酸化亜鉛における電界制御量子ドット形成と量子多体効果観測を実現
- 新材料量子デバイス開発に期待 -
2024/11/08
発表のポイント
概要
これまで量子デバイスの基本構造である半導体量子ドットは主にガリウムヒ素やシリコンを材料として作られ、制御性の高い電界制御量子ドットが半導体量子コンピュータの開発等に向けて利用されてきました。一方、近年の技術革新によって、酸化亜鉛を用いて高品質なヘテロ構造の作製が可能となってきましたが、電界制御量子ドットはこれまで実現されていませんでした。酸化亜鉛は良好なスピン量子コヒーレンスのため量子ビット(注6)材料として期待でき、また電子相関が強い等の特徴を活かした新しい量子デバイスの開発につながる可能性があります。
東北大学大学院工学研究科の野呂康介大学院生(同大学電気通信研究所所属)と同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の大塚朋廣准教授(同大学電気通信研究所兼任)、物質・材料研究機構ナノアーキテクトニクス材料研究センター(WPI-MANA)の小塚裕介グループリーダー、東京大学大学院工学系研究科の塚﨑敦教授(東北大学金属材料研究所兼任)と川﨑雅司教授(理化学研究所創発物性科学研究センターグループディレクター兼任)らは、酸化亜鉛ヘテロ構造を用いて電界制御型の量子ドットの形成に初めて成功し、その電気伝導特性を測定しました。また酸化亜鉛量子ドットで、量子多体効果の近藤効果が電子数の偶奇によらず発現する新現象を発見し、従来材料とは異なる特徴的な温度依存性、磁場依存性を示すことを観測しました。新材料の酸化亜鉛で電界制御量子ドットを実現できたことで、これを利用した新しい量子デバイスの開発が期待されます。
本研究成果は、2024年11月7日(現地時間午前10時)に科学誌Nature Communicationsにオンライン掲載されました。
研究の背景
半導体量子ドットは電子を微小領域に閉じ込めた構造であり、人工的に制御可能な量子状態を形成することができることから、量子コンピュータの開発等に向けて研究が進められています。制御性の高い電界制御半導体量子ドットは、これまで主に高品質な電子系を形成できるガリウムヒ素やシリコンを材料として作製されてきました。
一方、近年の技術革新により、酸化亜鉛においても高品質なヘテロ構造の形成が可能となり、この電子系を用いて量子ホール効果や量子ポイントコンタクトといった量子現象が観測され、強い電子相関等の新しい特徴が報告されています。そこで本研究ではこの新たな材料で量子ドットの形成に挑戦しました。
今回の取り組み
本研究では酸化亜鉛ヘテロ構造を用いて、電界制御半導体量子ドットデバイスを作製しました(図1(a)(b))。このデバイスは金属ゲート電極に印加する電圧を調整することで電子の閉じ込めを実現し、量子ドットを形成することができます。この量子ドットについて、電気伝導特性を測定しました。量子ドット内部の状態を操作する電圧と、量子ドットに電流を流すための電圧を操作することで、クーロンダイアモンドと呼ばれる量子ドットに特徴的な状態図を測定することに成功しました(図2(a))。さらにこのダイアモンド構造の解析により量子閉じ込め効果に起因する軌道エネルギーを評価し、量子ドットの形成と内部エネルギーを確認しました。今回作製に成功した電界閉じ込め型の量子ドットは、量子ドットと電極との結合や、量子ドット内部のエネルギーといったパラメータを電圧により調整することができ、量子ビット等に向けて量子ドットを応用する上で有用となります。
また今回観測されたクーロンダイアモンドでは、バイアス電圧がゼロとなる付近で特徴的なコンダクタンスの増大が観測されました。これは量子多体効果である近藤効果によって電気伝導が発生することに起因すると考えられます。この近藤効果は本来量子ドット内の電子数が奇数の場合に発現するのですが、酸化亜鉛では電子数によらず発現しているという新現象を観測しました。さらにこの近藤効果の温度依存性を測定したところ、従来の近藤効果とは異なる振る舞いが示されました。また磁場依存性についても測定を行ったところ、通常の近藤効果では見られないような複雑なピークの分裂が見られました(図2(b))。このような新奇な近藤効果が見られた原因として、酸化亜鉛に特有の強い電子相関の影響が考えられます。電子相関により偶数電子数の場合でも量子ドット内に有限のスピン状態が形成され、特徴的な近藤効果が形成されていることが示唆されます。
今後の展開
本研究では酸化亜鉛ヘテロ構造を用いて電界制御量子ドットが形成できることを実証し、また電子相関に起因すると考えられる特徴的な近藤効果が発生することを観測しました。スピン量子コヒーレンスが良い、電子相関が強い等の特徴を持つ酸化亜鉛を活用することで、従来材料とは異なる新しい量子デバイスの開発が期待されます。
図1 (a) 作製したデバイス構造。二次元電子ガスが(Mg, Zn)O/ZnOの界面に形成される。ゲート電極に電圧を印加することで量子ドットの閉じ込めポテンシャルを形成する。(b) 作製したデバイスの走査型電子顕微鏡写真。丸で示された部分に量子ドットが形成される。
図2 (a) 観測された量子ドットによる伝導に特徴的なクーロンダイアモンド構造。バイアス電圧がゼロとなる付近に近藤効果によるゼロバイアスピークが見られる。(b) 観測された近藤効果の磁場依存性。従来の近藤効果では見られない複雑なピークの分裂が見られる。
謝辞
本研究の一部は、JSPS科学研究費(JP21K18592, JP22H04958, JP23H01789, JP23H04490)、卓越研究員事業、および東北大学FRiDプロジェクト等の支援を得て行われました。
用語説明
(注1)電界制御量子ドット
数十nmの微小な領域に電界制御によって電子を閉じ込めた構造。量子閉じ込め効果等により人工的に制御できる量子状態が形成されるため、量子コンピュータに向けた量子ビット等として利用できる。形状のみにより閉じ込める自己形成量子ドットに比べて制御性が高い。
(注2)近藤効果
局在スピン等の自由度と、多数の伝導電子が相互作用して生じる量子多体効果。量子ドット系では近藤状態の形成により特徴的な電気伝導が生じる。
(注3)量子コヒーレンス
良好な量子状態やその保持時間。良好な量子コヒーレンスは量子コンピュータ等に必須となる。
(注4)電子相関
電子間の相互作用。うまく活用すれば、離れた量子ビット間の量子操作など新しい量子技術の芽になると期待されている。
(注5)量子コンピュータ
量子状態を活用して情報処理を行うコンピュータ。従来のコンピュータでできない情報処理が可能になると期待されている。
(注6)量子ビット
量子状態を保持して演算を行うための素子。量子コンピュータの基本構成素子となる。
論文情報
著者: Kosuke Noro, Yusuke Kozuka, Kazuma Matsumura, Takeshi Kumasaka, Yoshihiro Fujiwara, Atsushi Tsukazaki, Masashi Kawasaki and Tomohiro Otsuka*
*責任著者: 東北大学材料科学高等研究所 准教授 大塚朋廣
掲載誌: Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-024-53890-2
お問合せ先
東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
(兼)東北大学 電気通信研究所
(兼)東北大学 大学院工学研究科
(兼)東北大学 Tohoku Quantum Alliance (TQA)
(兼)東北大学 先端スピントロニクス研究開発センター
准教授 大塚 朋廣
TEL:022-217-5509
E-mail:tomohiro.otsuka@tohoku.ac.jp