キャビテーションでコーヒーかすを資源に変えることに成功
- 機能性成分と繊維素材を回収し、廃棄物を削減 -
2025/05/08
発表のポイント
- キャビテーション(注1)を活用して、コーヒー粉末から生理活性物質であるカフェ酸を抽出(図1)すると同時に、粉末をマイクロオーダーのセルロース繊維(図2)に解繊できることを実証しました。
- 粉砕処理を行わずに20重量%以上の高濃度のコーヒーかすを処理できることを実証しました。
- キャビテーション条件を最適化することで、処理に必要な消費電力を1/20に低減できることを示しました。
- 本研究は、食品廃棄物から有用物質を抽出しつつ、繊維質を微細化して工業用材料などに利用できる可能性を示しました。
概要
年間1,000万トン以上のコーヒー豆が生産され、世界中で広く消費されています。コーヒーの抽出後に大量に発生する「かす」には、抗がん剤などにも応用されるカフェ酸を含む有用物質が含まれていますが、産業的に採算の取れる抽出法が確立されておらず、その多くが産業廃棄物として廃棄されています。
東北大学大学院工学研究科の祖山均教授、廣森浩祐助教、北川尚美教授は、流動キャビテーション(注2)を用いて、コーヒー粉末からカフェ酸を抽出すると同時に、コーヒー豆の細胞壁を構成するセルロースをマイクロオーダーの繊維状に解繊できる(ほぐせる)ことを世界で初めて実証しました。
この手法は、今後、さまざまな食品廃棄物への応用が期待され、有用物質の抽出やバイオマスの高付加価値化に貢献できる可能性があります。
本成果は2025年4月25日(現地時間)に、超音波化学分野の専門誌Ultrasonics Sonochemistryに掲載されました。
研究の背景
世界中で親しまれているコーヒーは、年間1,000万トン以上のコーヒー豆が生産され、広く消費されています。コーヒー抽出後には大量のかすが発生しますが、その多くは産業廃棄物として処分されています。コーヒーかすには、抗がん剤などにも用いられるカフェ酸をはじめとした有用物質が含まれていますが、それらを抽出したとしても、大量の繊維質が産業廃棄物となるため、産業的に有用な処理方法は確立されていませんでした。
このような課題に対して着目したのが、キャビテーション現象の応用です。工場設備や機械の稼働時に発生する現象として知られるキャビテーションは、ポンプやバルブなどの内部で生じ、気泡が圧潰(あっかい)する際に金属をも変形させるほどの強い局所的な衝撃力を発生させるため、従来は機器への悪影響が懸念される現象とされてきました。しかし近年では、この現象を逆転の発想で捉え、圧潰時の物理的作用である衝撃力を金属表面の強度を高める機械的表面改質[1]に、また、同時に生じる化学的作用である高温・高圧場を化学プロセス[2]に活用する研究が進められています。なかでも、流動キャビテーションは、超音波により発生させるキャビテーションに比べて高いエネルギー効率をもつことが明らかになっています[2]。
本研究では、この流動キャビテーションの化学的作用によってコーヒー粉末からカフェ酸を効率的に抽出し、同時にその物理的作用により、コーヒー粉末に含まれる繊維質を工業材料などに利用できるようにマイクロオーダーのセルロース繊維へと解繊することで、産業廃棄物として廃棄されてきたコーヒーかすを有用な資源として活用する可能性を検討しました。
今回の取り組み
本研究では、ファインメカニクス専攻の祖山教授らが開発したベンチュリ管(注3)式流動キャビテーション発生装置、およびバルブ式流動キャビテーション発生装置を用い、コーヒー粉末を混合したエタノール水溶液に微細な気泡を発生・圧潰させることで、強い衝撃を与える処理を行いました。その後、化学工学専攻の廣森浩祐助教と北川尚美教授らが、処理後の水溶液中に含まれるカフェ酸濃度を評価しました。さらに、水溶液を凍結乾燥させた試料を走査型電子顕微鏡で観察し、セルロース繊維の構造を計測しました。なお、カフェ酸の抽出効率を正確に比較するため、本実験では未使用のコーヒー粉末を使用しました。また、抽出量は60体積%イソプロパノール水溶液、95°Cにおいてソックスレー法(注4)で抽出した場合と比較して、相対的抽出量として評価しました(図1)。キャビテーションの圧潰エネルギーを評価して、キャビテーションの条件ならびにエタノール濃度を最適化した上で、コーヒー粉末を処理し、流動キャビテーションで処理した場合(キャビテーション)と、ポンプなどで回流させるもののキャビテーションには曝さない場合(コントロール)を比較しました。
その結果、キャビテーション圧潰場の圧力の最適化によりキャビテーションの衝撃エネルギーを20倍に高めることができる、すなわち、同等の処理を1/20の消費電力で実施できることが明らかになりました。また、「キャビテーション」は「コントロール」よりも有意にカフェ酸を抽出できたことに加え(図1)、マイクロオーダーのセルロース繊維への解繊も確認されました(図2)。さらに、直径80 µm程度のセルロース粒子をベンチュリ管式流動キャビテーション発生装置で処理することで、セルロースナノファイバーへの展開も可能であることを実証しました(図3)。また、バルブ式流動キャビテーション発生装置でも処理に有用な渦キャビテーション(注5)が発生することが確認され(図4)、コーヒー粉末を粉砕・分級することなく20重量%以上の高濃度(エタノール水溶液に対するコーヒーかすの濃度)で処理し、マイクロオーダーのセルロース繊維に解繊できることを実証しました(図5)。
