ガラス越しのレーザー照射でナノ加工を実現

- 空気との界面での光の全反射によって加工分解能が飛躍的に向上 -

2024/03/12

発表のポイント

  • 材料と空気の界面での光の反射・屈折の効果を詳細に検討することで、レーザー微細加工における加工分解能を飛躍的に向上できる条件を発見しました。
  • ガラスの裏面にベクトルビームと呼ばれるレーザー光を照射して裏面に集光させると、裏面にはレーザー波長の1/16程度となるナノメートルスケールの微小な穴が形成されました。
  • 半導体産業を始めとしたレーザー微細加工の応用分野でのさらなる微細化・高精度化に向けた新たな加工方法を提案します。

概要

レーザー光による穴あけ、切断などのレーザー加工技術は、自動車や半導体産業、医療器具などの製造過程において重要な役割を果たしています。近年は、小型部品や精密機器に対する加工精度や加工分解能の向上が強く求められており、これを達成するレーザー加工技術の開発が喫緊の課題となっています。

東北大学 多元物質科学研究所の津留志音 大学院生(同 大学院工学研究科)、小澤祐市 准教授、上杉祐貴 助教、佐藤俊一 教授のグループは、ベクトルビーム(注1)と呼ばれる特殊なレーザー光をガラスの裏面に集光する条件において、ガラス界面での全反射(注2)の効果を使うことで界面近傍に極めて微小かつ高強度の集光点を形成できることを明らかにしました。このような条件でレーザー加工を行うと、使用した近赤外光の波長1040ナノメートルの1/16程度に相当する直径67ナノメートルの非常に小さな加工穴が得られることを実証しました。本結果は、集光したレーザー光を用いた材料の直接加工でのさらなる微細化・高精度化へ向けた新たな技術基盤となることが期待されます。

本成果は、2024年3月1日(米国時間)付で光科学分野の専門誌Optics Lettersに掲載されました。

研究の背景

レーザー光を用いた穴あけや切断などのレーザー加工技術は、自動車産業や電子機器などの産業分野に加えて、医療分野、基礎科学など極めて多用な場面で用いられています。特に、ピコ〜フェムト秒の超短パルスレーザー光源(注3)を用いたレーザー微細加工技術によって数~数十ミクロンのスケールでの加工が可能となり、このような微細加工技術も現在では広く実用化されています。一方で、近年の電子部品などの小型化、高集積化のニーズに伴って、レーザー加工技術に対してもさらなる高精度化、高空間分解能化が強く求められています。これを実現するための新たなレーザー加工技術の開発が課題となっています。

レーザー加工において、レンズで集光するレーザー光の焦点におけるスポットサイズを小さくすることができれば、より微細な加工につながることは容易に想像できます。しかしながら、光の波としての性質によって焦点でのスポットサイズには光の波長や集光レンズの条件で決まる最小限界があり、通常のレーザー加工機では100 ナノメートルを下回るようなスケールでの加工は困難とされてきました。

今回の取り組み

東北大学多元物質科学研究所の研究グループは、レーザー加工に用いるレーザー光の空間的な性質に着目しました。特に、ベクトルビームと呼ばれる光ビームを用いると、焦点に形成される集光スポットサイズが通常の光ビームよりも小さくなる特性を持つことが知られています。この特性は、ビームの断面において放射状の偏光分布を持つ光ビームによって得られ、焦点距離の短いレンズで強く集光した場合に、その焦点に軸方向電場(注4)と呼ばれる特異な状態の電場が形成されることで生ずる効果です。レーザー加工にこのような光ビームを応用すれば、従来よりも微細な加工が実現すると考えられてきました。しかしながら、ベクトルビームを実際にレーザー加工に用いると、材料の界面での屈折や反射の効果(境界条件とも呼ばれる)によって、通常の加工条件では軸方向電場が材料中において著しく減衰する原理的な制約がありました。この性質のために、ベクトルビームが持つ微小な集光特性をレーザー加工では発揮できないことがこれまでの大きな課題でした。

そこで研究グループでは、光学顕微鏡観察で日常的に用いられる液浸対物レンズ(注5)を用いることを考案しました。レンズの表面と材料の間を材料と同じ屈折率で満たすことで、材料界面での反射や屈折の効果を無視することができ、ベクトルビームが持つ微小な集光スポットを材料中で形成できます。

今回、ガラスを加工対象として、ガラスと同じ屈折率の油を用いた油浸対物レンズによってガラスの裏面に微小な集光点の形成を試みました。そこで最初に、図1(a)に示すように集光するベクトルビームの形状をリング状に整形し、そのリングの幅や直径を変化させた場合の集光特性を詳細に検討しました。その結果、ガラス裏面と空気の界面で全反射となる臨界角の集光(図1(b)の矢印で図示した条件)では、焦点での軸方向電場の発生が最大化し、これによってガラスの裏面に極めて微小かつ高強度の集光点を形成できることがわかりました。実際に、このような条件に基づいてフェムト秒パルスによるレーザー加工を行ったところ、直径67ナノメートルの微小な加工穴をガラスの裏面に形成できることを実証しました(図2)。これは、使用したレーザー光の波長(1040ナノメートル)に対して1/16程度に相当する非常に小さなスケールであり、レーザー微細加工として画期的な成果です。


