カキ漁師の知恵が一石三鳥の効果をうむ

-「温湯処理」で生産量増加+品質向上+海域環境保全 -

2024/09/13

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科土木工学専攻 准教授 坂巻 隆史
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 毎年8~9月に三陸沿岸などの一部のカキ養殖漁場で付着生物除去のために行われている「温湯処理(注1)」が、カキの生産量増加・品質向上・海底の環境保全の効果を生むことを科学的に実証しました。
  • 温湯処理は、餌となる植物プランクトンなどの有機物摂取率を増大させるとともに、高付加価値成分も増大させることが判明しました。また、付着生物の排泄物や遺骸の海底での蓄積も防ぎ、海域環境保全にも寄与していることがわかりました。
  • 漁業者の経験に基づく温湯処理は、先端技術に依らずとも、生態系内の物質の流れと生産活動を調和させ、生産性向上や環境負荷軽減などをもたらす好例といえます。

概要

カキ養殖では、人間が餌を与えることなく、海域の栄養塩やそれを基に生産される植物プランクトンなどの有機物を餌としてカキを育てています。

東北大学大学院工学研究科の坂巻隆史准教授(東北大学・海洋研究開発機構変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)兼務)と畠山勇二大学院生(研究当時)らは、宮城県本吉郡南三陸町に位置する志津川湾内のカキ養殖漁場で実施した実験により、カキ養殖漁業者がムラサキイガイ等の付着生物対策として行っている「温湯処理」が、カキの成育改善のみならず、品質向上や海底の汚濁負荷の軽減といった複数の効果をもたらしていることを実証しました。

漁業者の経験に基づき行われてきた温湯処理は、付着生物が栄養塩や有機物を餌として奪い浪費するのを抑制し、それをカキの生産に転換する技術です。この成果は、先端技術に依らずとも、自然界の物質動態に目を向け、栄養塩・有機物を有効に使うことで、食料生産効率の向上や環境負荷の軽減といった利益が得られることを示す好例といえます。

本研究成果は、2024年9月3日付けで科学誌Journal of Cleaner Productionにて公開されました。

研究の背景

世界的な人口増加に伴い、食料の安定供給は重要な課題となっています。天然漁業資源が減少する中、低次栄養段階(注2)に位置するカキなど二枚貝類を対象とした、海域の植物プランクトンを主な餌とする無給餌養殖は、動物由来の食料を生産する比較的持続可能性の高い手段の一つといえます。二枚貝養殖は給餌を必要としないため、海域が供給する栄養塩、さらにそれを基に生産される植物プランクトンの量によって、その生産量の上限(環境容量)が決まります。環境容量の範囲内で、いかに無駄なく養殖生産を行うかは、漁業者の利益や養殖漁業の持続可能性を向上させるうえで非常に重要です。そのためには、効率的な生産を実現するための工夫や技術が求められています。

今回の取り組み

南三陸町志津川湾において、現地のカキ養殖漁業者の協力のもと、養殖カキの温湯処理を実験的に実施しました(船上に積まれた湯釜で55~60度に熱した海水に養殖カキを数秒間浸漬し、再び養殖場に戻す)。その後、約5カ月間温湯処理区と非処理区の間でカキの成育、カキ身肉の栄養成分(EPA・DHA(注3)等)および海底に沈降する有機物量を測定しました。

温湯処理から5カ月経過後も、処理区では主な付着生物であるムラサキイガイが未処理区の20%以下に抑えられていました。さらに、温湯処理区では、処理から5カ月後のカキの個体あたり身肉重量や肥満度が20~30%程度向上しました。さらに、人間にとっても重要な栄養素である必須脂肪酸EPA・DHAのカキ身肉中含有量がいずれも13~15%増加しました。これらの結果は、付着生物が除去されたことで餌の競合が減り、カキがより多くの植物プランクトンを摂餌できたために成育が向上したためと考えられます。また、カキ養殖場からの有機物の沈降量は、温湯処理区で10~57%減少したことが確認されました。これは、付着生物の排泄やそれらの遺骸の減少によるものと考えられます。海底での過剰な有機物の蓄積は、海底付近の酸素不足や酸性化を招き、生物の生息環境の悪化、天然漁業資源の喪失、さらには養殖環境の悪化にもつながります。今回の結果は、漁業者が経験に基づいて行ってきた温湯処理が、カキの生産量増加だけでなく、海底の汚濁緩和にも寄与し、養殖の持続可能性を高める効果を持つことを示しています。

