-200℃の低温でも動作するアクチュエータ用の形状記憶合金を開発

- 宇宙機器や水素利用分野における動作制御の高性能化に期待 -

2025/07/17

【工学研究科研究者情報】
大学院工学研究科 金属フロンティア工学専攻 教授 大森 俊洋
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発表のポイント

  • 従来の限界だった-100℃を下回る-200℃の低温でも形状記憶効果(注1)を示す銅系形状記憶合金を開発しました。この性質を利用することで、低温で動作するアクチュエータ(注2)を実現できます。
  • 開発した形状記憶合金をアクチュエータとして用いた機械式ヒートスイッチ(注3)を試作し、-170℃で動作することを実証しました。
  • 低温域で大きな仕事量(注4)が得られるアクチュエータが実現可能となり、宇宙機器などでの利用が期待されます。

概要

電気や熱を機械的エネルギーに変換するアクチュエータには、用途に応じてさまざまな機構や材料があります。特に、宇宙機器や水素利用などの分野では、-100℃以下の低温でも正確に動作し、高出力を発揮できるアクチュエータ用材料が求められています。しかし、これまで実用的な材料はありませんでした。

このたび、東北大学大学院工学研究科の大森俊洋教授らは、銅、アルミニウム、マンガンを主成分とする合金が-200℃でも形状記憶効果を示すことを発見し、さらに、この合金をアクチュエータとして組み込んだ機械式ヒートスイッチが-170℃で動作することを確認しました。低温下での高性能アクチュエータの実用化が期待されます。

本研究は、東北大学大学院工学研究科の佐藤駿介大学院生(当時)、大森俊洋教授、貝沼亮介教授、許皛准教授、同大学学際科学フロンティア研究所の許勝助教、岩手大学理工学部の戸部裕史准教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の澤田健一郎主任研究開発員と佐藤英一教授、国立天文台先端技術センターの東谷千比呂研究技師、東京都市大学総合研究所の中川貴雄特任教授、京都大学大学院工学研究科の荒木慶一教授の共同研究により実施されました。

本研究成果は、2025年7月16日18時(日本時間)に科学誌Communications Engineeringに掲載されました。

研究の背景

アクチュエータは電気や磁気などのエネルギーを機械的エネルギーに変換する装置で、物体の駆動や位置の制御に用いられ、さまざまな工業製品に活用されています。数あるアクチュエータ用材料の中でも、形状記憶合金は形状記憶効果を利用して熱によって動作し、材料自体がエネルギー変換の役割を果たすため、デバイスの構造を単純化することができる利点があります。さらに、他のアクチュエータ用材料と比べて高いエネルギー変換効率を持つという点も特徴です。しかし、従来の形状記憶合金(注5)は-20℃以下の低温では作動が難しく、特に-100℃以下の低温域で大きな仕事量を発揮できるアクチュエータ用材料は存在していませんでした。

今回の取り組み

本研究では、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)を主成分とするCu-Al-Mn合金に着目し、Alを17原子%、Mnを13-14原子%程度含む合金が-100℃以下でも形状記憶効果が得られ、低温アクチュエータとして利用可能であることがわかりました。

図1は、ニッケル(Ni)を加えたCu-16.9Al-13.4Mn-3.1Ni(原子%)合金板に引張り応力を与えた状態で冷却・加熱した際の歪み(ひずみ)の変化を示しています。冷却により伸長し、加熱により収縮する形状記憶効果が得られています。本実験で形状記憶効果が得られた最も低い温度は-200℃でした。このような低温域で形状記憶効果が得られたのは世界初です。


図1. 一定応力下で冷却・加熱中のCu-Al-Mn-Ni形状記憶合金の歪みの変化。

図2は、温度と発生仕事量の関係を示しています。本研究では、従来は不可能だった-100℃以下の低温でも形状記憶合金による仕事が得られ、ピエゾセラミックスや磁歪材料などの従来のアクチュエータ用材料と比べて大きな仕事量が得られることが明らかになりました。


図2. 温度と発生仕事量の関係。Cu-Al-Mn合金は、従来の材料では実現できなかった-100℃以下の低温域での大きな仕事量を発生させることができる。

さらに、Cu-Al-Mn合金を用いた機械式ヒートスイッチのプロトタイプを製作しました(図3(a))。固定された上板をわずかに加熱し、下部の駆動部を冷却すると、駆動部に取り付けられたCu-Al-Mn合金が形状記憶効果により伸長し、上板に接触します。これにより、上板は駆動部を通じて冷却されます。次に駆動部の冷却を停止して温度が上昇すると、Cu-Al-Mn合金は元の形に戻ろうとして収縮し、上板との間に隙間が生じます。その結果、上板から駆動部への熱伝導が妨げられ、図3(b)に示すように、約-170℃以上では上部の温度が急劇に上昇する一方で、下部は緩やかな昇温を保っています。


図3. (a) 試作した機械式ヒートスイッチの外観。(b) 上板を加熱したときのT1~T4における温度変化。

このように、Cu-Al-Mn合金は低温域でも温度変化によりアクチュエータとして作動し、上下部の接触・非接触を制御して熱伝導のON/OFFを切り替えることができることを実証しました。

今後の展開

宇宙科学分野では、信頼性の高い低温技術が求められます。たとえば、宇宙望遠鏡の冷却機構では、故障した冷凍機を非接触化し、冷却ステージへの侵入熱を遮断する機構として、本技術の応用が期待されます。本技術を用いた機械式ヒートスイッチは機構が単純で小型軽量化にも適しており、かつ高精度であるため、宇宙科学ミッションを支える重要な技術になると考えられます。

また、水素の輸送・貯蔵など、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みにおいても、低温アクチュエータの需要は高まっていくと予想されます。

今回開発したCu-Al-Mn低温形状記憶合金は、未踏の低温域で高い仕事量を発揮する新しいアクチュエータ用材料であり、宇宙科学の発展や低炭素社会の実現に貢献する革新的な技術です。

謝辞

本研究は、JSPS科研費(JP21K18179、JP23K23070、JP23H05441、JP23K17695)、JAXA宇宙探査イノベーションハブの助成を受けたものです。

用語説明

(注1)形状記憶効果

変形した材料を加熱すると元の形状に戻る性質。この性質を持つ金属材料が形状記憶合金。

(注2)アクチュエータ

電気や磁気などのエネルギーを機械的エネルギーに変換する装置。

(注3)機械式ヒートスイッチ

物理的な接触・非接触により断熱状態と熱伝導状態を切り替えるデバイス。

(注4)仕事量

応力と歪の積が単位体積あたりの仕事。ここでは、アクチュエータの出力できるエネルギー密度に対応する。

(注5)従来の形状記憶合金

市場のほとんどを占める実用形状記憶合金はチタン(Ti)とニッケル(Ni)からなるTi-Ni合金。

論文情報

タイトル: Shape memory alloys for cryogenic actuators
著者: Shunsuke Sato, Hirobumi Tobe, Kenichiro Sawada, Chihiro Tokoku, Takao Nakagawa, Eiichi Sato, Yoshikazu Araki, Sheng Xu, Xiao Xu, Toshihiro Omori*, Ryosuke Kainuma
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 教授 大森 俊洋
掲載誌: Communications Engineering
DOI: 10.1038/s44172-025-00464-9

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科金属フロンティア工学専攻 教授 大森 俊洋
TEL:022-795-7322
E-mail:omori@material.tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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