スパコンと顕微鏡で磁石の"つながりの強さ"を測ることに成功

- 次世代デバイスに向けた磁性ガーネットの 新しい材料評価技術を確立 -

2025/09/11

発表のポイント

  • 顕微鏡観察とコンピュータシミュレーションを組み合わせた簡便な新手法を使い、巨大な磁気光学効果を示す磁性ガーネット薄膜が磁石になろうとする強さを表す交換スティフネス定数(注1)を精密に決定することに成功しました。
  • 本技術により、次世代低消費電力デバイスとして期待されるスピントロニクス(注2)マグノニクス(注3)デバイスの効率的な材料評価と設計指針の確立が期待されます。

概要

磁性材料において、隣接する磁気モーメント間の結合強度を表す「交換スティフネス定数」は、磁区(注4)構造や磁気応答特性を決定する最も重要な物性値の一つです。この値の正確な測定は、磁気記録デバイスやスピントロニクス素子の設計において必要不可欠ですが、従来の測定法には装置の高コスト化や試料の損傷といった課題がありました。

東北大学、豊橋技術科学大学、信越化学工業株式会社、トルコ・コチ大学による国際共同研究グループは、大規模3次元マイクロ磁気シミュレーション(注5)と偏光顕微鏡観察を組み合わせた磁性材料の新しい評価手法を開発しました。セリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)(注6)薄膜を用いた実証実験において、観察された磁区周期とシミュレーション結果を照合することで、交換スティフネス定数を3.8~4.4 pJ/mの範囲で精密に同定しました。この値は既報の実験値と良好に一致し、手法の有効性を確認しました。さらにシミュレーションにより、磁性ガーネット膜中には複合型磁壁(注4)構造(ネール・ブロッホ混合壁)が存在していることを明らかにし、磁性体薄膜における磁壁物理の新たな理解をもたらしました。本技術は材料を損傷することなく基本的な装置のみで測定が可能であり、実用化により次世代磁気デバイスの効率的な材料スクリーニングと最適設計の実現が期待されます。

本成果は9月9日(現地時間)、応用物理分野の国際専門誌Applied Physics Lettersに注目論文のFeatured Articleとして掲載されました。

研究の背景

現代社会を支える磁気デバイス技術において、磁性材料の基本物性の正確な把握は極めて重要です。特に「交換スティフネス定数」は、磁気モーメント間の量子力学的相互作用の強さを表すパラメータであり、磁区構造、磁壁幅、スピン波伝播特性などを決定する基本量です。

しかし、従来の測定法には課題がありました。磁壁幅直接観察法ではナノメートル(nm:1 nm = 10億分の1 m)級の磁壁幅の精密測定が困難であり、スピン軌道トルク法ではリソグラフィによる試料加工が必要で材料を損傷してしまいます。また、垂直定在スピン波法では厚膜試料で10テスラ以上の強磁場が必要となり、ブリルアン散乱法では大型な光学装置が必要でした。

今回の取り組み

本研究では、これらの課題を解決する非破壊で簡便な新評価手法を開発しました。まず、129 nm厚のセリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)単結晶薄膜をイオンビームスパッタ法で作製しました。この薄膜は垂直磁気異方性を示し、明瞭な磁区構造を形成します。飽和磁化は135 kA/m、磁気異方性定数は1.49×104 J/m3という特性を持ちます。

次に、富士通の磁界シミュレータ「EXAMAG」を用いた大規模3次元マイクロ磁気シミュレーションを実行しました。モデルサイズは5 µm × 5 µm、セルサイズは10 nmとし、東北大学のスーパーコンピューター「AOBA-B」(128コア)および理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」(144コア)による並列計算を行いました。総セル数は約2,500万セルという大規模計算となりました。

評価手法としては、偏光顕微鏡で観察した磁区半周期(352±18 nm)とシミュレーション結果を照合する方法を開発しました。シミュレーションで交換スティフネス定数を2~8 pJ/mの範囲で変化させ、実験値と最も良く一致する値(3.8~4.4 pJ/m)を決定しました。

主要な発見

決定された交換スティフネス定数(3.8~4.4 pJ/m)は、既報のYIG系材料の値(3.7±0.4 pJ/m)と良好に一致し、手法の妥当性を確認しました。さらに、シミュレーションにより、従来の純粋な磁壁であるネール壁やブロッホ壁(注4)とは異なる混合型磁壁構造の存在を明らかにしました。これは実験的観察や従来の2次元理論モデルでは検出困難な新知見です。また、計算で磁化曲線を導き出すKooy-Enz理論と実験値が良好に一致し、シミュレーション手法の信頼性を実証しました。


