全固体リチウム硫黄電池の内部反応を高解像度で可視化する手法を確立
- 高速充放電とサイクル安定性を阻害する因子を解明 -
2025/10/27
発表のポイント
- 放射光X線コンピュータ断層撮影(CT)(注1)を用いて、全固体リチウム硫黄電池(SSLSB)の正極内部における充放電反応の空間分布を、高い空間分解能で可視化する手法を確立しました。
- 正極全体にリチウムイオンを行き渡らせる電極スケールでのイオン輸送の遅さが、高速充放電と安定した充放電サイクルの両方を制限していることを明らかにしました。
- 本手法により、電池内部で実際に何が起きているかを直接捉えることが可能になり、SSLSBを含む様々な電池系の電極設計の最適化に貢献することが期待されます。
概要
全固体リチウム硫黄電池(Solid State Lithium Sulfur Battery; SSLSB)は、硫黄の高い理論容量(注2)と固体電解質の安全性を活かした次世代の蓄電デバイスです。しかし高速充放電が難しく、充放電サイクルが不安定であることが実用化への障壁となっていました。これらの課題を解決するには、充放電反応が電池内部のどこでどのように進行し、何がそれを妨げているのかを明らかにする必要があります。
東北大学多元物質科学研究所の木村勇太准教授、大野真之准教授らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8(注3)で得られる高輝度X線を用いたコンピュータ断層撮影(CT)によって、SSLSB正極内部の充放電反応の空間分布を、マイクロメートルの高い空間分解能で可視化する手法を確立しました。可視化の結果、正極全体にリチウムイオンを行き渡らせる巨視的なスケールでのイオン輸送の遅さが、SSLSBの高速充放電と安定した充放電サイクルの両方を妨げる大きな要因であることが初めて明らかになりました。本研究で確立した可視化手法は、電池内部で実際に何が起きているかを直接捉えることを可能にするものであり、SSLSBに限らず様々な電池系の電極設計指針を与える重要なツールとなることが期待されます。
本研究成果は2025年10月24日(西ヨーロッパ時間)付けで、エネルギー材料分野の専門誌Advanced Energy Materialsにオンライン掲載されました。
なお、本研究は、東北大学 多元物質科学研究所の木村勇太准教授、田中舞大学院生(当時、同大学院工学研究科)、Jan Huebner助教、雨澤浩史教授、大野真之准教授、川﨑栞大学院生(当時、同大学院環境科学研究科)、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)の石黒志准教授、九州大学の柳原祥馬大学院生(当時)、名古屋大学 未来材料・システム研究所の中村崇司教授、高輝度光科学研究センターの関澤央輝主幹研究員、新田清文研究員、京都大学 大学院人間・環境学研究科の内本喜晴教授らの共同研究グループにより行われました。
研究の背景
リチウムイオン電池に代わる蓄電デバイスとして、高い安全性と高エネルギー密度の両立が可能な全固体電池への注目が集まっており、世界中で研究開発が活発に進められています。中でも、日本国内でも豊富に産出され、高い理論容量を持つ硫黄を活物質に用いたSSLSBは、エネルギー安全保障の観点からも重要な次世代蓄電技術として注目されています。
しかし、現状のSSLSBは高速充放電が困難であり、さらに充放電サイクルを重ねると容量が顕著に低下するという課題があり、実用化には至っていませんでした。これらの課題を克服するには、電池内部で充放電反応がどのように起こるのか、そして何がそれを妨げているのかを明らかにする必要があります。これまでのところ、電気化学インピーダンス分光法などの電気化学測定により反応の解析が行われてきましたが、こうした手法では電極全体の平均情報しか得られないため、電極内部のどこで、どのように反応が進行しているかを知ることができませんでした。そのため、SSLSBの性能向上を阻む本質的なボトルネックの所在は未解明のままでした。
今回の取り組み
本研究では、大型放射光施設SPring-8のBL37XUで得られる高輝度なX線を用いたX線CTにより、SSLSB正極内部の充放電反応の空間分布を直接観察することに取り組みました。X線CTは、電池の内部構造を観察する強力な手法ですが、硫黄のような軽い元素のリチウム化(注4)に伴うわずかなX線吸収量の変化を検出することは、一般に困難とされていました。本研究では、比較的低エネルギーの高輝度放射光X線と、独自に開発したオペランド(電池動作下)計測セルを組み合わせることで、この技術的課題を克服しました(図1)。これにより、安定したサイクル特性を示す、実用的な厚さの正極内部で、反応がどこでどの程度起きているかを厚み方向に沿って精密に測定することに成功しました。
観察の結果、放電速度を上げると、リチウムイオンが供給される固体電解質層側で優先的に放電反応(硫黄のリチウム化)が進む一方で、反対側の集電体付近では反応が十分に進まないことが明らかになりました(図2(a))。これは、高速放電時には、電極全体にリチウムイオンを行き渡らせることが困難になり、それが容量の低下につながっていることを示しています。従来、高速充放電時の性能低下は、硫黄自体がリチウムイオンと電子の両方を通しにくい性質を持つことが原因と考えられてきました。しかし本研究により、正極複合体内部のリチウムイオン伝導経路が入り組んでいて非効率的なことが、性能低下の重要な要因であることが実証されました。さらに重要な発見として、充電時には放電時よりも反応の不均一性が著しくなり、固体電解質側で充電反応(硫黄の脱リチウム化)が集中的に起こる一方で、集電体側では充電反応が一層起こりにくくなることが明らかになりました(図2(b))。これは、充電後も集電体付近にリチウム化した硫黄が取り残されてしまうことを意味します。この充放電時の反応分布の非対称性によって、充電反応に使えないリチウム化硫黄が電極内に蓄積してしまうことが、安定した充放電サイクルを阻む大きな原因となっていることが明らかになりました。
