ニオブ系超伝導物質の構造改良で転移温度を高めることに成功

- 量子コンピューターや核融合用高磁場磁石への展開に期待 -

2024/05/14

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科応用化学専攻 助教 神永 健一
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 酸化ニオブ(NbO)は結晶構造として擬岩塩型(注1)を安定に取ることが知られている物質ですが、これまで報告のなかった岩塩型のNbOを合成することに初めて成功しました。
  • 岩塩型NbOは超伝導を示し、転移温度(注2)が擬岩塩型よりも6K以上高いことを確認しました。
  • 擬岩塩型より単純な構造の岩塩型NbOを用いて、量子コンピューターの開発へ向けたジョセフソン接合(注3)などの超伝導デバイスや核融合のプラズマを閉じ込める高磁場磁石への展開が期待されます。

概要

電気抵抗がゼロの超伝導現象を使う技術の多くは、ニオブ・チタン合金(NbTi)やニオブ・スズ化合物(Nb3Sn)など、ニオブ(Nb)を含む超伝導材料を用いて実用化しています。代表的な例として病気の診断に用いる磁気共鳴画像(MRI)装置や、実用化が迫る核融合用の高磁場磁石、研究段階の量子コンピューター用素子を挙げることができます。しかしNb系超伝導材料が超伝導状態になる転移温度は極めて低く、冷却のために電力を多く消費することが問題になっています。超伝導の産業領域を広げるために、Nb系超伝導材料の転移温度を高めることが一つのカギを握ります。

この度、東北大学大学院工学研究科の神永健一助教らの研究グループは東京大学と共同で、既知の超伝導物質である酸化ニオブ(NbO)に関して、その安定構造である擬岩塩型の原子配置をわずかに変化させた岩塩型NbOの合成に世界で初めて成功しました(図1)。準安定な岩塩型NbOも超伝導の性質を示し、転移温度は最高で7.4Kと従来の擬岩塩型NbOの1.38Kより6Kも高い値です。同じく岩塩構造を持つ超伝導物質で、転移温度が17.3Kと比較的高く、すでに量子コンピューターなどに広く使われている窒化ニオブ(NbN)がありますが、今回合成に成功した岩塩型NbOは構造的にNbNに類似性があります。そのためNbOの転移温度もNbNと同等の10K以上に高められる可能性があります。今後、薄膜や線材への加工技術を確立できれば、超伝導デバイスや高磁場磁石への材料展開が期待されます。

本研究成果は、2024年5月9日に科学誌Chemistry of Materials に掲載されるとともに、Supplementary journal coverに採用されました。

研究の背景

超伝導技術は、電力伝送やMRIなどの医療機器、そして量子コンピューターなど幅広い分野で重要な役割を果たしています。超伝導の実現には極低温環境が必要ですが、冷却コストの低減が求められるため、高温下で実現可能な超伝導物質が盛んに研究されています。

1930年代頃から、3d遷移金属(注4)酸化物の一種であるニッケル酸化物(NiO)などの岩塩型酸化物は、予想外な絶縁体的挙動を示すことから、これまでバンド理論(注5)の予測との違いに興味が持たれてきました。一方で、4d/5d遷移金属の岩塩型酸化物については、詳細な研究が不足していました。その理由の1つに、これらの岩塩型酸化物が化学的に安定でないため合成が難しく、タンタル酸化物(TaO)以外に報告されていなかった点があげられます。

実際、5族元素のバナジウム (V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)の単酸化物に着目すると、ニオブ酸化物(NbO)だけが岩塩構造とは異なり、岩塩構造から25%ずつのNb原子とO原子が欠けた擬岩塩構造を持つことが知られています(図1)。この構造はNbOにとって安定相であり、高温や高圧にも耐える優れた化学的安定性を示します。さらに、擬岩塩型NbOは、転移温度が極めて低い1.38Kでありながら、超伝導現象も示すことが報告されています。一方で、VOやTaOと同じ岩塩型NbOは従来のプロセスでは合成が難しく、その報告例はこれまでありませんでした。

今回の取り組み

本研究では、真空プロセスであるパルスレーザー堆積法(注6)を用いて岩塩型NbOを薄膜として合成に成功しました。一般に、厚さがナノメートルオーダーしかない薄膜を合成することで、通常は安定に存在しえない構造を安定化させることができます。

岩塩型のNbOは、同じ構造を持つVOやTaOとは違って、結晶の形が変わると電気の流れやすさが大きく変わるという特性をもちます。同じ岩塩型のNbOでも、結晶の形が高さ方向に伸びた場合(正方晶系)は電気が流れにくくなります。一方、結晶が立方体の形(立方晶系)をしていると、電気が流れやすくなり、超伝導現象が起こります(図2)。このような結晶の形によって電気伝導の特性が変わることは、第一原理計算(注7)と呼ばれる理論的な計算でも確認されています(図3)。

さらに、岩塩型NbOの超伝導転移温度は最高7.4Kに達することがわかりました。これはこれまでに報告されているバルクの擬岩塩型NbOの1.38Kよりも6K以上高い値です。本研究は、東北大学大学院工学研究科応用化学専攻の神永健一助教、木村凜太郎大学院生(当時)、長泰亨大学院生(当時)、丸山伸伍准教授、松本祐司教授、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の小林友輝大学院生、前田京剛教授(当時)のグループによる共同研究です。