図1. 磁気ドメインの計算を行い、ドメイン半周期が等しくなるときを探すことで交換スティフネス定数を特定できることを示した。

図2. 顕微鏡で観察した磁気ドメイン像(白黒)と計算機上で再現した磁気ドメイン像(カラー)。実験を計算で再現できていることが分かる。

図3. 磁性ガーネットの断面磁気状態のシミュレーション結果。実験では観察が難しい磁性ガーネットの磁壁(磁気ドメインの境界)における膜厚方向の磁気モーメントの状態を計算したところ、面内と垂直の両方向に磁気モーメントが回転する混合型磁壁構造をもっていることが計算で示された。

今後の展開

今後は様々な磁性材料への適用拡大による材料スクリーニングへの応用、磁壁利用デバイス・マグノニクスデバイスの最適化に向けたデバイス設計指針の確立を目指します。さらに、より大規模シミュレーションと短波長光源の活用による高精度化の追求、産業応用に向けた測定プロセスの標準化による自動化システムの構築を進める予定です。

本技術は、次世代磁気デバイスの研究開発において、効率的な材料評価と設計最適化を可能にする重要な基盤技術となることが期待されます。

謝辞

今回の研究は、東北大学電気通信研究所、同大学大学院工学研究科、豊橋技術科学大学、信越化学工業株式会社、トルコ・コチ大学が共同で実施しました。また本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:23H01439、23K17758)、JSPS二国間共同研究事業(JPJSBP120249401)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業、公益財団法人天田財団、文部科学省世界で活躍できる研究者戦略育成事業「学際融合グローバル研究者育成東北イニシアティブ(TI-FRIS)」、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2114)、豊橋技術科学大学、東北大学各種研究施設、理化学研究所計算科学研究センターHPCI(課題番号:hp240340)の支援を受けて行われました。

用語説明

(注1)交換スティフネス定数

磁性材料内で隣り合う原子の磁気モーメント同士がどの程度強く結びついているかを数値化した物理量。交換結合定数とも呼ばれる。この値によって、磁性体内部の磁区パターンや磁壁の厚み、スピン波の伝わり方などの基本特性が決まる重要な材料パラメータ。測定単位はpJ/m(ピコジュール毎メートル)で表される。

(注2)スピントロニクス

電子が持つ電荷の性質だけでなく、電子のスピン(磁気的性質)も活用してデバイスの機能を実現する新しい電子技術分野。従来の半導体技術を超えた低消費電力・高機能デバイスの創出を目指している。

(注3)マグノニクス

磁性材料中のスピン波(マグノン)を情報伝達に利用する新技術分野。磁気波の持つ波動特性や干渉現象を活用し、従来の電子デバイスでは実現困難な超低消費電力での情報処理技術の確立を目指す研究領域。

(注4)磁区磁壁

磁性材料において磁化の向きが同じ方向に揃った領域を磁区と呼び、異なる磁区同士の境界部分が磁壁となる。磁壁は磁化の回転様式により、薄膜面内で回転するネール壁と面に垂直方向に回転するブロッホ壁に分類され、今回の研究では両者が混在する新しいタイプの磁壁構造を確認した。

(注5)マイクロ磁気シミュレーション

磁性体内の磁化分布とその時間発展を数値計算で予測する手法。交換相互作用、磁気異方性、静磁相互作用などを考慮して磁気構造を計算。

(注6)セリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)

Ce0.9Y2.1Fe5O12の化学組成を持つ磁性ガーネット。薄膜面に垂直な垂直磁気異方性と優れた磁気光学効果を併せ持ち、光通信用アイソレータやスピントロニクス素子などへの実用化が検討されている磁性ガーネット材料。

論文情報

タイトル:Evaluation of Exchange Stiffness Constant in Iron Garnet Film using Micromagnetic Simulation
著者: Takumi Koguchi, Toshiaki Watanabe, Hibiki Miyashita, Kazushi Ishiyama, Yuichi Nakamura, Mitsuteru Inoue, Mehmet C. Onbasli, Taichi Goto*
*責任著者: 東北大学電気通信研究所 准教授 後藤太一
掲載誌: Applied Physics Letters(Featured Articleに選出)
DOI: 10.1063/5.0283742
※ 著者のうち、Takumi Koguchi(高口 拓己)氏、Hibiki Miyashita(宮下 響)氏は大学院工学研究科に在籍

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 電気通信研究所 准教授 後藤 太一
TEL:022-217-5489
E-mail:taichi.goto.a6@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学電気通信研究所 総務係
TEL:022-217-5420
E-mail:riec-somu@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
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