酸化亜鉛における電界制御三重量子ドット形成と量子セルオートマトン効果を観測

- 量子コンピュータ開発に向けた新材料量子ビットシステムの構成や情報処理応用に期待 -

2025/10/23

発表のポイント

  • 酸化物半導体の酸化亜鉛を用いて、三重量子ドット(注1)の形成に成功し、量子ドット間結合の制御を実現しました。
  • 三重以上の多重量子ドットに特有の現象である、量子セルオートマトン(QCA)効果(注2)を観測しました。
  • 酸化亜鉛を利用した量子ビットシステムの構成や、情報処理への応用が進展することが期待される成果です。

概要

酸化亜鉛はその良好なスピン量子コヒーレンス(注3)や強い電子相関(注4)から、量子ビット(注5)を含めた量子デバイスへの応用が期待されています。これまで、酸化亜鉛において電界制御の単一量子ドットの形成等が確認されていましたが、量子コンピュータ(注6)等への応用に際しては、量子ドットの数を増やすことが課題とされてきました。

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の大塚朋廣准教授(同大学電気通信研究所兼任)らの研究チームは、酸化亜鉛ヘテロ構造を用いて三重量子ドットの形成に成功し、さらに、それぞれの量子ドットが少数電子状態(注7)に到達していることを確認しました。また、QCA効果と呼ばれる、三重以上の多重量子ドットに特有の現象を観測しました。

酸化亜鉛デバイスで少数電子三重量子ドットを形成できたことで、酸化亜鉛量子ドットを用いた量子ビットシステム構成や、情報処理への応用が進展することが期待されます。

本研究成果は、2025年10月21日(現地時間)に科学誌Scientific Reportsにオンライン掲載されました。

研究の背景

半導体量子ドットは電子を微小領域に閉じ込めた構造であり、制御性の高い電界制御方式では人工的に内部のエネルギー状態等を制御することができることから、量子コンピュータを含めた量子デバイスへの応用に向けて研究が行われています。これまではガリウムヒ素やシリコンを材料として作製されてきましたが、近年では酸化亜鉛においても量子ドットの形成が確認されています。酸化亜鉛はスピン量子コヒーレンスの観点で有用な材料であるとされ、また強い電子相関を有するという特徴があることから、量子ビットや量子センサー等の量子デバイスの開発も期待されています。

酸化亜鉛ではこれまでに単一量子ドット等の形成に成功してきました。しかしながら、量子コンピュータ等に向けた応用を行うには量子ドットの数を増やし、また量子ドット間の結合を制御する必要があります。

今回の取り組み

今回、東北大学大学院工学研究科の馬場光一大学院生(研究当時)と野呂康介大学院生(同大学電気通信研究所所属)、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の大塚朋廣准教授(同大学電気通信研究所兼任)らの研究チームは、酸化亜鉛材料を用いて三重量子ドットの形成に挑戦しました。

本研究では酸化亜鉛ヘテロ構造を利用した電界制御型半導体量子ドットデバイスを作製しました(図1(a))。このデバイスでは金属ゲート電極に電圧を印加し、絶縁膜を介して電界を与えることで電子を閉じ込め、量子ドットを形成します。これを用いて測定対象となるQD1、QD2、QD3の3つの量子ドットを形成しました。また、この3つの量子ドットを出入りする電子の移動を検知するため、電荷センサーとなるセンサー量子ドットと量子ポイントコンタクト(QPC)を形成しました(図1(b))。

量子ドットのエネルギー状態を操作するゲート電圧や量子ドットの電子の閉じ込めを制御するゲート電圧を調整することにより、電荷状態安定図と呼ばれる、3つの量子ドット内の電子数の変化を示す図を取得しました(図2(a))。この図に見られる線は電荷遷移線と呼ばれており、各量子ドット内の電子の数の変化を示しています。これらの電荷遷移線の傾きが3種類見られることから、3つの量子ドットが形成され、三重量子ドットが作られていることが分かります。また、電荷遷移線が電荷状態安定図の左下領域に存在しないことから三重量子ドットが少数電子状態に到達していることが分かり、少数電子三重量子ドットの形成が確認されました。少数電子状態は量子ビット応用をする上で必須となる状態であり、量子ドット数を増やしてもこの状態が実現できたことは、酸化亜鉛を用いた量子ビットシステム構成に一歩近づいたと言えます。

