新半導体材料GeSnの量子井戸構造における量子・スピン物性を解明

- GeSnが切り拓く量子技術とスピントロニクスの未来 -

2025/10/03

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻 教授 好田 誠
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • ゲルマニウム・スズ(GeSn)(注1)量子井戸における低有効質量(注2)、大きなg因子(注3)、強いスピン軌道相互作用(注4)を世界で初めて包括的に解明しました。
  • CMOS技術との高い互換性を持ち、量子コンピューティングや低消費電力スピントロニクスに極めて有望です。
  • 光デバイスや熱電変換など多用途に展開可能な次世代半導体材料としての可能性を示しました。

概要

世界中で増え続けるデータを支えるには、従来のシリコン半導体だけでは限界が見えてきています。その次世代を担う有力候補として研究者の注目を集めているのがゲルマニウム・スズです。

東北大学大学院工学研究科の好田誠教授は、ドイツ・ユーリッヒ研究センターおよびカナダ・エコールポリテクニック・モントリオールとの国際共同研究により、GeSnの量子井戸構造におけるスピン(注5)量子物性を世界で初めて明らかにしました。本研究では、従来のシリコンやゲルマニウムでは得ることが困難であった低有効質量や大きなg因子、さらには強いスピン軌道相互作用を同時に実証し、量子コンピューティングやスピントロニクス素子の高性能化につながる可能性を示しました。GeSnはシリコンやゲルマニウムと同じIV族半導体(注6)であるため、既存のCMOS技術と高い互換性を持ち、産業応用に直結できる点が大きな利点です。

情報通信の爆発的需要が見込まれる近未来において、本成果は持続可能で低消費電力な半導体技術を実現するための重要な一歩であり、量子科学と次世代情報社会をつなぐ架け橋となることが期待されます。

本研究成果は、10月2日に学術誌 Communications Materials のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

近年、生成AI、ビッグデータ解析、IoT(モノのインターネット)、さらには量子情報技術の普及によって、世界のデータ通信量はかつてない速度で増加し、通信ネットワークやデータセンターにかかる負荷は急激に増大しています。これに伴い、従来のシリコンやゲルマニウムを中心とする半導体技術は、情報処理速度や性能、消費電力の観点から物理的・技術的限界に直面しつつあります。特に電力消費の増大は持続可能な社会の実現にとって深刻な課題です。こうした状況のなか、省エネルギーで高速な処理を可能にする新しい半導体材料の開発が不可欠となっています。その有力候補として注目されているのが、シリコンやゲルマニウムと同じIV族半導体であるゲルマニウム・スズ(GeSn)です。GeSnは、スズの導入によって電子・ホールの有効質量が小さくなり、バンド構造が直接遷移型に変化することに加え、スピン軌道相互作用やg因子が増大する特性を持ちます。これらは量子ビットの安定動作やスピントロニクス素子の高効率動作に有利であり、従来の材料では困難だった新しい機能を実現する可能性を秘めています。さらにGeSnは既存のCMOS技術と高い互換性を有するため、産業応用に直結できる点でも大きな利点を持ちます。このようにGeSnは、量子情報処理と次世代半導体技術を同時に支える基盤材料として、世界的に研究開発が加速してきました。

今回の取り組み

本研究は、東北大学大学院工学研究科の好田誠教授と、ドイツ・ユーリッヒ研究センター、さらにカナダのエコールポリテクニック・モントリオールの国際共同研究により実施されました。

研究チームは、高品質なGe/GeSn/Ge量子井戸ヘテロ構造を成長させ(図1(a)と1(b))、低温環境下で精密な磁気輸送測定に成功しました。その結果、二次元ホールガスが最大18,200 cm²V⁻¹s⁻¹という極めて高い移動度を示し、有効質量も0.061 m₀という小さい値であることを実証しました(図2(a))。 これは、電子が非常に軽く、かつ散乱されにくいためスムーズに動けることを意味し、高速な情報処理や低消費電力動作の実現に直結する重要な特性です。さらに、詳細な磁気抵抗測定により最大15に達する大きなg因子を確認し、低キャリア密度領域ではさらに増大する可能性があることを示しました。これは、スピンが磁場に非常に敏感に反応することを意味し、スピンの操作や検出を容易にする重要な性質です。