図1 (a)放射状の偏光分布を持つリング状ベクトルビームのガラス裏面への集光の模式図。(b) ベクトルビーム(波長1040 ナノメートル)に対してリングマスクの外径・内径比(レンズ直径に対する比率)を変えながら開口数1.4の油浸対物レンズでガラス裏面に集光した場合の界面でのスポットサイズを各条件で計算した結果。界面で全反射となる臨界角の条件(矢印)で最小サイズが得られる。

図2 ガラス裏面へのリング状ベクトルビームを用いたシングルショット加工。左図はガラス・空気界面での集光スポットの強度分布をシミュレーションした結果であり、軸方向電場からなる明瞭な集光スポットが形成される。

今後の展開

本成果によって、ガラスのような光に対して透明な材料の裏面側において、従来よりも遥かに小さなスケールでの穴あけや線描画などの加工を可能にする新しいレーザー微細加工法の開発につながると期待されます。また、電子デバイス産業の基本となるシリコンなどの半導体材料に対しても、適切なレーザー波長を用いることでガラスと同様に裏面への集光・加工が可能となることから、本技術を適用した半導体加工技術への展開も期待できます。特に、近年重要度を増している半導体デバイス製造の後工程での応用が考えられます。

また本結果は、材料界面における光の反射や屈折といったよく知られた古典的な光学現象が、ベクトルビームのような特殊な光波の可能性を効果的に引き出すことに成功した好例ともいえます。基礎科学的な観点からも、本原理に基づく新たな光計測法や物質励起・反応制御法の新規開発につながる重要な成果であると位置づけられます。

謝辞

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP22H01979、JP23K17716)、天田財団 一般研究開発助成(AF-2022204-B2)の支援を受けて行われました。また、本研究でベクトルビームを生成するために使用した液晶デバイスはシチズン時計株式会社より提供を受けたものです。

用語説明

(注1)ベクトルビーム
光は電磁波であり、電場(磁場)は時間的に振動する性質を持つが、その振動方向がそろっている状態を偏光と呼ぶ。偏光方向がビーム断面において分布を持つビームをベクトルビームと呼ぶ。特に、半径方向に放射状に偏光したビーム(径偏光とも呼ぶ)は、その軸対称に起因した様々な性質を生み出すことができ、近年注目されている。
(注2)全反射

屈折率が大きい媒質から小さい媒質に光が入射する際に、大きな入射角で入射光が全て反射される現象。水中から水面を見た際に、鏡のように見える場合は全反射が起こっている。透過側媒質での屈折角が90度となる入射角を臨界角と呼び、ガラスと空気での界面では入射角が40度程度で生ずる。本研究では、この臨界角の条件でベクトルビームを集光することが重要であることが明らかになった。

(注3)超短パルスレーザー光源

間欠的にパルス状に発振し、1つのパルスの持続時間がピコ秒(1兆分の1秒)~フェムト秒(1000兆分の1秒)であるレーザー光源。このような短い時間幅の間に光エネルギーを集中させることで、瞬間的に高い光強度を生み出すことができる。レーザー加工に超短パルスレーザー光源を用いると、熱影響の少ない高品質かつ高空間分解能な微細加工が可能となる。

(注4)軸方向電場

通常の平面的な光(電磁波)の電場や磁場は、光の伝搬方向に対して垂直な方向に振動する横波とされている。しかしながら、顕微鏡の対物レンズなどを用いて大きな集光角で光を強く集光する場合には、光軸に平行に振動する軸方向電場(縦電場とも呼ぶ)が顕著に発生する。特に、放射状の偏光分布を持つベクトルビームでは、この軸方向電場が焦点に効率的に発生でき、通常の光よりも微小な集光点を形成できる性質を持つ。

(注5)液浸対物レンズ

光学顕微鏡観察で古くから用いられる、標本と対物レンズの間を液体(浸液)で満たすことによって開口数を大きくし、より高い空間分解能を得る方法。浸液の屈折率が高いほど、分解能は小さくなる。浸液として油、水を用いる方法をそれぞれ油浸対物レンズ、水浸対物レンズと呼ぶ。

論文情報

タイトル: Laser nanoprocessing via an enhanced longitudinal electric field of a radially polarized beam
著者: Yukine Tsuru*, Yuichi Kozawa, Yuuki Uesugi, Shunichi Sato
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 大学院生 津留 志音
掲載誌: Optics Letters
DOI: 10.1364/OL.517382

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 多元物質科学研究所 准教授 小澤 祐市
TEL:022-217-5146
E-mail:y.kozawa@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagen@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
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E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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