チューブ内でロケットにねじれた光ビームを照射して加速に成功
- ロケット費用削減や宇宙エレベーターへの活用に期待 -
2025/07/10
研究室ウェブサイト
発表のポイント
概要
ミリ波ビームをロケットに照射して無燃料で打ち上げる「マイクロ波(注4)ロケット」は、次世代の低コスト宇宙輸送手段として注目されています。しかし、姿勢制御の困難さや、ビームの発散、大気密度の低下、さらにはビームを繰り返し照射した際の推力低下などの課題がありました。
東北大学大学院工学研究科の高橋聖幸准教授と山田峻大大学院生(研究当時)、筑波大学 数理物質系 / プラズマ研究センターの南龍太郎准教授と假家強教授、東京都立大学大学院システムデザイン研究科の嶋村耕平准教授らは、独自に開発した「マイクロ波駆動管内加速器」による推力生成実験を行いました。螺旋位相板を用いてミリ波ビームを光渦ビームへ変換し、機体後方にプラズマを生成することで、チューブ内でロケットを加速させることに世界で初めて成功しました。この結果、姿勢制御の不要化、ビーム発散回避、大気密度低下や繰り返しビーム照射時の推力低下の抑制といった課題を克服できる可能性が示されました。
本技術は、地球からの打ち上げのみならず、月など大気のない環境でのロケット打ち上げや、宇宙エレベーターの昇降機への応用も期待されており、将来の宇宙ミッションに資するものと考えられます。
本研究成果は、2025年7月8日(日本時間)付けで科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
研究の背景
宇宙輸送の主流である化学燃料ロケットは、大量の燃料と高価な燃焼用エンジンを必要とするため、打ち上げコストが高額になります。こうした課題を解決する手段として注目されているのが「マイクロ波ロケット」です。高橋准教授らのグループは、これまでマイクロ波ロケットに関する研究を重ねており、2025年6月には「燃料を使わずトラクターミリ波ビームでロケットに推進力を与える実証実験に成功」を発表しました[1]。
しかし一方で、マイクロ波ロケットの実用化には、①姿勢制御の難しさ、②ビームの発散、③繰り返し照射による推力低下、④高高度での大気希薄化による推力低下といった課題があると考えています。
今回の取り組み
これらの課題を解決するために、東北大学の研究グループは、マイクロ波ロケットをチューブ内で加速させるという新たな方式「マイクロ波駆動管内加速器(Microwave-driven In-tube Accelerator: MITA)」を提案しました[2, 3](図1)。MITAでは、前述の①~④の各課題の対策として、①ロケットをチューブに入れることで軌道逸脱を防止、②チューブを導波管(注5)として利用し、ビームを閉じ込めて伝送、③ビームを前方から照射する「トラクター方式」により回避、④チューブ内に気体を封入することで安定したプラズマ生成を実現の4つの工夫をしています。
MITAの推力生成について、これまで東北大学の研究グループは、数値シミュレーションを主として研究を進めてきました [2, 3]。今回、筑波大学、東京都立大学と共同で初の実証実験を行いました。
使用されたMITA機体モデルは、電磁波伝搬・プラズマ移流拡散・衝撃波伝搬の3つの物理過程を連成解析できる独自の数値計算コードをもとに設計しました[2–7]。機体はコーン型で、前方から照射されたミリ波ビームが機体前部の曲面ミラーとチューブ内壁により反射されて後方に集光され、その集光点でプラズマと衝撃波を生成して推進力を得る設計です。この集光点でプラズマと衝撃波を生成し、機体をビーム源方向に推進させる設計です。曲面ミラーの設計は、レーザー推進の先行研究を参考にしています[8]。
チューブと機体は3Dプリンタにより製作した樹脂製で、反射性を高めるために内面にアルミテープを貼付しました。MITAは、研究グループが開発した振り子式の推力測定装置に取り付け、筑波大学プラズマ研究センターの核融合用ジャイロトロンから発振された28 GHz、210 kWのミリ波ビームを前方から照射して推力を測定しました。このビームは軸対称のガウス分布(正規分布)を表し、軸中心で最も高いエネルギー密度を有する特性があります。今回は、推力の基本特性を評価するため、ビームは単発(シングルパルス)で照射しました。
初回の実験では、数値シミュレーションでは予測されなかった現象が発生し、失敗に終わりました。具体的には、機体前方のコーン型先端でビーム電場が局所的に強まる「電界集中」が生じ、機体前方でプラズマが生成されたことで、逆方向の推力が発生したためです(図2)。研究グループは、この原因を、ガウス分布によりビーム軸上に高いエネルギー密度が集中したためと考えました。そこで、機体軸上のエネルギー密度を下げるため、ビームの空間分布をドーナツ状に変換する手法を検討し、螺旋位相板を機体前部に組み込むこととしました。
