白金混合で磁性体の光磁気トルクが従来比約5倍に増強

- 光を用いたスピンメモリやストレージ技術の開発加速に期待 -

2025/01/07

発表のポイント

  • 白金を混合した金属磁性体ナノ薄膜において、従来よりも約5倍効率のよい光磁気トルク(注1)を観測しました。
  • 光磁気トルクの増強が、円偏光によって発生する電子軌道角運動量(注2)相対論的量子力学効果(注3)に起因することを明らかにしました。
  • 電子軌道角運動量の物理に新しい知見を与えると同時に、光を用いた高効率のスピンメモリや磁気ストレージデバイス技術の開発に寄与する成果です。

概要

現在、電子技術と光技術を融合する光電融合技術の開発に多くの機関や企業が取り組んでいます。光と磁気を用いたナノ磁性体(ナノは10億分の1)の制御もそのような次世代の融合技術の一つとして期待され、その基礎・応用に関する研究が精力的に進められています。

東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の抜井康起大学院生は、同大学学際科学フロンティア研究所(FRIS)の飯浜賢志助教(研究当時;現在、名古屋大学准教授)ならびに同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の水上成美教授らと共同で、典型的な金属磁性体であるコバルトに白金を混合した合金ナノ薄膜の円偏光によって発生する光磁気トルクを観測したところ、白金を混合しないコバルトナノ薄膜に比較して約5倍大きな光磁気トルクが発生することを見出しました。光の強度を約5分の1に弱めても同じ効果を生じさせることができるため、より省エネルギーの光磁気デバイスの開発につながります。

本研究では、典型的な金属磁性体であるコバルトに様々な濃度の白金を最大で70%まで固溶した合金ナノ薄膜を作製し研究を進めた結果、白金元素に特有の相対論的量子力学効果が、円偏光によって発生する電子軌道角運動量に由来する磁気トルクを増強することが明らかになりました。

金属磁性体における電子軌道角運動量の物理に新しい知見を与えるとともに、光を用いて情報を書き込む高効率のスピンメモリやストレージ技術の開発に寄与する成果です。

本研究は2025年1月2日に学術誌Physical Review Lettersのオンライン版に掲載されました。

研究の背景

膨大なデジタル情報を高速かつ効率よく処理する半導体電子デバイス技術や、それら膨大な情報を大容量かつ高速に転送するための光通信技術は、日増しに増大するデータに囲まれた我々の社会を持続的に発展させるために必須の技術であることは言うまでもありません。そのさらなる発展のため、昨今電子技術と光技術を高度に融合した、いわゆる光電融合技術の開発に多くの機関や企業が取り組んでいます。光を用いたナノ磁性体の制御はそのような次世代融合技術の基盤技術の一つとして期待され、国内外の機関でその基礎研究が進められると同時に、光スピンメモリやストレージ等の新しいデバイスアプリケーションも検討され始めています。

今回の取り組み

研究グループでは、これまで、ナノメートルの厚みを有する金属磁性体と重金属を積層したナノ薄膜における光磁気トルクの基礎的な研究を進めてきました(参考文献1)。そのような積層ナノ薄膜に円偏光を照射すると重金属内に電子スピン角運動量が発生し、それにより光磁気トルクも発生します。他方、一層からなる金属磁性体ナノ薄膜では、逆ファラデー効果に伴う光磁気トルクが発生することが知られていましたが、そのミクロな物理の理解が進んでいませんでした。冒頭に述べたデバイス応用を検討するうえでは、金属磁性体ナノ薄膜における光磁気トルクをより深く理解する必要があります。

今回、研究グループでは、典型的な金属磁性体であるコバルトに重元素である白金を混合した合金に着目し、その光磁気トルクについて研究しました(図1)。白金を様々な濃度で混合したコバルト合金ナノ薄膜を作製し研究を進めた結果、白金を混合していないナノ薄膜に比較し約5倍大きな光磁気トルクが発生することが明らかになりました(図2(a)(b)、図2(c))。また、白金元素に特有の相対論的量子力学効果であるスピン軌道相互作用が、円偏光によって発生する電子軌道角運動量に起因した光磁気トルクを増強することが明らかになりました(図2(b))。

今後の展開

独自の発見である本成果は、金属磁性体における電子軌道角運動量や光磁気トルクの物理の理解に新しい知見を与えるとともに、光を用いて情報を書き込むスピンメモリやストレージ技術の開発に寄与する成果です。今後研究グループは、光磁気トルクに及ぼす電子構造の詳細な理解や理論構築、そして計算・データ科学に基づく物質探索等、より応用に近い研究に取り組んでいきます。


図1. コバルトと白金の原子からなるコバルト・白金合金ナノ薄膜に対して、面直方向に円偏光を入射すると磁気の方向(黒色のベクトル)を変化させる光磁気トルクが発生する(赤色ならびに青色のベクトル)。光磁気トルクは薄膜面直方向(赤色のベクトル)と面内方向(青色のベクトル)の成分からなる。

図2. 光磁気トルクによって駆動される磁気の運動をポンプ・プローブ時間分解磁気光学カー効果によって測定した実験データの例 (a) コバルトナノ薄膜 (b) コバルト白金ナノ薄膜(白金の比率は原子比65%)。(c) 測定した磁気の運動から評価された光磁気トルクの大きさと白金の比率の関係。面内ならびに面直方向の光磁気トルクのいずれも白金の混合比率とともに増大する。

参考文献

  1. Nanophotonics 10, 1169-1176 (2021), Journal of Applied Physics 131, 023901 (2022)

謝辞

本研究は、科学研究費補助金(JP21H04648, JP21H05000, JP24K21234, JP24H02235)、科学技術振興事業団 さきがけ (No. JPMJPR22B2)、 次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)、旭硝子財団、村田学術振興・教育財団、新世代研究所のATI研究助成の支援を受け行われました。

用語説明

(注1)光磁気トルク

トルクはねじりモーメント(回す力・ひねる力)のこと。磁性体に光を入射すると、磁性体の磁気に作用するトルクが発生する。磁気トルクは磁気の方向を変化させるため、光によって磁気の方向を制御できる。絶縁体や金属を問わず様々な磁性体でこのトルクが見出されており、その物理メカニズムも異なる。

(注2)電子軌道角運動量

固体中の電子の軌道運動に起因する軌道角運動量。電子の自転運動に起因するスピン角運動量に加えて、軌道角運動量の工学的利用が最近検討され始めている。

(注3)相対論的量子力学効果

相対性理論を取り入れた量子力学から予測される効果。ここではいわゆるスピン軌道相互作用を指す。白金や金、あるいは鉛といった重い元素で顕著に現れる。

論文情報

タイトル: Light-induced torque in ferromagnetic metals via orbital angular momentum generated by photon helicity
著者: Koki Nukui, *Satoshi Iihama, Kazuaki Ishibashi, Shogo Yamashita, Akimasa Sakuma, Philippe Scheid, Grégory Malinowski, Michel Hehn, Stéphane Mangin, *Shigemi Mizukami
*責任著者: 東北大学 学際科学フロンティア研究所 助教 飯浜賢志(研究当時)、東北大学 材料科学高等研究所 教授 水上成美
掲載誌: Physical Review Letters
DOI: 10.1103/PhysRevLett.134.016701

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 教授 水上 成美
TEL:022-217-6003
E-mail:shigemi.mizukami.a7@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
広報戦略室
TEL:022-217-6146
E-mail:aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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