずれの接着界面も1 nm以下の平滑性を有し、厚さ1~2 nm程度の酸化層が存在することがわかる。
図2 (a)OH終端界面および(b)H終端界面(酸化層:約-1~0 nm)からの距離に対する当量比(硬化剤/主剤)プロファイル。OH終端界面近傍では界面から離れた領域(当量比:1.0)に対して当量比が増加しており、H終端界面では反対に低下していることがわかる。(c)主剤と硬化剤の架橋反応により形成される2級アミン(直鎖構造)、3級アミン(分岐構造)、OH基の模式図。(d)反応硬化分子動力学シミュレーションにより架橋反応させたエポキシ樹脂(当量比:0.6~1.4)中の2級アミン、3級アミン、OH基の数密度。当量比の増加と共に2級アミンとOH基の密度は増加するのに対し、3級アミン(架橋分岐点)の密度はほぼ一定である。ここから、接着界面近傍で当量比が異なると、エポキシ樹脂中の官能基や架橋分岐点の密度、架橋分岐点間の分子鎖の長さといった”架橋構造”も異なることがわかる。
図3 (a)OH終端界面および (b)H終端界面の接着界面近傍の構造およびエポキシ樹脂剥離時の破壊面の模式図。OH終端界面ではSi基板表面での界面剥離が少なく樹脂が比較的厚く(5~10 nm)残存している一方、H終端界面では界面剥離が多くみられた。また、OH終端界面ではSi基板と樹脂の接触面において水素結合が多数形成される。
謝辞
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号:JPMJCR1993、JPMJCR19T4)、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP20K15330、JP22H00329、JP23H02017)の助成、および文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム(東北大学および京都大学構微細構造解析プラットフォーム)の支援を受けて行われました。
用語説明
(注1)透過型電子顕微鏡法(TEM)、透過型電子顕微鏡法(TEM)走査透過型電子顕微鏡法(STEM)
(注2)分子シミュレーション
コンピュータを使用して、分子の挙動や相互作用を数値計算すること、またその手法。本研究では、エポキシ樹脂(注8)の主剤と硬化剤の架橋反応を組み込んだ反応硬化分子動力学シミュレーションを使用しました。
(注3)表面化学状態
材料の表面に存在する元素の種類や結合状態、官能基や吸着分子の種類や密度などによって決まる化学的な状態。
(注4)接着剤
2つの物体を貼り合わせるために使用される化学物質。
(注5)化学的相互作用
被着体表面と接着剤の間に形成される化学結合や分子間力に由来する相互作用。
(注6)機械的相互作用
被着体表面の凹凸が接着剤に“引っ掛かる”ことにより生じる相互作用で、アンカー効果とも呼ばれます。
(注7)シリコン(Si)基板
シリコン(Si)単体で構成される平板状の基板。化学処理によって特定の官能基で基板表面を修飾し化学状態を制御することができます。
(注8)エポキシ樹脂
産業的に広範に使用される多成分混合型の接着剤・封止剤。エポキシ基を有する主剤と硬化剤が架橋反応を起こすことで3次元的なネットワーク構造を形成し硬化します。しばしば架橋反応には熱や光などの外部刺激が必要となります。
(注9)電子エネルギー損失分光(EELS)
試料を透過する電子が試料と相互作用することで失ったエネルギーを分光し、損失スペクトルを得る手法。電子線照射箇所に含まれる元素の種類や化学結合の情報を得ることができます。
(注10)nm(ナノメートル)
1ナノメートルは10億分の1メートルであり、nmと表記します。
(注11)当量比
ここではエポキシ樹脂の中に存在する主剤のエポキシ基の数に対する硬化剤のアミノ基に含まれる水素原子の数の比のことを指します。
論文情報
著者: 宮田智衆、佐藤庸平、川越吉晃*、白須圭一*、Wang Hsiao-Fang、熊谷明美、木下空、水上雅史、吉田要、Huang Hsin-Hui、岡部朋永、萩田克美、溝口照康、陣内浩司*
*責任著者: 東北大学 多元物質科学研究所 教授 陣内浩司、東北大学 大学院工学研究科 ファインメカニクス専攻 准教授 白須圭一、東北大学 大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 助教 川越吉晃
掲載誌: Nature Communications 15, Article number: 1898 (2024)
DOI: 10.1038/s41467-024-46138-6