ネオニコチノイド系殺虫剤はケンミジンコ類に強い毒性

- 多様なプランクトン種を対象とした実験により判明 -

2024/04/25

発表のポイント

  • ネオニコチノイド系殺虫剤(注1)が動物プランクトンに及ぼす影響はよくわかっていませんでした。
  • 代表的なネオニコチノイド系殺虫剤であるイミダクロプリドを用いて、27種の淡水生動物プランクトンに対する急性毒性試験を実施しました。
  • その結果、イミダクロプリドの毒性は種特異的で、湖や水田に生息するケンミジンコ類(注2)への影響が特に強いことがわかりました。

概要

ネオニコチノイド系殺虫剤は、世界中で使用されている農薬ですが、生物への悪影響が懸念されています。特に、動物プランクトンは水質や漁獲に関わる生物であり、水圏に暴露された農薬の影響を把握することは、生物多様性のみならず生態系を保全するうえで重要です。しかし、農薬の動物プランクトンに対する影響はミジンコ類など一部の種でしか調べられておらず、多種に対する影響評価は行われていませんでした。

東北大学大学院生命科学研究科の鈴木碩通大学院生(博士課程)、牧野渡助教と占部城太郎教授(現:名誉教授)、同工学研究科の高橋真司技術職員らのグループは、湖沼や水田に生息する動物プランクトン27種を対象に、ネオニコチノイドの1つであるイミダクロプリドの毒性評価を行いました。

検証の結果、イミダクロプリドの毒性影響は近縁種間でも大きく異なり、従来の研究では注目されてこなかったケンミジンコ類に対して特に大きいことがわかりました。ケンミジンコ類は湖沼や水田の主要な動物プランクトンです。本研究から、農薬に対する水生生物の群集(注3)応答を理解するためには、広範な分類群を対象とした検証が不可欠であることが示されました。 本研究成果は科学誌Science of The Total Environmentに2024年4月13日付でオンライン公開されました。

研究の背景

ネオニコチノイド系農薬は効果的に害虫被害を防ぐことができるため、世界中で使用されています。しかし、この農薬は水に溶けやすいため、耕作地から河川や湖沼へと流出することで、そこに生息する生物に悪影響を及ぼす可能性が指摘されていました。水生生物のなかで、動物プランクトンは植物プランクトンを食べ、自身は魚などに食べられることで、湖沼の生態系を支えています。そのため、動物プランクトンの本薬剤暴露に対する応答が様々な研究で調べられてきました、しかし、これまでの研究では一貫した結果が得られていませんでした。その原因は、動物プランクトンの種による応答の違いを見落としていたからかもしれません。実際、動物プランクトンには多様な種類が含まれるにも関わらず、これまで行われてきた農薬に対する感受性評価では、オオミジンコなど、ミジンコ類のごく一部の種だけが、モデル生物として用いられてきました。

今回の取り組み

本研究では、従来の研究で扱われてきたミジンコ類に加えて、ミジンコ類と同様に湖沼の主要な動物プランクトンであるヒゲナガケンミジンコ類とケンミジンコ類(図1)を対象とした急性毒性試験(注4)を実施しました。この試験では27種(ミジンコ類18種、ヒゲナガケンミジンコ類3種、ケンミジンコ類6種)の動物プランクトンを使用し、野外で観察される低濃度や、その10~100倍の濃度でイミダクロプリドを4日間暴露するという実験を行いました。その間、毎日生死を確認し、死亡率とイミダクロプリド濃度との関係を調べました。

その結果、18種類中16種のミジンコ類とすべてのヒゲナガケンミジンコ類では、いずれのイミダクロプリド濃度でも死亡個体はほとんど見られませんでした。しかし、ケンミジンコ類は6種全てにおいて、イミダクロプリド濃度が高くなると多くの個体が死亡するようになり、野外でみられる低濃度のイミダクロプリド濃度でも死亡率が上昇する種がいました。