なお、本研究で開発したバルブ式流動キャビテーション発生装置は特許出願中です。
今後の展開
バルブ式流動キャビテーション発生装置により、処理に有用な渦キャビテーションを発生させられることがわかりました。バルブ式流動キャビテーション装置は、ベンチュリ管式と異なり、被加工物によって装置が閉塞されることがないため、高濃度で処理できます。今後は、この特性を活かして、さまざまなバイオマスや食品廃棄物への応用を進め、有用物質の抽出や繊維質の微細化による高付加価値化、工業材料としての展開が期待されます。
謝辞
本研究は、JSPS科研費JP22KK0050、JP23K25988、JST CREST(JPMJCR2335)の助成を受けたものです。
本論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けました。
用語説明
(注1)キャビテーション
液体が高速で流れる際に、圧力が低下して気体(泡)に相変化する現象。流速の低下により気体から液体に戻る気泡の圧潰時に衝撃力が発生する。
(注2)流動キャビテーション
流れ場で発生させるキャビテーション。流動キャビテーションに対して、超音波振動で発生させるキャビテーションを超音波キャビテーションという。流動キャビテーションのほうが超音波キャビテーションよりも20倍以上高効率で処理できるとの報告[1]がある。
(注3)ベンチュリ管
単管の一部を絞って流路断面積を小さくし、絞り部の流速を大きくして、圧力を減少させる管。本実験では、絞り部でキャビテーションが発生し、拡大部で圧力が回復するために、キャビテーションが圧潰する。
(注4)ソックスレー法
溶媒を加熱・冷却して循環させ、固体試料から目的成分を効率よく取り出す抽出法。
(注5)渦キャビテーション
従来、球状気泡に関して数多くの研究が行われてきたが、有用な気泡は細長い渦キャビテーションであることがわかっている[3]。液体の渦流中で多数の気泡が発生・集積する渦キャビテーションは、気泡同士が相互に干渉しながら圧潰するため、より大きな衝撃力を生じると考えられている。この渦キャビテーションは、微細な多数の球状気泡で構成されると考えられていたが、高速度X線イメージングにより比較的大きなカクカクした気泡で構成されていることが判明している[4]。
引用文献
- [1] A Critical Comparative Review of Cavitation Peening and Other Surface Peening Methods
Journal of Materials Processing Technology, 305, (2022), 117586
https://doi.org/10.1016/j.jmatprotec.2022.117586 - [2] Hydrodynamic Cavitation Reactor for Efficient Pretreatment of Lignocellulosic Biomass
Industrial & Engineering Chemistry Research, 55, (2016), 1866-1871
https://doi.org/10.1021/acs.iecr.5b04375 - [3] Luminescence Intensity of Vortex Cavitation in a Venturi Tube Changing with Cavitation Number
Ultrasonics Sonochemistry, 71, (2021), 105389
https://doi.org/10.1016/j.ultsonch.2020.105389 - [4] Revealing the Origins of Vortex Cavitation in a Venturi Tube by High Speed X-Ray Imaging
Ultrasonics Sonochemistry, 101, (2023), 106715
https://doi.org/10.1016/j.ultsonch.2023.106715
論文情報
著者: Hitoshi Soyama*, Kousuke Hiromori, Naomi Shibasaki-Kitakawa
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 教授 祖山 均
掲載誌: Ultrasonics Sonochemistry
DOI: 10.1016/j.ultsonch.2025.107370