充放電時の反応分布非対称性の原因を解明するため、差分進化アルゴリズム(注5)を活用し、実験で得られた反応分布データから、正極複合体内の実効的なイオン伝導度を逆算しました。その結果、充電時にはこの値が放電時の約3分の1に低下することが明らかになり、この劣化が反応分布の非対称性を生み出す主要因であることが定量的に示されました。このように、本研究により、正極全体にリチウムイオンを行き渡らせる、巨視的なスケールでのイオン輸送が遅いことが、高速充放電と安定した充放電サイクルの両方を妨げる大きな要因であることが初めて明らかになりました。
今後の展開
本研究により、電池を動作させながら電極内部の反応分布を高解像度で観察する新しい手法が確立されました。これにより、従来の電気化学測定では得られなかった、電極内部のどこで、どのように反応が進行しているかという情報を直接取得することが可能になり、電池の性能を制限する要因をより正確に理解できるようになりました。この手法を用いて電池動作下で正極内部を観察することで、SSLSBの性能向上には、充電時にイオン輸送が劣化しないような固体電解質材料の開発や、電極全体に効率よくリチウムイオンを届けられる正極構造の設計が重要であることが明らかになりました。
本研究で開発した可視化手法は、SSLSBだけでなく、高容量や高出力が求められる様々な電池系に応用できます。また、観察された反応分布から実効イオン伝導度などの重要な輸送パラメータを導き出す解析手法は、電極設計を最適化するための具体的な指針を与えてくれます。電極内部のイオン輸送の遅さは、他の全固体電池でも共通して直面している課題であり、本研究で確立した手法は、全固体電池全般の性能向上に大きく貢献することが期待されます。

図1. オペランドX線CT測定の概要。(左)オペランド(電池動作下)計測セルとその内部のSSLSBセルの構造。比較的低エネルギーの高輝度放射光X線と独自開発した計測セルにより、電池動作中の反応分布の測定を実現した。 (右)X線CTによって得られたSSLSBの3次元再構成像。

図2. SSLSB正極の厚み方向の充放電反応分布の可視化。(a)高速放電時の反応分布。固体電解質層側(x=0)で優先的に反応が進行し、集電体側(x=L)では反応が抑制される。(b)高速充電時の反応分布。放電時よりも不均一性が顕著で、集電体側では反応がほとんど進まず、充電後もリチウム化した硫黄が残存する。
謝辞
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR23J3)、同 未来社会創造事業(JPMJMI21G3)、同 革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23S2)、同 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2419)、JSPS科研費(JP25H01958、JP23K26762)、豊田理化学研究所ライジングフェロー制度の支援を受けて行われました。X線CT測定はSPring-8(課題番号:2022A1444、2022A1424、2022B1542、2023A1433、2023A1408、2023B1175、2024A1458、2024A1438、2024B1351)にて実施されました。また、掲載論文は東北大学「令和7年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。
用語説明
(注1)コンピュータ断層撮影(CT)
X線を用いて物体の内部を非破壊で観察する技術。様々な角度からX線を照射し、透過したX線の情報をコンピュータで処理することで、物体の内部構造を3次元画像として可視化できる。
(注2)理論容量
活物質が完全に反応したと仮定した場合に得られる、理論上の最大電気容量。硫黄は1グラムあたり1672 mAhという高い理論容量を持つ。
(注3)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援などを行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(注4)リチウム化
硫黄などの活物質がリチウムと化合すること。SSLSBでは放電時に硫黄がリチウム化し、充電時に脱リチウム化する。
(注5)差分進化アルゴリズム
複数の候補解の差分情報を利用しながら、最適な解を探索する最適化手法。実験データから未知のパラメータを推定する際に用いられる。
論文情報
著者: 木村勇太*、田中舞、川﨑栞、柳原祥馬、Jan Huebner、石黒志、中村崇司、関澤央輝、新田清文、内本喜晴、雨澤浩史、大野真之*
*責任著者: 東北大学 多元物質科学研究所 准教授 木村勇太、准教授 大野真之
掲載誌: Advanced Energy Materials
DOI: 10.1002/aenm.202503863