マイクロ波ロケットの推進性能を決めるプラズマの観測手法を提案
- ロケット打ち上げコストの大幅削減に一歩前進 -
2024/10/22
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発表のポイント
概要
ミリ波ビームを介してエネルギーを伝送することで、燃料を必要とせずに飛行する「マイクロ波ロケット」と呼ばれる新しい宇宙輸送技術が提案されています。ミリ波ビームを照射されたマイクロ波ロケット内部では、ミリ波の電磁エネルギーにより空気がプラズマ化される領域がミリ波ビーム源に向かって高速で進展する現象が生じます。ミリ波によって生成されたプラズマを介してマイクロ波ロケットは推進力を得るため、この現象はロケットの推進性能を決めるものですが、ハイスピードカメラを用いる従来の観測法では、カメラの死角となるビーム中心軸部での進展現象が連続的かあるいは離散的なのかを正確に捉えられないという課題がありました。
東北大学大学院工学研究科の鈴木颯一郎大学院生と高橋聖幸准教授は、プラズマを生成する入射ミリ波と、プラズマによって反射されるミリ波の干渉で生じる定在波を観測し、その時間変動を分析することで、その進展様式を区別する観測手法を提案しました。電磁波、プラズマ、流体の連成数値モデルを用いた数値シミュレーションを実施し、提案手法が有効であることを確認しました。この成果は、マイクロ波ロケット内部におけるプラズマ形成と推力獲得機構の解明への貢献が期待されます。
本研究成果は2024年10月15日、科学誌Journal of Applied PhysicsにFeatured articleとして掲載され、表紙に選ばれました。
研究の背景
ロケットの種類は、ロケットが推力を得るためのエネルギー源により、大きく化学ロケット(注4)と非化学ロケットに分けられます。現在、人工衛星打ち上げや宇宙飛行士の宇宙ステーションへの移動等には化学ロケットが用いられています。化学ロケットは大量の燃料を必要とし、機体のほとんどが燃料で占められています。そのため、軽い荷物でも高価な大型ロケットで打ち上げなければならず、人工衛星1kgあたりの打ち上げコストは数十万から数百万円と非常に高額で、宇宙開発や宇宙旅行の障壁となっています。
この問題を解決するために提案されたアイデアが非化学ロケットに分類されるマイクロ波ロケットです[1,2]。マイクロ波ロケットは図1のように上端が凹面鏡で閉じられ、下端が開いた円筒状の形状をしています。地上からジャイロトロン(注5)で生成した高出力のミリ波ビームをロケットの下端に照射し、ロケット内部の凹面鏡で集光させることで、上方から吸い込んだ空気がプラズマ化し、「ミリ波放電プラズマ」を生成します。ミリ波放電プラズマがビーム源に向かって、波のように進展していく領域を電離波面と呼びます。ミリ波放電プラズマにより、空気が急激に加熱されることで衝撃波が発生し、その圧力を利用してロケットは推力を得ます。衝撃波が下端まで到達した後にミリ波ビームを切って吸気を行い、その後再びビームを入射し放電を起こすサイクルを繰り返します。このように、大気圏内では空気を燃料にして飛行するため、燃料の搭載や、複雑なロケットエンジンも必要もなく、設計の簡素化やコスト削減が期待できます。ビーム発振設備の建設には高額な初期費用がかかりますが、繰り返し使用することで償却できるとされています。化学ロケットの1段目をマイクロ波ロケットに置き換えた場合、約2,000回の打ち上げでコストが従来のロケットの1/4になると試算されています[3]。
電離波面進展メカニズムの解明は、マイクロ波ロケットの設計や性能向上に不可欠であり、そのためには数値シミュレーションが有効と考えられていますが、電離波面の進展速度やプラズマの構造を正確に予測できる数値モデルが存在しないことが課題です。研究グループはこの数値モデルの開発に取り組んできました[4,5]。
過去に東京大学が行った放電実験において、投入エネルギーあたりの推力が最大になる電離波面の進展速度が、機体の長さに依存することが報告されており、これを予測することがマイクロ波ロケットの設計において重要と考えられています[6]。また、ハイスピードカメラでの観測により、図2のようにビームの中心にあたる電離波面の先端部が1,000m/s、ビームの中心軸から離れた電離波面の辺縁部では粒状プラズマが400m/sで連続的に進展する様子が捉えられていました[7]。多数のプラズマの粒の発光の影響で、電離波面の中心部はカメラでは進展様式の観測が難しい死角となっていましたが、辺縁部との類推から図3(a)のように中心部も連続的に進展しているだろうと予想されていました[6]。一方、私たちが独自に開発した数値モデルを用いた一次元シミュレーションにおいて、低いビームパワー密度の条件では、連続的に進展する200 m/sの電離波面が得られた一方で、高いビームパワー密度の条件では、離散的に進展する1,400 m/sの電離波面が得られていました[5]。一次元シミュレーションは一様なビームパワー密度で行われましたが、実験ではビームの中心部ほどビームパワー密度が辺縁部に比較して高まっているため、「もし、図3(b)に示すように電離波面の中心部が連続的ではなく離散的に進展していて、中心部と辺縁部の進展様式が異なる複合的な構造である場合、東京大学による放電実験[7]のハイスピードカメラを用いた観測で得られた進展速度を説明できる」とする仮説の着想を得ました。そこで、カメラ以外の何らかの手法で中心部を観測し、仮説を検証することで数値モデルの妥当性を調べることにしました。
