温度が変化しても安定した信号を計測できる高分子薄膜を開発

2025/05/22

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科応用化学専攻 客員准教授 山本 俊介
研究者ウェブページ

発表のポイント

  • 有機電気化学トランジスタ(OECT)(注1)の高機能化に向けて、温度応答性高分子を導入したポリマーブレンド膜を開発しました。
  • 異なる性質を持つ2種類の高分子材料と架橋剤を適切に組み合わせることで、しなやかさ・導電性・計測能力を同時に満たすことができました。
  • 本成果は装着型・埋め込み型バイオセンサへの応用展開につながることが期待されます。

概要

日々の健康状態をより正確に把握する次世代バイオセンサとして、生体親和性に優れ、水中でも安定して動作する有機電気化学トランジスタ(OECT)が近年注目を集めています。

東北大学大学院工学研究科の金田一修平大学院生(研究当時)、山本俊介客員准教授(京都大学大学院工学研究科 准教授)、三ツ石方也教授らは、静岡大学工学部、米国ワシントン大学化学科と共同で、OECTの高機能化に取り組み、温度が変化しても安定して動作する素子の作製に成功しました。これは、従来用いられてきた導電性高分子(注2)に温度応答性高分子を混合し、さらに適切な架橋剤を用いることで、活性層の安定性を高めたことによる成果です。本研究は、温度以外の物理量や化学物質濃度の検出にも対応可能な高性能・高機能OECT素子の開発に向けた重要な設計指針となるものです。

本研究は、東北大学と米国ワシントン大学が推進する連携事業「University of Washington–Tohoku University: Academic Open Space(UW-TU:AOS)」を活用して実施されました。

本成果は2025年5月10日(ドイツ時間)に科学誌Smallでオンライン公開されました。


開発した薄膜(約2.5 cm角のガラス基板上に成膜し、水に浸漬。)

研究の背景

日々の健康状態をより正確に把握するため、微弱な生体電気信号やごく微量の化学物質を高精度かつ安定して検出できるバイオセンサの開発が求められています。なかでも、体表面に装着するウェアラブル機器や体内に埋め込むインプランタブル機器としての応用が期待される「有機電気化学トランジスタ(OECT)」が注目されています。OECTは水中で動作し、生体親和性に優れるうえ、プラスチック基板上に作製可能という特長を持ちます。一方で、従来のOECTに用いられてきた導電性高分子では、微弱な電気信号の検出は可能なものの、微量の化学物質や温度などの物理量の検出には限界がありました。これらの刺激に応答する機能を持たせるためには、追加の材料を組み込む必要がありますが、従来手法では製造プロセスの複雑化やOECT本来の性能や安定性の低下といった課題が残されていました。そのため、OECTの性能を維持したまま、簡便に高機能化を実現できる修飾手法の確立が強く求められています。

今回の取り組み

研究グループは、複数種類の高分子材料を混ぜ合わせる「ポリマーブレンド」に着目し、OECTの高機能化に向けた材料設計を行いました。特に、膜の安定性を高めるための適切な架橋剤の選定と、成膜過程で自発的に形成される膜構造の精密な評価に重点を置いて検討を進めました。

本研究では、OECTの機能性の一つとして「温度応答性」に着目し、従来の材料である導電性高分子のポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)・ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)に、温度応答性高分子のポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)を混合したポリマーブレンド膜を作製・評価しました。その結果、柔軟性を持つ架橋剤PEGDEを用いることで、温度変化に伴う膜の体積変化に柔軟に対応できることが明らかになりました。また、作製された膜は、表面と基板付近で異なる組成分布を持つ「二層膜」状の構造を自発的に形成しており、特に電気伝導を担うPEDOTが基板付近に豊富に分布していることが確認されました。この構造が、OECT素子としての基本性能の維持に寄与していると考えられます。さらに、この膜を用いて作製したOECT素子により温度応答性の試験を行ったところ、室温から体温付近にかけての温度領域で、可逆的な応答が得られることが確認されました。

今後の展開

本研究で得られた、ポリマーブレンドの活用と膜構造制御に関する知見は、温度応答性にとどまらず、化学物質やその他の物理量に応答するOECTセンサの設計にも応用可能な重要な指針となります。今後は、OECT素子に多様な機能性を付与する材料開発や設計手法の研究が進められるとともに、複数のセンサ素子を組み合わせた回路網の構築に向けた応用展開が期待されます。


図1. 本研究の成果を説明する概念図。(a)温度サイクル試験後の膜の顕微鏡写真。従来の架橋剤(左側)では膜が破壊されるのに対し、今回用いた架橋剤では破壊が見られない。(b)各種分析によって明らかになった膜構造の模式図。(c)作製したOECT素子の温度応答性試験の結果。

謝辞

本研究は、University of Washington–Tohoku University: Academic Open Space(UW-TU:AOS)、科研費基盤研究(B)JP21H01992、JP24K01542、公益財団法人天野工業技術研究所、公益財団法人立石科学技術振興財団、公益財団法人豊田理化学研究所の支援を受けました。

用語説明

(注1)有機電気化学トランジスタ(OECT)

電子とイオンの両方を輸送できる「混合伝導体」を活性層(チャネル)に用い、この層へイオンの注入・抽出によって電気伝導率を変化させる電子素子です。神経模倣素子としての応用に加え、生体計測用センサとしても盛んに研究が進められています。

(注2)導電性高分子

電気を流す性質を持つ高分子材料です。「プラスチック」として用いられる一般的な高分子(PET、ポリスチレン、ポリエチレンなど)は電気を流さない絶縁体ですが、導電性高分子は半導体や導体として機能します。

論文情報

タイトル: Organic Electrochemical Transistors Based on Blend Films with Thermoresponsive Polymer
著者: Shunsuke Yamamoto*, Shuhei Kindaichi, Ryosuke Matsubara, Atsushi Kubono, Rajiv Giridharagopal, David S. Ginger, Masaya Mitsuishi
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科応用化学専攻/京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻 山本 俊介
掲載誌: Small
DOI: 10.1002/smll.202501927

お問合せ先

< 研究に関すること >
京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻 准教授
(東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 客員准教授)
山本 俊介
TEL:075-383-2613
E-mail:syama@photo.polym.kyoto-u.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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