螺旋位相板は、方位角方向に段差を持つ光学素子で、ビームに螺旋状の位相変化を与えることで、光渦ビームと呼ばれるドーナツ状のビームに変換することができます[9]。本実験に用いた螺旋位相板は、電磁波伝搬解析に基づき、時間平均的にドーナツ状のエネルギー分布が得られるよう設計し、材料にはビーム透過性に優れたフッ素樹脂のポリテトラフルオロエチレン(PTFE; よく知られている商品にテフロンTMがある)を用いて製作しました(図3)。
再実験を行ったところ、ミリ波帯の光渦ビームによってプラズマが生成できることが世界で初めて示されました。また機体設計の改良により、機体前方でのプラズマ生成が抑制され、機体後方での安定したプラズマ生成に成功しました。これにより、ロケットがチューブの中でビーム源方向に向かって加速され、MITAによる推力生成の原理が世界で初めて実証されました(図4)。
今後の展開
本研究により、マイクロ波駆動管内加速器(MITA)の推力生成を世界で初めて実証することができました。また、独自に製作した螺旋位相板によってミリ波ビームを光渦ビームに変換し、ミリ波帯の光渦によってプラズマを生成できることが世界で初めて示されました。機体後方での効率的なプラズマ生成を可能にしたことで、ビーム推進ロケット打ち上げの実現に向けた重要な一歩を踏み出したと言えます。
今回の取り組みでは、シングルパルス照射に限定していましたが、今後は繰り返しパルスビームを用いた照射試験を実施し、連続的な推力生成や加速性能の検証を進めていく予定です。また、今回の実験ではチューブ内気体として大気圧の空気を用いましたが、将来的には気体の種類や圧力条件を変え、プラズマ構造や推進性能への影響を体系的に評価していく計画です。
さらにMITAは、単独での推進に加えて、チューブ内での初期加速後にチューブを離脱し、従来のビーム推進と組み合わせるハイブリッド方式への応用も想定されています(図5)。これにより、初期段階での高推力と中・高高度での柔軟な加速の両立が可能となり、より実用的な宇宙輸送手段としての展開が期待されます。
将来的には、宇宙エレベーターの昇降機としての利用、月面など大気のない環境での打ち上げも検討しています。また、宇宙利用にとどまらず、減圧チューブ内での高速移動体駆動など、地上での輸送技術への応用も視野に入れており、多様な分野での展開が見込まれます。
謝辞
本研究はJSPS科研費JP24K07879の助成を受けて実施されました。また、本論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
用語説明
(注1)ミリ波
波長1–10 mm(周波数30–300 GHz)の電波。短距離の無線通信、簡易無線、車両搭載レーダー、電波望遠鏡、天文観測装置などに使われている。情報伝送能力が高い、直進性が強く回折しにくい、悪天候や障害物に弱いといった特徴がある。
(注2)光渦
光の波は3次元的に広がりながら進むため、周期内で同じ位相である点を結ぶと波面と呼ぶ面が形成される。位相がそろった電磁波の場合、波面は平行に同じ間隔で並ぶ。これに対して波面がらせん状にねじれた光が光渦(ひかりうず)。進行方向から強度分布を測定するとドーナツ状に見える。
(注3)プラズマ
気体に高エネルギーが付与され、分子や原子が電離し、イオンと電子に分かれた状態。電磁場に反応しやすく、レーザー推進などのエネルギー伝達過程で重要な役割を果たす。
(注4)マイクロ波
波長1–10 cm、周波数3–30 GHzの電磁波。通信用電波としても広く利用されている。ビーム推進分野では、大まかな区分としてレーザー推進とマイクロ波ロケットに分けられており、マイクロ波ロケットの中にミリ波の波長帯を用いたものも含まれている。
(注5)導波管
電磁ビームを効率良く長距離伝送させるために特別設計された金属管で、金属壁によってビームの発散が抑制される。MITAへの活用においては、ビーム伝送効率や機体サイズ等について制約が生じる場合があり、条件によっては通常の金属チューブや樹脂、複合材に変更することも可能と考える。
参考文献
- [1] M. Takahashi, T. Yamada, R. Minami, T. Kariya, and K. Shimamura, “Experimental demonstration of tractor millimeter wave beam propulsion,” Scientific Reports, Vol. 15, 17544 (2025). 2025年6月3日 東北大学プレスリリース
- [2] M. Takahashi, “Coupling simulation on two-dimensional axisymmetric beaming propulsion system,” Journal of Physics: Conference Series, Vol. 2207, 012047 (2022).