加えて、磁気抵抗測定にあらわれる量子干渉効果を解析することにより、ラシュバ型スピン軌道相互作用の立方項に起因する大きなスピン分裂(0.46 meV)を観測しました(図2(b))。 これは、外部からの電場を利用してスピン状態を自在に制御できる可能性を示す成果です。これらの成果は、GeSnが単なるシリコン代替材料にとどまらず、量子情報処理や低消費電力スピントロニクスの基盤材料として実用的なポテンシャル備えていることを裏付けています。

この成果は、結晶成長技術を担ったユーリッヒ研究センターとスピントロニクス先端計測技術を有する東北大学の連携によって初めて実現したものであり、国際共同研究が生み出す高い相乗効果を示す好例でもあります。

今後の展開

今回の成果は、GeSnを用いた次世代量子デバイス開発に直結するものであり、特にスピン量子ビットやスピン電界効果トランジスタなどの実証に向けた重要な基盤を提供します。今後は、より低キャリア密度領域での実験や微細加工技術の導入を進め、量子情報処理に不可欠な高忠実度操作の実現を目指します。また、GeSnはCMOS技術と高い互換性を持つため、既存の半導体産業の枠組みを活かしながら量子デバイスや光スピン融合デバイスの開発を推進できる点も強調されます。さらに、日本・欧州・北米を結ぶ国際共同研究体制をより一層強化し、GeSn材料を基盤とした新しい量子情報アーキテクチャの構築を目指します。これにより、将来的に低消費電力で持続可能な情報通信社会を支える核心技術の創出につながることが期待されます。


図1. (a) 高品位GeSn/Ge半導体量子井戸構造の原子像 (b)今回作製したトランジスタデバイス

図2. (a) シュブニコフ・ドハース振動と量子ホール効果 (b)弱反局在効果の温度依存性

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)のASPIREプログラム(採択課題番号:JPMJAP2338)の支援を受けて実施されました。ASPIREは、最先端分野における国際共同研究を推進し、研究者ネットワークの構築や若手研究者の交流・育成を目的としています。ユーリッヒ研究センターと東北大学は、このASPIREプログラムに基づくパートナー関係にあります。さらに本研究は、JST CREST(課題番号:JPMJCR22C2)および欧州委員会のLASTSTEPプロジェクト(助成番号:101070208)の支援も受けて行われました。

用語説明

(注1)ゲルマニウム・スズ(GeSn)

半導体元素であるゲルマニウム(Ge)にスズ(Sn)を混ぜ合わせた合金半導体。どちらもシリコンと同じ「IV族半導体」に属するため、既存のシリコン技術(CMOS技術)と高い互換性を持つことが大きな特長。

(注2)有効質量

半導体や金属中で電子やホールがあたかも「自由電子とは異なる質量を持つ粒子」として振る舞うときの見かけの質量のこと。

(注3)g因子

スピンが外部磁場にどのくらい強く反応するかを示す係数。値が大きいほど、磁場によるスピンの分裂や変化が顕著になり、スピンを制御・検出しやすくなる。量子コンピュータにおけるスピン量子ビットの動作や、スピントロニクスデバイスの設計において非常に重要な指標。

(注4)スピン軌道相互作用

電場の中を運動する電子が実効的に磁場を感じるという相対論的効果。半導体中では結晶構造や量子井戸などの構造による局所電場が原因でその効果が発現する。

(注5)スピン

電子やホールなどの粒子が持つ微小な磁石の性質のこと。

(注6)IV族半導体

周期表の「IV族(4族)」に属する元素(価電子が4つある元素)で、シリコン、ゲルマニウム、スズなどからできる半導体の総称。シリコンを中心に発展してきた半導体産業の基盤を支える材料群であり、新材料も既存技術との親和性が高い点が特徴。

論文情報

タイトル:GeSn Quantum Wells as a Platform for Spin-Resolved Hole Transport
著者:Prateek Kaul, Jan Karthein, Jonas Buchhorn, Taizo Kawano, Taisei Usubuchi, Jun Ishihara, Nicolas Rotaru, Patrick Del Vecchio, Omar Concepcion, Zoran Ikonic, Detlev Grützmacher, Qing-Tai Zhao, Oussama Moutanabbir, Makoto Kohda*, Thomas Schäpers and Dan Buca*
*責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 好田誠
      ユーリッヒ研究センター グループリーダー Dan Buca
掲載誌:Communications Materials
DOI:10.1038/s43246-025-00934-9
URL:https://www.nature.com/articles/s43246-025-00934-9

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 教授 好田 誠
TEL:022-795-7316
E-mail:makoto.koda.c5@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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