また量子ビット応用等に向けては、量子ドット間の結合をゲート電圧により調整する必要があるため、こちらについても検証を行いました。その結果、ゲート電極T1に印加する電圧を調整することにより量子ドット間の結合を制御できることを確認しました。

さらに、二重以下の量子ドット数では見られないQCA効果と呼ばれる現象の観測も行いました。ゲート電圧を調整し適切なエネルギー状態にすることで、酸化亜鉛三重量子ドットでQCA効果を観測することに初めて成功しました(図2(b))。

今後の展開

本研究では酸化亜鉛ヘテロ構造を用いた量子ドットデバイスにおいて、少数電子三重量子ドットを形成し、量子ドット間の結合が調整可能であることを示しました。また酸化亜鉛量子ドットデバイスで初めてQCA効果を観測しました。これにより、量子コンピュータ開発に向けた酸化亜鉛量子ビットシステムの構成や情報処理に向けての応用が進展することが期待されます。


図1. (a)作成したデバイス構造。(Mg, Zn)OとZnOの界面に形成された二次元電子ガスにゲート電圧を印加することで電子を閉じ込め、量子ドットを形成する。(b)作成したデバイスの走査型電子顕微鏡写真。下半分の領域に三重量子ドットが形成され、上半分の領域にセンサー量子ドットと量子ポイントコンタクトが形成される。

図2. (a)観測された電荷状態安定図。電荷遷移線の傾きが3種類あることから三重量子ドットが形成されていることが分かり、また、左下の領域に電荷遷移線が存在しないことから、少数電子状態になっていることが分かる。図内の白い数字は、各量子ドットの電子数を示している。(b)酸化亜鉛量子ドットで観測されたQCA効果。電子数022から113に移動する際、2つの電子が同時に移動する。

謝辞

本研究の一部は、JSPS科学研究費(JP21K18592, JP22H04958, JP23H26482, JP23H04490)、卓越研究員事業、および東北大学研究プロジェクト「新領域創成のための挑戦研究デュオ~Frontier Research in Duo (FRiD) ~」等の支援を得て行われました。

用語説明

(注1)量子ドット

数十nmの微小な領域に電子を閉じ込めた構造。特に電界制御によって電子を閉じ込めたものは量子閉じ込め効果等により人工的に制御できる量子状態が形成されるため、量子コンピュータに向けた量子ビット等として利用できる。形状のみにより閉じ込める自己形成量子ドットに比べて制御性が高い。

(注2)量子セルオートマトン(QCA)効果

量子ドット間の電子の相互作用により複数の電子移動が同時に起こる現象をここでは指す。三重量子ドット以上の多重量子ドットで観測される。電子配置を情報処理に向けて活用できる可能性がある。

(注3)量子コヒーレンス

良好な量子状態やその保持時間。良好な量子コヒーレンスは量子コンピュータ等に必須となる。

(注4)電子相関

電子間の相互作用。うまく活用すれば、離れた量子ビット間の量子操作など新しい量子技術の芽になると期待されている。

(注5)量子ビット

量子状態を保持して演算を行うための素子。量子コンピュータの基本構成素子となる。

(注6)量子コンピュータ

量子状態を活用して情報処理を行うコンピュータ。従来のコンピュータでできない情報処理が可能になると期待されている。

(注7)少数電子状態

量子ドット内の電子数が数個程度でよく定まっている状態。例えば電子数1個の状態は電子のスピンを用いたスピン量子ビット等で活用される。

論文情報

タイトル: Formation of few-electron triple quantum dots in ZnO heterostructures (酸化亜鉛ヘテロ構造を用いた少数電子三重量子ドットの形成)
著者: Koichi Baba, Kosuke Noro, Yusuke Kozuka, Takeshi Kumasaka, Motoya Shinozaki, Masashi Kawasaki, and Tomohiro Otsuka*
*責任著者: 東北大学材料科学高等研究所 准教授 大塚朋廣
掲載誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-025-20567-9

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
(兼)東北大学 電気通信研究所
(兼)東北大学 大学院工学研究科
(兼)東北大学 Tohoku Quantum Alliance (TQA)
(兼)東北大学 先端スピントロニクス研究開発センター
准教授 大塚 朋廣
TEL:022-217-5509
E-mail:tomohiro.otsuka@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)広報戦略室
TEL:022-217-6146
E-mail:aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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