今後の展開

窒化ニオブ(NbN)も岩塩構造を持ち、超伝導体の一種であるBCS型超伝導体の中でも比較的高い超伝導転移温度(17.3K)を示すことが知られています。特に、NbNはジョセフソン接合を形成する超伝導層として、量子コンピューターなどに広く使われているため、岩塩型NbOもNbNと同様に量子コンピューターの超伝導デバイスとして使える素材として期待されます。さらに、NbNと同じ構造を持つことから、その化学的類似性を考慮すると、岩塩型NbOの超伝導転移温度もNbNと同等の10K以上へとさらに高めることができる可能性があります。


図1 NbOの結晶構造の比較。擬岩塩型(左)は岩塩型(右)から25%ずつのNb原子とO原子が欠けた(岩塩型の頂点位置のNbと体心位置のOが抜けている)結晶構造。岩塩型はこれまで合成例はなく本研究が初の合成であり、擬岩塩型と比べると超伝導転移温度(Tc)は最高で6K以上も向上。

図2 岩塩型NbO薄膜の膜厚と抵抗率(電気の流れやすさ;抵抗率が低いほどより流れやすい)の関係(左図)。本研究では薄膜の厚さを調整し、岩塩型NbOの結晶の形を変化させている。膜厚を厚くするにつれて結晶は正方晶系から立方晶系へと変化し、絶縁体から超伝導体へと転移する。現在観測している最高の超伝導転移温度(Tconset)は膜厚750nmにおける7.4K(右図)。

図3 膜厚ごとの結晶構造に対する状態密度(DOS)(注8)の計算結果。膜厚20nmの正方晶系ではバンドギャップ(Eg)が出現し絶縁体的であるが、膜厚750nmの立方晶系ではEgが消失し金属的であることを示すことから、実験結果と一致。

謝辞

本研究は科研費の助成を受けています(JSPS KAKENHI Grant Number JP19K15440, JP20H02610, JP22K14595, JP23H00263, JP24K08239)。また、本研究は、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピューターMASAMUNE-IMRを利用したものです(Proposal Nos. 202112-SCKXX-0203, 202211-SCKXX-0201, 202312-SCKXX-0209)。

用語説明

(注1)擬岩塩型

岩塩型から25%ずつのニオブ(Nb)原子と酸素(O)原子が欠損した(岩塩型の頂点位置のNbと体心位置のOが抜けている)結晶構造のこと(図1参照)。5族元素の単酸化物のなかで唯一Nbだけが安定相である。

(注2)転移温度

超伝導現象は、物質の電気抵抗がゼロになる、物資内部から磁力線が排除される(マイスナー効果)という二つの現象が同時に起こる現象を指す。常電導状態から冷却し、超伝導状態に相転移する温度のことを転移温度という。

(注3)ジョセフソン接合

二つの超伝導体の間に極薄の絶縁体を挟んだ素子のこと。磁気センサーや量子コンピューターの演算部分において主要な役割を担っており、特に超伝導体に窒化ニオブ(NbN)を用いた研究が多数報告されている。

(注4)遷移金属

周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する元素の総称であり、遷移元素とも呼ばれる。また、第4周期(Sc-Cu)のものを3d遷移金属、第5周期(Y-Ag)のものを4d遷移金属、第6周期(Hf-Au)のものを5d遷移金属とそれぞれ呼んでいる。

(注5)バンド理論

結晶内の電子のエネルギー分布はいくつかのエネルギー帯からなるバンド構造から構成されているという理論。電気伝導など、電子がかかわる固体の性質を議論するうえでの基礎となる。

(注6)パルスレーザー堆積法

真空チャンバー内に設置した原料ターゲットにチャンバー外部からレーザー光をターゲットに照射することで、ターゲットから原子(分子)の引き剥がしを行ないターゲットに対向する基板に薄膜を形成する物理蒸着法の一種。非平衡反応プロセスのため、準安定相物質の合成に適している。

(注7)第一原理計算

量子力学のシュレディンガー方程式に則って、固体結晶の中の電子の運動やエネルギーをシミュレーションする方法。未知物質の性質の探索や、実験では測定のできない原子スケールの物理現象を調べることが可能。

(注8)状態密度(DOS)

微小なエネルギー区間内に存在する、系の占有しうる状態数を各エネルギーで記述する物理量のこと。あるエネルギー準位において DOS が高いことは、そこに占有しうる状態が多いことを意味する。一方、DOS がゼロとなることは、系がそのエネルギー準位を占有しえないことを意味する。

論文情報

タイトル: Elevating the Superconducting Temperature in Epitaxially Stabilized Rock-Salt NbO
著者: Rintaro Kimura, Kenichi Kaminaga*, Tomoki Kobayashi, Yasumichi Cho, Shingo Maruyama, Atsutaka Maeda, Yuji Matsumoto
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 助教 神永 健一
掲載誌: Chemistry of Materials
DOI: 10.1021/acs.chemmater.4c00097

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 助教 神永 健一
TEL:022-795-7267
E-mail:kenichi.kaminaga.d6@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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