ひずみで強く光る鉛フリー新材料の発光メカニズムを解明
- インフラの老朽化をモニタリングするセンサなどの開発指針に -
2025/09/16
発表のポイント
- 有害な鉛を含まず機械的な応力で光る新しいセラミックス材料が、特定の組成で発光が著しく増強される仕組みを原子レベルで初めて解明しました。
- 本成果は、インフラの劣化診断センサや自己発電型デバイスなどに応用される高性能な機能性材料の、新たな開発指針を示すものです。
概要
橋梁やビルなど長年の使用で劣化したインフラが壊れる事故が各地で起きています。人手をできるだけ使わずに事故を未然に防ぐ手段として、機械的な力が加わると発光する応力発光(メカノルミネッセンス:ML)(注1)センサで安全管理するシステムの開発が進められています。
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの二宮翔助教と西堀麻衣子教授、同大学大学院工学研究科の徐超男教授の共同研究グループは、特定の組成でML強度が異常に増強される鉛フリーの新しい多機能材料であるプラセオジム添加ニオブ酸リチウムナトリウム(Li1–xNaxNbO3:Pr)に着目し、これまで謎だった強い発光のメカニズムを原子レベルで初めて解明しました。
大型放射光施設(注2)を用いて精密な分析を行った結果、材料の結晶構造が変化する境界領域(モルフォトロピック相境界:MPB(注3))に生じる原子配列の特殊なゆがみと、意図的に導入される酸素欠陥(注4)が相乗的に作用し、発光性能を飛躍的に向上させていることを突き止めました。本研究成果は、橋梁などのインフラの劣化を可視光で診断する超高感度センサや、自己発電型のウェアラブルデバイスなど、未来のスマート社会を実現する高性能な多機能材料の設計に新たな道を開くと期待されます。
本成果は9月10日付(米国時間)で、米国化学会が発行する電子材料専門誌ACS Applied Electronic Materialsに掲載されました。
研究の背景
機械的エネルギーを電気や光に直接変換する材料は、次世代のセンサやエネルギーハーベスティング(環境発電)技術の鍵として注目されています。特に、応力に応じて発光するメカノルミネッセンス(ML)と、電気を発生する圧電性を同時に示すマルチピエゾ材料は、力の分布を可視化できるため、これらを電源不要のセンサなどへ応用しようとする研究が活発化しています。
研究グループが注目するセラミックスLi1–xNaxNbO3:Prは、安全な鉛フリーでありながら、強いML特性と圧電性を示す有望な材料です。これまでの研究で、組成中のNaの比率を特定の範囲に精密に制御すると、ML強度が急激に増大することが報告されていましたが、その根本的な原因は解明されていませんでした。
研究手法と成果
本研究では、この性能向上の謎を解き明かすため、佐賀県にある九州シンクロトロン光研究センター(SAGA-LS)や兵庫県にある大型放射光施設(SPring-8)の強力なX線を利用したX線吸収分光法という手法を用いました。これにより、材料全体の平均的な結晶構造だけでなく、機能の源となるNb原子周りの局所的な原子配列や電子の状態を詳細に観察することに成功しました。
観察によって、ML強度が最大となるLi1–xNaxの組成比(x = 0.88–0.9)は、結晶構造が菱面体晶から単斜晶へと変化するMPBに一致することを確認しました。このMPB領域では、材料の基本骨格であるNbO6八面体の「ゆがみ」方が特異的に変化していることが明らかになりました。これは、単に二つの結晶構造が混在しているのではなく、エネルギー変換効率を高める特殊な局所構造が形成されていることを示唆するものです。
さらにNb原子の状態を分析した結果、ML強度が最大となる組成で「酸素欠陥」(結晶中の酸素が抜けた孔)の濃度がピークに達することが判明しました。
これらの結果から、MPB領域で生じる特殊な原子配列の「ゆがみ」と、ピークに達した「酸素欠陥」濃度が互いに影響し合う相乗効果によって、機械的エネルギーから光への変換効率が飛躍的に高まり、強いML発光が引き起こされるというメカニズムを突き止めました(図1)。

図1. Li1–xNaxNbO3:Pr材料の組成と発光強度の関係。材料に含まれるNaの比率(横軸)を精密に制御すると、特定の組成(x=0.9付近、黄色の領域)で応力発光の強度(ML強度、青線)が急激に増大する様子。この領域では、原子配列の特殊なゆがみと酸素欠陥が最大化しており、両者の相乗効果で発光が強くなることを突き止めました。
今後の展開
本研究により、高性能なマルチピエゾ材料(機械的、電気的、光学的エネルギーを相互に変換できる材料)を開発するための明確な設計指針が示されました。今回明らかになった「相境界領域における局所的な構造と欠陥の精密制御」というアプローチは、Li1–xNaxNbO3:Prだけでなく、他の様々な機能性材料にも応用可能です。
今後は、この設計指針に基づいたより高感度で耐久性の高いセンサ材料や、効率的なエネルギー変換材料の開発が行われることが期待されます。具体的には、建造物の微小なひずみを光で検知して老朽化を警告するインフラ監視システムや、人の動きを力と光でセンシングする新しいヒューマン・マシン・インターフェースなどへの応用が想定されます。
謝辞
本研究の一部は科学研究費補助金(JP19H00835, JP22H00269)の助成を受けて行われました。放射光実験はSAGA-LS BL11 (課題番号:1910089F, 2003021F, 2107068F)およびSPring-8 BL14B2(課題番号: 2021B1875)で実施しました。材料調製は九州大学の原弘峻氏、試料の特性評価とデータ分析は九州大学の池田直樹氏と東北大学のWang Jielun氏の協力を得ました。掲載論文は『東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受けOpen Access (https://doi.org/10.1021/acsaelm.5c01268) となっています。
用語説明
(注1)メカノルミネッセンス(ML)
材料に機械的な力(圧縮、摩擦、衝撃など)を加えた際に発光する現象。力の可視化センサなどへの応用が期待される。本研究は、弾性域におけるML(応力発光)を対象にしている。
(注2)大型放射光施設
電子を光速近くまで加速させ、その際に発生する非常に明るい光(放射光)を用いて、物質の構造や機能を原子・分子レベルで分析できる研究施設。
(注3)モルフォトロピック相境界(MPB)
材料の組成を変化させた際に、異なる結晶構造が共存する境界領域。この領域では圧電特性などが向上することが知られている。
(注4)酸素欠陥
結晶構造の中で、本来酸素原子があるべき場所から酸素が抜けている状態のこと。材料の電気的・光学的特性に大きな影響を与えることがある。
論文情報
著者: Kakeru Ninomiya, Chao-Nan Xu, and Maiko Nishibori
掲載誌: ACS Applied Electronic Materials
DOI: 10.1021/acsaelm.5c01268
お問合せ先
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(兼)多元物質科学研究所
西堀 麻衣子(にしぼり まいこ)
TEL:022-752-2346
E-mail:maiko.nishibori.d8@tohoku.ac.jp
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS) 総務係
TEL:022-752-2331
E-mail:sris-soumu@grp.tohoku.ac.jp