燃料を使わずトラクターミリ波ビームでロケットに推進力を与える実証実験に成功

- 地球と地球外惑星からのロケット打ち上げに期待 -

2025/06/03

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科航空宇宙工学専攻 准教授 高橋 聖幸
研究室ウェブサイト

発表のポイント

  • 前方から照射されたミリ波(注1)ビームに引き寄せられるように飛行する無燃料ロケットの推力生成実証に成功しました。
  • 「トラクターミリ波ビーム推進機」を開発し、機体ボディ前方に装着したフッ素樹脂ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製レンズによってビームを集光し、プラズマ(注2)を生成することに成功しました。
  • 地球からの打ち上げのみならず、軌道上衛星からのトラクターミリ波ビーム照射により推力を遠隔で供給し、火星など地球外惑星からのロケット打ち上げを実現できる可能性があります。

概要

ミリ波ビームをロケットに照射して無燃料で打ち上げる「マイクロ波(注3)ロケット」は、次世代の低コスト宇宙輸送システムとして注目されています。しかし、照射されたビームの射線上にプラズマが残留し、ビームを繰り返し照射した際に推力が低下するという課題がありました。

東北大学大学院工学研究科の高橋聖幸准教授と山田峻大大学院生(研究当時)、筑波大学 数理物質系 / プラズマ研究センターの南龍太郎准教授と假家強教授、東京都立大学大学院システムデザイン研究科の嶋村耕平准教授らは、独自に開発した「トラクターミリ波ビーム推進機」の推力生成実験を行い、ロケット前方からのミリ波ビームの照射により、ビーム源に引き寄せられるような推力を発生させることに世界で初めて成功しました。これにより、プラズマはロケット後方へと排気され、ビームの射線上には残留せず、繰り返しビーム照射時の推進性能が維持される可能性が示されました。この推進技術は、地球からの打ち上げのみならず、軌道上衛星からのトラクタービーム照射により火星など地球外惑星からの離脱ができる可能性があり、将来の宇宙ミッションに貢献することが期待されます。

本研究成果は、2025年5月20日付けの科学誌Scientific Reportsに掲載されました。

研究の背景

現在、宇宙にアクセスする手段は化学燃料を用いたロケットが主流ですが、この方式では大量の燃料が必要なため、打ち上げコストが非常に高額になります。打ち上げコストを削減し、宇宙利用を加速するための方法のひとつが「マイクロ波ロケット」です。これは、地上基地からマイクロ波の一種である高強度のミリ波ビームをロケットに照射し、燃料を使用せずに推力を生成する方式です。

円筒状のロケットノズル先頭には放物面ミラー(光を一点に集める曲面鏡)が取り付けられており、このミラーによってミリ波ビームが集光され、集光点付近の空気が高強度電場によって電離し、プラズマ(気体が電気を帯びた状態)を生成します。このプラズマは、ミリ秒程度のパルス幅(ビームを継続的に照射する時間)で照射されるミリ波ビームのエネルギーを吸収し、加熱されます。その熱は急速に周囲の空気に伝わり、衝撃波と呼ばれる高圧の波が発生し、この衝撃波がロケットノズルを押すことで推進力が生まれます。

プラズマはロケットノズル下流の出口から排気され、ロケットノズル内の空気が換気され、新鮮な空気に入れ替わります。この繰り返しにより、ミリ波ビームが照射されるたびに推進力が生成されます。

ロケット周囲の大気が燃料の役割を果たし、搭載燃料の削減につながり、打ち上げコストの大幅な低減が期待できます。過去の具体的な試算によると、低コストのマイクロ波ロケットの繰り返し打ち上げによって、最終的な打ち上げ費用が従来の1/4以下に削減できると期待されています[1]。

一方、実用化に向けた課題のひとつは、ミリ波ビームを繰り返し照射した際の推力低下です。ミリ波ビーム照射後にロケットノズル内部のプラズマが排気され、新鮮な空気と入れ替わることが理想ですが、実際にはプラズマが残留します。この残留プラズマがきっかけとなって電離過程が繰り返し誘発されることで、高密度なプラズマへと成長します。これがロケットノズル先頭付近で発生すれば高推力となりますが、実際にはノズル出口付近にもプラズマが残留し、かつビームはノズル出口から先頭に向かって投入されるため、新たな高密度プラズマの生成位置がノズル出口にシフトします。この過程が繰り返されると、いずれはプラズマ生成位置がノズル出口からはみ出し、推力生成が困難となります。したがって、プラズマを上手に排気し、プラズマがビーム射線上に溜まらないような機体設計が必要です。