この結果から、イミダクロプリドは、これまで急性毒性試験の対象とされてこなかったケンミジンコ類に対して特に強い影響を及ぼすことが明らかになりました。また、ミジンコ類では、近縁な種間でもイミダクロプリド暴露に対する感受性が大きく異なることもわかりました。この結果は、ネオニコチノイド系農薬の動物プランクトンに対する影響は、従来考えられてきた以上に種特異的であることを示しています。

今後の展開

ケンミジンコ類は湖沼や水田で普通にみられる分類群であるにもかかわらず、従来の研究では注目されていませんでした。今回得られた研究成果は、ネオニコチノイド系農薬の自然界暴露影響について、ミジンコなど、ごく一部の生物種をモデル、ないし指標として検証するだけでは適切な評価はできないことを示しています。特に、イミダクロプリド暴露に対する応答は種レベルで大きく異なることから、ネオニコチノイド系農薬などの生態系へのリスクを正確に評価するためには、モデル生物以外の広範な分類群への影響評価が不可欠です。このような農薬に対する種特性は動物プランクトン以外の水生生物でも見られると予想され、今後はモデル生物の枠を超えた毒性試験や生態研究が進展していくことが望まれます。


図1 上段:実験に用いた動物プランクトンの分類群、ミジンコ類(左)、ヒゲナガケンミジンコ類(中央)、ケンミジンコ類(右)の例。下段:急性毒性試験の結果、イミダクロプリドに暴露した27種の動物プランクトンのうち、ケンミジンコ類ではすべての種で死亡率が上昇した。

図2 イミダクロプリド暴露開始4日後における動物プランクトン各種の半致死濃度(全個体のうち半数が死亡する濃度)。統計的に有意な死亡率の上昇が見られた種の半数致死濃度を●と横線範囲で表記している。●の表記がない種は実験期間中に死亡率の上昇がみられなかった種。図中に矢印で示した実線はそれぞれ、1*:日本の河川(相模川)で観測されたイミダクロプリド濃度と2*:農薬散布直後の水田でのイミダクロプリド濃度を示している。ミジンコ類とヒゲナガケンミジンコ類ではほとんどの種で死亡率の上昇が見られなかったが、ケンミジンコ類では全ての種で死亡率が有意に上昇した。

謝辞

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(JP23H02548)および(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20214003)の助成により行われました。

用語説明

(注1)ネオニコチノイド系農薬

1992年に日本で農薬登録され、その害虫被害防除効率の高さから世界中で使用されている。ネオニコチノイドは複数の物質の総称であり、中でもイミダクロプリドは最初に開発され、今もなお一般的なネオニコチノイド系農薬の1つである。

(注2)ケンミジンコ類

エビ・カニと同じ甲殻類で、橈脚亜綱(とうきゃくあこう)のうちケンミジンコ目に属する生物のこと。日本には淡水生の種が約40種分布している。今回の実験にはオナガケンミジンコ (Cyclops vicinus)、オオケンミジンコ (Macrocyclops fuscus)、アサガオケンミジンコ属の1種 (Mesocyclops sp.)、Thermocyclops crassus(和名なし)、タイホクケンミジンコ (Thermocyclops taihokuensis)、ヒメケンミジンコ属の1種 (Tropocyclops sp.)の計6種を使用した。

(注3)生物群集

同じ場所に生息する生物種の総体のことを称す。

(注4)急性毒性試験

化学物質の短期間の暴露によって生じる毒性を調べることを目的として実施する試験のこと。

論文情報

タイトル: Assessment of toxic effects of imidacloprid on freshwater zooplankton: An experimental test for 27 species
著者: Hiromichi Suzuki*, Wataru Makino, Shinji Takahashi, Jotaro Urabe
*責任著者:東北大学大学院生命科学研究科 博士課程後期1年 鈴木 碩通
掲載誌: Science of The Total Environment
DOI: 10.1016/j.scitotenv.2024.172378

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院生命科学研究科 名誉教授 占部 城太郎
E-mail:urabe@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋 さやか
TEL:022-217-6193
E-mail:lifsci-pr@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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