- [3] M. Takahashi, “Microwave-driven in-tube accelerator,” Journal of Propulsion and Power (accepted).
- [4] M. Takahashi and N. Ohnishi, “Computational studies for plasma filamentation by magnetic field in atmospheric microwave discharge,” Applied Physical Letters, Vol. 105, 223504 (2015).
- [5] M. Takahashi and N. Ohnishi, “Plasma filamentation and shock wave enhancement in microwave rockets by combining low-frequency microwaves with external magnetic field,” Journal of Applied Physics, Vol. 120, 063303 (2016).
- [6] M. Takahashi, Y. Kageyama, and N. Ohnishi, “Joule-heating-supported plasma filamentation and branching during subcritical microwave irradiation,” AIP Advances, Vol. 7, 055206 (2017).
- [7] S. Suzuki and M. Takahashi, “Numerical simulation of electromagnetic-wave interference induced by ionization-front of millimeter-wave discharge at subcritical conditions and application to discharge structure identification,” Journal of Applied Physics, Vol. 136, 153301 (2024).
- [8] A. Sasoh, “Laser-driven in-tube accelerator,” Review of Scientific Instruments, Vol. 72, pp. 1893–1898 (2001).
- [9] S. Moon, D. Yu, and E. M. Choi, “High-power millimeter-wave orbital angular momentum mode identification using double slit interference,” IEEE Transactions on Plasma Science, Vol. 52, pp. 1104–1109 (2024).
論文情報
著者: Masayuki Takahashi*, Toshiki Yamada, Ryutaro Minami, Tsuyoshi Kariya, and Kohei Shimamura
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 准教授 高橋 聖幸
掲載誌: Scientific Reports, Vol. 15, 24274 (2025).
DOI: 10.1038/s41598-025-08430-3

図1. マイクロ波駆動管内加速器によるロケット打ち上げの概念図。機体前方からのミリ波ビーム照射により、チューブの中で機体を加速する。機体運動が軸方向のみに制限されるため、ビーム軸からの逸脱を避けられる。またチューブの中に気体を充填しておくことで、外気の影響を受けずに安定的に推力を生成できる。チューブはビーム伝送効率を鑑みて導波管が第一選択だが、条件によっては通常の金属チューブ、あるいは樹脂や複合材に置き換えることも考えられる。

図2. 螺旋位相板を用いない初期モデルで、原理実証に失敗した。コーン型のセンターボディ(機体)後方だけでなく、機体先端からもプラズマが生じている。機体先端で比較的強い衝撃波が駆動され、想定した推進方向とは逆向きの力が生成された。(視認性向上のため、チューブ、センターボディの輪郭を白線で補足)

図3. 螺旋位相板を組み込んだ改良型ロケットモデル。チューブやセンターボディ(加速機体)は3Dプリンタで樹脂を用いて製作し、表面にアルミテープを貼り付けてミリ波ビームを反射する設計とした。螺旋位相板はPTFE製で独自製作し、センターボディの前方に組み込んだ。螺旋位相板によりガウシアンビームをドーナツ状ビームへと変換できる。

図4. 螺旋位相板を用いたロケットモデルのビーム照射実験の様子。青い光がプラズマの発光を表している。螺旋位相板をコーン型機体の前方に配置することで、ガウシアンビームをドーナツ状ビームへと変換し、コーン型機体先端でのプラズマ発生を回避できた。機体背後のみでのプラズマおよび衝撃波駆動に成功し、チューブ内でビームに引っ張られるようにして飛行するマイクロ波駆動管内加速器の原理実証に成功した。(視認性向上のため、チューブ、センターボディ、螺旋位相版の輪郭を白線で補足)
お問合せ先
東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻 准教授 高橋 聖幸
TEL:022-795-3864
E-mail:masayuki.takahashi.c8@tohoku.ac.jp