今回の取り組み

従来の機体設計では、ミリ波ビーム投入口とプラズマ排気口は同一(ロケットノズル下流の出口)であり、照射されたビームライン上に必ずプラズマが残留してしまいます。東北大学の研究グループは過去に、ロケット前方からミリ波ビームを照射し、後方からプラズマ排気を行う新しい機体設計を考案しました。前方から照射されたビームに向かってロケットが飛行し、まるでSF映画に登場するトラクター(牽引)ビームのように、ビーム源にロケットが引き寄せられるため、提案した推進システムを「トラクターミリ波ビーム推進(Tractor Millimeter-wave Beam Propulsion:TMiP)」と呼んでいます。ビーム源に向かってロケットが加速されるに従って、プラズマがロケット後方へと高速で排気されるので、残留プラズマがビームの射線を遮らず、繰り返しビームを照射した際の推力低下が緩和されると期待されています。

TMiPの全体構想としては、宇宙の軌道上にビーム源を搭載した衛星を予め飛行させておき、そのビーム衛星に向かってロケットを引き寄せるようにして動作させます。これは、まるでUFOが物体を地上から引き上げる様子にも似ています。また、地球からのロケット打ち上げだけでなく、火星など地球外惑星の軌道上にビーム衛星を予め投入しておけば、惑星大気を燃料としてロケットを衛星軌道に引き寄せるようにして浮かせ、惑星から離脱させることが可能となります(図1)。現在の宇宙技術では地球外惑星からのロケット打ち上げは困難で、行ったきりの片道切符と考えられていますが、もしTMiPが実用化されれば、火星表面などから人類や物資をトラクタービームで回収し、地球へと送り返すような宇宙ミッションが現実のものとなるかもしれません。

さて、このような夢のあるTMiPに関して、研究グループでは数値シミュレーションを主として研究を進めてきましたが[2–7]、トラクタービーム源方向へ推力が生成できるのかは実証されていませんでした。今回、東北大学大学院工学研究科の高橋聖幸准教授と山田峻大大学院生(研究当時)、筑波大学 数理物質系 / プラズマ研究センターの南龍太郎准教授と假家強教授、東京都立大学大学院システムデザイン研究科の嶋村耕平准教授の研究グループは、TMiPの推力生成の実証実験を行いました。

実験で用いたTMiPの機体デザインにおいては、プラズマおよび推力生成のために工夫を凝らしました。円筒状のロケット本体の前方に、フッ素樹脂のポリテトラフルオロエチレン(PTFE; よく知られているものとしてテフロンTMがある)を材料としたビーム集光レンズを取り付けます(図2)。PTFEはミリ波ビームに対して高い透過性を持っており、ビームエネルギーの損失を抑えることができます。これによってロケット前方から照射されたトラクタービームを、ロケット本体の円筒ボディの内部で集光し、集光点付近の高電場強度によってプラズマを生成します。プラズマの熱が円筒ボディ内に充填された空気に伝達され高温ガスとなり、この高温ガスがビーム集光レンズをビーム源方向に向かって押すことで、推力が生成されるといった設計としました(図3)。またロケットが加速されると、ビーム集光レンズ脇に配置された吸気口から新鮮な空気が取り込まれるとともに、プラズマがロケット下流に排気され、次のビーム照射に向けて準備が整うといった流れとなっています。

このTMiPを研究グループで開発した振り子式推力測定装置に取り付け、筑波大学プラズマ研究センター所有の核融合用ジャイロトロンから28 GHz、210 kWのミリ波ビームを発振し、TMiP前方から照射して推力を測定しました。この際、推力の基本的特性を捉えるために、ビームを繰り返し発振するのではなく、単発のシングルパルス発振としました。このビーム照射によってレンズ集光点付近からのプラズマ生成に成功し、この様子をデジタルカメラにて捉えることができました(図4)。また加熱されたガスがビーム集光レンズを押すことで、ビーム源に向かってロケットを加速する推力が生成されることが実験的に確かめられ、TMiPの実証に成功しました。

続いてビームエネルギー、ビームのパルス幅、ビーム集光レンズの焦点距離を変化させ、プラズマ構造や推進効率(運動量結合係数という指標で評価される)がどのように変化するかを調べました。ビームエネルギーを大きくする、あるいはパルス幅を長くした場合、集光点付近で生成されたプラズマの前縁が、より長距離に渡ってビーム源方向に伝搬していくことが分かりました。このプラズマフロントがレンズに到達しても、なおビームを照射し続けた場合、レンズ脇に設置された吸気口よりプラズマが流出し、推進効率が低下することが分かりました。従って、推進効率を最大化するためには、プラズマフロントの伝搬距離がレンズの焦点距離を超えないような条件とすべきであると言えます。この条件は、プラズマフロントの伝搬距離をレンズの焦点距離で割った「無次元プラズマフロント伝搬距離」を用いて整理できます。すなわち、この指標が1を下回れば高い推進効率となり得ます。最後に、研究グループで開発したビーム伝搬および圧縮性流体シミュレーターを組み合わせ、より推進効率を高められる機体設計を模索しました。円筒ボディの直径を小さくすることで、ロケット内部の高圧ガスを狭いロケット体積内に封じ込めて高圧力を達成し、推進効率をより高められることが示されました。