食料生産はすべて、自然界の物質循環に支えられています。本研究成果は、温湯処理が先端技術に依らずとも、物質的な無駄を減らす工夫をすることで、食料生産効率の向上や環境負荷の軽減を実現する好例であることを実証しました。

今後の展開

温湯処理は、今回実証された効果に加えて、さらに多くの利益を漁業者にもたらしている可能性があります。例えば、カキの成長を早め、より短期間での収穫を可能にすることは、高水温によるカキのへい死や高波によるカキの脱落などのリスクの低減にもつながります。また、今後の検証が必要ですが、より良い餌料供給を受けて健康に育ったカキは、高水温や病気に対する耐性が高まる可能性があります。特に、温暖化に伴って高水温や激しい気象現象が増加する中で、カキを早く、強く育てる取り組みの重要性はさらに高まるでしょう。今後、研究グループはこのような視点で実験的な研究を進めていく予定です。これらの点が実証されれば、漁業者の施業改善への意欲がさらに高まることにつながると期待されます。


図1 本研究の成果の概要

図2 A. 温湯処理による付着生物の減少、B. カキ育成(肥満度)の向上、C. カキ身肉中EPA含有量の上昇、D. 海底への有機物沈降量削減効果

図3 温湯処理・非処理のカキ養殖場における有機物収支の推定結果。 (温湯処理実施から5カ月後、2月頃の推定値)

謝辞

本研究は、JSPS科学研究費補助金(JP19KT0006、JP21J21815、JP22H03753)による支援を受けて実施されました。

用語説明

(注1)温湯処理

養殖カキを船上の湯釜で短時間熱して付着生物を除去し、再び海に戻してカキを成長させる処理。55~60度程度に熱した海水を用いて行われる。カキは、イガイなどの付着生物等に比べて、殻が厚く密閉度も高いため、熱への耐性が比較的高く、この処理が可能となっている。漁業者が経験的に編み出した技術である。

(注2)低次栄養段階

食物連鎖の中で比較的低い位置にある生物群を指す。食う食われるの関係の中で、食べられた生物は、捕食者の体の一部になるだけでなく、必ず活動エネルギーとして消費される。そのため、高次栄養段階にある生物を食料として一定量確保するよりも、低次栄養段階にある生物を同量確保する方が、必要となる餌料やエネルギーが少なく効率的である。この観点から、二枚貝養殖は効率的な食料生産技術といえる。

(注3)EPA(エイコサペンタエン酸)・DHA(ドコサヘキサエン酸)

必須脂肪酸の一種。動物にとって生殖や生体膜などの機能維持に不可欠な栄養素である。自然界では、珪藻や渦鞭毛藻といった特定の藻類グループが多く生産するものであり、一般的に動物(カキも、人間も)は必要量を自ら生産することができないため、食物連鎖を通じて食料から摂取する必要がある。EPA・DHAサプリとしても販売されている。

論文情報

タイトル: Dual benefits of biofouling reduction in non-fed aquaculture: On-site heat treatment enhances oyster production and mitigates local environmental impacts
著者: Yuji Hatakeyama, Megumu Fujibayashi, Chikako Maruo, Osamu Nishimura, Takashi Sakamaki*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 准教授 坂巻 隆史
掲載誌: Journal of Cleaner Production, 2024, 472, 143502.
DOI: 10.1016/j.jclepro.2024.143502

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科 准教授 坂巻 隆史
TEL:022-795-7472
E-mail:takashi.sakamaki.a5@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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