安価で低毒性のMg2Snが熱電発電デバイス用として実用レベルに到達
- 自動車排熱・産業排熱を回収する発電に期待 -
2025/03/31
発表のポイント
概要
排熱から発電できる熱電材料は、低炭素社会を実現するための有望な材料として注目されています。これまでに様々な材料が開発されていますが、その中でも埋蔵量が多く毒性の低い元素からなるマグネシウム・錫化合物(Mg2Sn)は、自動車排熱や産業排熱を利用する熱電発電デバイスを視野に注目されています。
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の黄志成助教と林慶准教授は、中国・清華大学の李敬鋒教授の研究グループと共同研究を行い、これまでの研究で単結晶作製に成功し、特性について研究を重ねてきたMg2Snについて、単結晶が電気をよく流し熱は流しにくいという2つの効果を空孔欠陥領域の制御により両立し、n型とp型の両方で熱電性能を高くすることに成功しました。これにより、実用レベルのMg2Sn単結晶を用いたエネルギーハーベスティング(注3)の実現が期待されます。
本研究成果は、米国の科学誌Small Methodsに2025年3月27日に速報として掲載されました。
研究の背景
排熱を利用したエネルギーハーベスティング材料として熱電材料が期待されています。図1(a)に示すように、熱電発電デバイスはn型とp型の熱電材料をπ字型に直列接続した構造をしており、デバイスの片面を排熱で加熱すると発電します。熱電発電では、有害ガスの排出や振動・騒音の発生はありません。熱電材料を使ったクリーンなエネルギーハーベスティングを実現するには、熱電材料の性能評価に用いられる無次元性能指数zT(注4)を向上する必要があります。
東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻の黄志成助教、林慶准教授および宮﨑讓教授は、中国・清華大学の李敬鋒教授とのこれまでの共同研究で、Mg2Snの単結晶にMgの空孔欠陥を導入する作製法を確立しました(参考文献1)。Mg空孔欠陥は単結晶内に均一に分布しているわけではなく、凝集して図1(b)のような微細な空孔欠陥領域を形成する点が特徴です。空孔欠陥領域の周囲には転位が存在しています。
この単結晶の電子やホールを増やすためにSbやリチウム(Li)で部分置換したところ、多結晶より高いzTが得られました(参考文献2, 3)。これは主に電気伝導率が多結晶より高いためです。また、ホウ素(B)で部分置換して化学的圧力(注5)を加えたところ、多結晶より低い熱伝導率を理論的に予測されている最低熱伝導率まで低減できました(参考文献4)。これは、格子欠陥(注2)の量が増加して、熱を運ぶフォノンを強く散乱するためです。このように、Mg2Sn単結晶は熱電材料として有望ですが、SbやLiの電気伝導率増大効果とBによる熱伝導低減効果を両立することができれば実用レベルの熱電性能が得られると考え、継続して共同研究を行ってきました。
今回の取り組み
本研究では、Mg2Sn単結晶をSbとBで共置換したn型試料とLiとBで共置換したp型試料を作製しました。いずれの試料もMg空孔欠陥が存在する単結晶であることがわかりました。図2(a)に示すように、B置換量の増加とともにMg空孔欠陥の量は増加します。これはB置換によって化学的圧力が加わったためです。また、空孔欠陥領域の周辺には転位が確認され、B置換量が増加すると転位密度も増大することがわかりました(図2(b))。
B部分置換によりMg空孔欠陥量が増加することから、空孔欠陥領域も大きくなると予想したのですが、実際は逆の傾向を示しました。Sb, B共置換試料、Li, B共置換試料のどちらにおいても、B置換量の増加とともに空孔欠陥領域の大きさは小さくなります(図3(a))。その代わりに、空孔欠陥領域の密度が増加することがわかりました(図3(b))。この振る舞いは、置換元素のBとMg空孔欠陥の価数を考慮することで理解できます。BとMg空孔欠陥の価数はそれぞれ3+と2-であることが知られており、BとMg空孔欠陥は電気的に引き付け合って複合化する可能性があります。これにより、Mg空孔欠陥の凝集が阻害されて空孔欠陥領域が小さくなるというわけです。
SbあるいはLiに加えてBで共置換することで、Mg空孔欠陥量と転位密度が増える一方で、空孔欠陥領域が小さくなったことを受けて、B置換量の増加による電気伝導率の低下はわずかなものにとどまるのに対し、熱伝導率が大きく減少することがわかりました。図4に、無置換のMg2Sn単結晶、およびSb単置換、Sb, B共置換、Li単置換、Li, B共置換試料のzTの最大値の比較を示します。n型ではSb, B共置換試料で最も高くzT = 0.83、p型ではLi, B共置換試料でzT = 0.42でした。これらは無置換のMg2Sn単結晶と比べるとそれぞれ62倍と32倍の値です。以上のことから、Mg2Sn単結晶は熱電材料として有望であり、Mg2Sn単結晶を用いた熱電発電デバイスの実現が期待されます。
今後の展開
SbとB、LiとBで共置換することにより、Mg2Sn単結晶の格子欠陥量を最大化するとともに、電子やホールの量を最適化することに成功しました。n型では実用レベルまで熱電性能を向上できましたが、p型はまだ性能を向上する必要があります。他のMg化合物にも本研究の知見を応用して、高性能の単結晶熱電材料を開発することが今後の課題です。
謝辞
本研究の一部は、科学研究費補助金の特別研究員奨励費(課題番号:JP20J10512)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(課題番号:JPMJSP2114)、科研費基盤研究(B)(課題番号:JP17H03398, JP22H02161)、および東北大学-住友金属鉱山株式会社ビジョン共創型パートナーシップ(配分機関:住友金属鉱山株式会社)の支援のもとで行われました。なお、本論文は「東北大学 令和6年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)マグネシウム(Mg)・錫(Sn)化合物(Mg2Sn)単結晶
MgとSnがモル比2:1で化合した物質の単結晶を指す。
(注2)空孔欠陥、転位、格子欠陥
作製試料に含まれる点欠陥や線欠陥の一種。これらの総称が格子欠陥である。点欠陥として、原子が欠損する空孔欠陥がある。線欠陥として、特定の原子面の上方と下方で原子面の数が異なって余剰原子面が生じる転位(刃状転位)がある。
(注3)エネルギーハーベスティング
排熱などの身の周りの未利用エネルギーから電力を得る発電技術。
(注4)無次元性能指数zT
熱電性能の評価指標。zT = (ゼーベック係数)2×電気伝導率×絶対温度÷熱伝導率で求められる。ゼーベック係数は温度差1°Cあたりの起電力である。zTが高いほど熱電変換効率が高くなることから、熱電材料の開発では、ゼーベック係数と電気伝導率を高く、熱伝導率を低くすることが求められる。
(注5)化学的圧力
物質を構成する原子を大きさの異なる原子で部分置換すると、物質の格子定数が変化する。格子定数の変化は、物質に加わる圧力が増減したと見なせる。この圧力のことを化学的圧力と呼ぶ。
論文情報
(和訳:Mg2Sn単結晶の熱電特性の向上のためのドメイン制御による転位の導入)
著者: Zhicheng Huang, Kei Hayashi*, Wataru Saito, Hezhang Li, Jun Pei, Jinfeng Dong, Toshiaki Chiba, Xue Nan, Bo-Ping Zhang, Jing-Feng Li and Yuzuru Miyazaki
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 准教授 林 慶
掲載誌: Small Methods
DOI: 10.1002/smtd.202500385