今後の展開

本研究では、トラクターミリ波ビームによって駆動される無燃料ロケット「トラクターミリ波ビーム推進機」の推力生成の実証に成功しました。これにより、ミリ波ビームによるロケット打ち上げの実現に向けた重要な一歩を踏み出したと言えます。また、地球外惑星からのロケット打ち上げに対しても、その実現可能性を高められたと言えます。今回の取り組みでは、シングルパルス照射による推力生成のみでしたが、今後は、繰り返しパルスビームを用いた打ち上げ試験を行い、トラクターミリ波ビームによる打ち上げを実証する予定です。

謝辞

本研究はJSPS科研費JP24K07879の助成を受けて実施されました。また、本論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。

用語説明

(注1)ミリ波

波長1–10 mm(周波数30–300 GHz)の電波。短距離の無線通信、簡易無線、車両搭載レーダー、電波望遠鏡、天文観測装置などに使われている。情報伝送能力が高い、直進性が強く回折しにくい、悪天候や障害物に弱いといった特徴がある。

(注2)プラズマ

気体に高エネルギーが付与され、分子や原子が電離し、イオンと電子に分かれた状態。電磁場に反応しやすく、レーザー推進などのエネルギー伝達過程で重要な役割を果たす。

(注3)マイクロ波

波長1–10 cm、周波数3 GHz–30 GHzの電磁波。通信用電波としても広く利用されている。ビーム推進分野では、大まかな区分としてレーザー推進とマイクロ波ロケットに分けられており、マイクロ波ロケットの中にミリ波の波長帯を用いたものも含まれている。

参考文献

  • [1] M. Fukunari, A. Arnault, T. Yamaguchi, and K. Komurasaki, “Replacement of chemical rocket launchers by beamed energy propulsion,” Applied Optics, Vol. 53, pp. 16–22 (2014).
  • [2] M. Takahashi and N. Ohnishi, “Computational studies for plasma filamentation by magnetic field in atmospheric microwave discharge,” Applied Physical Letters, Vol. 105, 223504 (2015).
  • [3] M. Takahashi and N. Ohnishi, “Plasma filamentation and shock wave enhancement in microwave rockets by combining low-frequency microwaves with external magnetic field,” Journal of Applied Physics, Vol. 120, 063303 (2016).
  • [4] M. Takahashi, Y. Kageyama, and N. Ohnishi, “Joule-heating-supported plasma filamentation and branching during subcritical microwave irradiation,” AIP Advances, Vol. 7, 055206 (2017).
  • [5] M. Takahashi, “Coupling simulation on two-dimensional axisymmetric beaming propulsion system,” Journal of Physics: Conference Series, Vol. 2207, 012047 (2022).
  • [6] M. Takahashi, “Microwave-driven in-tube accelerator,” Journal of Propulsion and Power (under review).
  • [7] S. Suzuki and M. Takahashi, “Numerical simulation of electromagnetic-wave interference induced by ionization-front of millimeter-wave discharge at subcritical conditions and application to discharge structure identification,” Journal of Applied Physics, Vol. 136, 153301 (2024).

論文情報

タイトル: Experimental demonstration of tractor millimeter wave beam propulsion
著者: Masayuki Takahashi*, Toshiki Yamada, Ryutaro Minami, Tsuyoshi Kariya, and Kohei Shimamura
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 准教授 高橋 聖幸
掲載誌: Scientific Report, Vol. 15, 17544 (2025).
DOI: 10.1038/s41598-025-02791-5

図1. トラクタービームによるロケット打ち上げの概念図。予めビームを搭載した衛星を軌道上に飛行させ、トラクタービームによってロケットを牽引する。

図2. 提案したトラクターミリ波ビーム推進機。

図3. 開発機体の写真。円筒状メインボディの前面にテフロンレンズを装着し、ロケット前方から照射されたビームをメインボディ内部で集光する設計となっている。

図4. トラクターミリ波ビーム推進機におけるビーム照射実験とプラズマの様子。プラズマはレンズの集光点付近で生成され、ビーム源方向に向かって伝搬していく。単位はミリ秒です。パルス幅が長いとプラズマフロントがレンズに到達し、それでもなおビーム照射を継続すると、レンズ脇の吸気口からロケット外部へと流出し、推進効率が低下することが分かった。高い推進効率を達成するためには、プラズマフロントの伝搬距離はレンズの焦点距離を超えないよう、設計する必要がある。

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻 准教授 高橋 聖幸
TEL:022-795-3864
E-mail:masayuki.takahashi.c8@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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