次世代エポキシ樹脂の分子構造と力学・光学特性の相関を計算計測融合で解明
- 新規樹脂の設計手法となることに期待 -
2024/08/30
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発表のポイント
概要
エポキシ樹脂をはじめとした熱硬化性樹脂は、高い力学や耐熱性を示し、半導体封止材や航空機向け複合材料の母材樹脂など、幅広い産業分野で活用されています。熱硬化性樹脂はその主剤であるプレポリマーと硬化剤の選択によって様々な材料特性を発現する高分子合成が可能であり、各分野で求められる要件に合わせた材料設計が行われてきました。しかし、その根源たる分子構造と巨視的な材料特性の相関関係は十分には解明されていませんでした。
東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻の川越吉晃助教らのグループは、高い耐光性から次世代LEDなどへの適用が期待できる非芳香族エポキシ樹脂に注目。同グループの開発した分子シミュレーション手法に加え、量子化学計算、力学試験、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(注7)を用いたX線散乱など、数値計算と先端計測を連携することで分子構造と力学・光学特性の相関を明らかにしました。具体的には、プレポリマーの鎖長が長いほどポリマーの耐熱性と強度はやや下がるものの壊れにくく、短いほどボイドが連結して壊れやすいことなどがわかりました。計算計測融合による本成果は、高度な設計要求をみたす次世代材料開発の高速化や省コスト化に貢献すると期待されます。
本研究成果は、2024年8月27日、学術雑誌Physical Chemistry Chemical Physics(PCCP)に公開されました。
研究の背景
代表的な熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂は、高接着性、高電気絶縁性、高耐熱性、低体積収縮性、高耐水性、高耐溶剤性など、耐環境性に優位な特性をもち、半導体製品やLEDの接着剤や封止材として広く使用されてきました。近年、需要が高まっている高輝度LEDの封止材には上記の性能に加えて、高い透明性が求められています。一方で、従来用いられてきた芳香族エポキシ樹脂(注8)は安価でハンドリング性に優れていますが、樹脂に含まれる芳香環が紫外線によって変性し、黄変が発生するため、高輝度LEDには適していません。そこで、芳香環を含まない非芳香族エポキシ樹脂の研究開発が進められています。しかし、その研究開発においては、材料特性の根幹となる分子構造との相関や、分子のどのような振る舞いが特性の発現につながっているのかの理解がいまだ十分ではなく、実験的な試行錯誤による方法が中心のため、時間や費用の面でも効率的とは言い難い状況です。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻の川越吉晃助教らのグループは、共同研究者である日産化学株式会社が開発した非芳香族エポキシ樹脂のプレポリマーとなる、鎖長の異なる3種類の「トリス(2,3-エポキシプロピル)イソシアヌレ−ト(TEPIC®)」(図1)に対して、量子化学計算による耐光性評価、反応を考慮した分子シミュレーションによる硬化樹脂モデル(TEPIC®と硬化剤が反応した架橋樹脂)の構築、および力学試験やX線散乱によるシミュレーションモデルの妥当性の確認を行い、シミュレーションの強みであるミクロな構造や分子の振る舞いの詳細な可視化を実験結果と連携することで、その材料特性を発現する分子構造の特定を行いました(図2)。
まず時間依存密度汎関数法(TDDFT)(注9)と呼ばれる量子化学計算手法を用いてプレポリマー単体の紫外可視吸収スペクトル(注10)を計算し、TEPIC®が光によってどれくらい励起(注11)しやすいかを数値的に評価しました(図3)。従来の芳香族エポキシ樹脂(図3(a)中DGEBA)のベンゼン環が比較的容易に紫外線によって励起状態になるのに対し、TEPIC® に含まれるトリアジン環(ベンゼン環の炭素原子6個のうち3個が窒素原子に置き換わった環)は励起しづらく、この分子構造が耐光性を発現していることがわかりました。
次にTEPIC®と硬化剤(MH-700)を混合し、化学反応を起こすことで硬化樹脂を作成し、その力学試験およびNanoTerasuにおける広角X線散乱(WAXS)測定による構造評価を行いました。また、同グループが開発した反応分子動力学シミュレーションによって同材料系の硬化樹脂モデルを構築し、先述の実験測定に対応する評価をシミュレーションにおいても行いました。図4(a)は分子シミュレーションとNanoTerasuの WAXS測定から得られた散乱強度比較であり、ピーク位置がよく一致し、鎖長が長くなるほど第1ピークが減衰する傾向も整合しています。これは側鎖が短いほど、剛直なトリアジン環の配置由来の不均一な構造が現れるためであり、柔軟な側鎖部分が長くなるほどこの不均一構造が緩和されることを示しています。また、力学特性の傾向でも実験とシミュレーションは一致しており、このことから分子シミュレーションによって構築された樹脂モデルが実構造をよく再現できていることがわかります。そこで、樹脂モデルを詳細に解析し、樹脂の破壊挙動と分子構造との相関を調査しました。図4(b)は引張試験の結果であり、鎖長が長くなるほど強度はやや下がるものの、延性は向上しています(壊れにくくなっている)。樹脂破壊の多くは内部の不均一性や初期欠陥に伴う局所的な3軸変形(膨張)に由来します。そこで分子シミュレーションにて3軸変形解析を行い、変形下でのボイド(破壊の起点)の成長を可視化しました(図4(c))。鎖長の短いTEPIC®-Sでは10%の体積ひずみ下で白いボイドが比較的連結し、ボイド割合も多くなっています。これは先述の通り、内部の不均一な構造がボイドになりやすいためと考えられます。このようなボイドの成長・合体は剛性を低下させ、破壊の起点となります。一方で、鎖長の長いTEPIC®-FLは小さなボイドが分散した状態を保持しており、分子構造由来の3軸変形下でのボイド成長特性の違いが引張特性の違いを生んでいることが明らかになりました。