今回の取り組み
本研究では、電磁波の干渉を用いて、電離波面の進展が連続的か離散的かを観測する新しい手法を提案し、その有効性を数値シミュレーションにより検証しました。図4は提案手法の概念図です。ミリ波放電プラズマの電離波面では、高密度のプラズマによってミリ波が固定端反射され、電離波面前方では入射ミリ波と反射ミリ波が干渉して定在波が形成されます。定在波は一般的には時間経過による移動がないとされるものですが、固定端となる電離波面が進展すると定在波も移動するため、ある一点で観測された定在波の強度は、腹-節が次々と通過し時間変動します。電離波面が連続的に進展するときは図4左のように滑らかな波形となり、電離波面が離散的に進展するときは図4右のように急激な波形の変動があるため、その違いから進展様式を区別可能と予想しました。
電離波面の連続的進展と離散的進展を再現できる数値モデルを用い、JAXAのスーパーコンピュータ上で提案手法の有効性を検証しました。その結果、図5のように電離波面進展の様子に対応して、連続的に進展する場合は滑らかな波形、離散的に進展する場合は急激に変動する波形が得られ、予想通りの結果となりました。また、フーリエ変換を用いて解析した結果、波形の周波数は電離波面の進展速度に比例するという結果が得られました。離散的に進展するときには、進展速度に比例する周波数をもった時間変動波形に、さらに高周波な波形が重畳されており、その極大値や極小値のタイミングがプラズマスポットの形成タイミングと一致していることが確認されました。このことから、時間変動波形から電離波面の進展様式を本手法で観測できる可能性が示唆されました。
今後の展開
今後、実際にジャイロトロンを用いた放電実験を行い、本手法を適用して電離波面の進展の様子を観測する予定です。定在波の観測には、価格1,000円程度のミリ波アンテナを使用し、高価なハイスピードカメラでも困難だった電離波面の進展の様子を低コストで観測できる可能性を示します。これにより、研究グループが提唱した「電離破面の中心部が離散的に進展している」という仮説を検証し、ミリ波放電現象を再現する数値モデルの開発に繋げることを目指します。
本成果は、ミリ波放電プラズマの進展メカニズムやマイクロ波ロケットの推力獲得機構の解明に大きく貢献することが期待され、さらにミリ波放電プラズマだけでなく他のプラズマ進展現象への応用も期待されます。

図5 数値シミュレーションの結果。(a) 電離波面が連続的に進展する場合。(b) 電離波面が離散的に進展する場合。上段は電子数密度の分布を表しており、黄色で示されている濃い点が電離波面である。中段は(x/λ,y/λ)=(0.01,2.5)の点における定在波強度の時間変動であり、(c)では滑らかな時間変動をしている一方、(d)では急激な増減が見られる。下段は中段の波形のフーリエスペクトルを示しており、(f)においてのみ高周波成分が重畳されている。
謝辞
本研究は日本学術振興会(JP23KJ0103)の支援を受けて実施されました。数値計算は宇宙航空研究開発機構(JAXA)のスーパーコンピュータシステムJSS3 TOKI-SORAを用いて実行しました。
参考文献
用語説明
(注1)ミリ波
周波数30~300 GHzの電磁波。ミリ波の位相を制御する事で、指向性を持った高エネルギー密度のミリ波ビームとして放射する事ができる。マイクロ波(30 GHz未満)よりも高い周波数帯のため、直進性が比較的高く、大気減衰が弱い周波数帯もあるため、100km程度の長距離伝送が可能とされている。
(注2)マイクロ波ロケット
大電力のミリ波を用いて、空気中で放電を起こすことで発生する衝撃波から推力を得るビーミング推進の一種。東京大学と量子科学技術研究開発機構の研究グループが2003年に提案し、小型マイクロ波ロケットによる室内打ち上げ実験を行っている[1,2]。本来は「ミリ波ロケット」とするべきだが、わかりやすさを優先してマイクロ波ロケットと命名されている[1]。空気を利用できない地球大気圏上層部での飛行や、月面等から打ち上げる場合にはプラズマ化させるための水蒸気や貴ガス等を燃料として搭載する必要がある。
(注3)プラズマ
高温や強い電磁場の下で、低温では中性だった気体がプラスの電荷を持ったイオンとマイナスの電荷を持った電子に分かれた状態。電荷を持っているため、電磁波のエネルギーを吸収して加熱することができる。
(注4)化学ロケット
燃料と酸化剤を搭載し、燃焼させて発生する高温高圧のガスを高速で排気することで推力を得るロケットの推進方式。
(注5)ジャイロトロン
1MW級の大電力ミリ波を発振できる真空管。
論文情報
著者: Soichiro Suzuki* and Masayuki Takahashi
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻 大学院生 鈴木颯一郎
掲載誌: Journal of Applied Physics
DOI: 10.1063/5.0225500