今後の展開
本研究で得られた分子構造と力学特性の相関に関する知見・検討方法は他の高分子材料系でも適用可能であり、特定の機能の発現やバランスの取れた材料設計など、今後より高度化が求められる材料開発への貢献が期待できます。

図3 (a)TDDFTによる芳香族エポキシ樹脂とTEPIC®の吸収スペクトル比較。芳香族エポキシ(黒)は幅広く高い吸収スペクトルを有しており、さまざまな波長の光で励起状態になりやすいことを示す。一方で、TEPIC®は狭く低いスペクトルであり、耐光性に優れていることが示唆される。(b)最も高いピークにおける励起状態での分子軌道の可視化。芳香族エポキシ樹脂はベンゼン環、TEPIC®はトリアジン環が励起している。

図4 (a)分子シミュレーションとNanoTerasuで得られた散乱強度比較。(b)1軸引張試験における応力-ひずみ線図。TEPIC®-Sが高強度・脆性材料、TEPIC®-FLが低強度・延性材料であることがわかる。(c)分子シミュレーションで得られた3軸変形下でのボイド分布。
謝辞
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP21K14415、JP23H01291)の助成を受けて行われました。また、数値解析は東北大学流体科学研究所未来流体情報創造センター「次世代融合研究システム(AFI-NITY)」および東北大学サイバーサイエンスセンター「スーパーコンピュータAOBA」の計算資源を用いて行われました。また、NanoTerasuの利用は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)NanoTerasuセンターおよび一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)のサポートを受けて行われました。NanoTerasu(BL08W)においての分析は東北大学工学部のナノテラスビーム利用枠を用い、数値解析はCoSMICが提供するツールを利用しました。
用語説明
(注1)エポキシ樹脂
高分子内に含まれるエポキシ基を開環させて架橋構造化させることで硬化する熱硬化性樹脂の総称で、産業的には接着剤・封止材に多用されています。架橋させる前のプレポリマーと硬化剤の組合せにより多様な物性を発現するエポキシ樹脂が合成できます。
(注2)非芳香族エポキシ樹脂
芳香環(ベンゼン環やナフタレンなど)を持たないエポキシ樹脂。
(注3)量子化学計算
量子力学の理論を用いて分子の電子構造や化学反応の性質を予測・解析する手法です。
(注4)分子動力学シミュレーション
分子の挙動や相互作用をコンピュータを使用して数値計算すること、またその手法。
(注5)力学試験
主に引張試験などで材料の強度や剛性などの力学特性を評価する手法の総称です。
(注6)X線散乱法
X線を用いて物質の内部構造を調べるための分析技術です。
(注7)3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu
東北大学青葉山新キャンパス内にある国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)と一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表機関とする放射光施設です。太陽光の約10億倍の明るさを持つX線を生成して物質に照射し、様々な物質の内部構造を詳細に観察できます。
(注8)芳香族エポキシ樹脂
芳香環を持つエポキシ樹脂。
(注9)時間依存密度汎関数法(TDDFT)
外部からの摂動(例えば光の照射)に対する電子の応答を時間依存的にシミュレートし、励起状態のエネルギーや、光吸収スペクトルなどを計算することができる量子化学計算の手法の1つです。
(注10)紫外可視吸収スペクトル
紫外線から可視光域の波長に対する物質の吸収特性を調べる分析技術です。
(注11)励起
電子が原子や分子内の低いエネルギーレベルから高いエネルギーレベルへと移動する現象を指します。例えば、光の吸収によって生じることが多いです。
日産化学株式会社について
「社会が求める価値を提供し、地球環境の保護、人類の生存と発展に貢献する」という企業理念のもと、これまで培ってきたコア技術を駆使し、「化学品事業」「機能性材料事業」「農業化学品事業」「ヘルスケア事業」の4事業を通じて、社会課題解決に貢献する製品・サービスを提供するとともに、新製品の開発、新事業の創出にまい進しています。(https://www.nissanchem.co.jp)
論文情報
著者: Yoshiaki Kawagoe*, Yuuki Kinugawa, Keigo Matsumoto, Masashi Ohno, Naoki Kishimoto, Takahiko Kawai and Tomonaga Okabe
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 助教 川越 吉晃
掲載誌: Physical Chemistry Chemical Physics
DOI: 10.1039/D4CP02357A