危険な廃棄を資源の循環へ
- 新しい膜分離プロセスで リチウムイオン電池をごみにしない未来へ -
2025/11/05
発表のポイント
- 廃棄リチウムイオン電池から、化学薬品をほとんど使わずに有価金属を高効率に回収できる新しい膜分離プロセスを確立しました。
- 膜孔径や表面電荷、原液pH、操作圧力などの要因を詳細に解析することで、リチウムを選択的に透過させる高選択性膜を開発し、従来報告値を一桁以上上回る高い分離性能を得ました。
- 高選択的分離によって得られた透過液を濃縮・再結晶化することで、化学薬品を使わず純度99%以上の電池級炭酸リチウムが得られることを実証しました。
概要
電動車普及が加速する中、リチウムイオン電池(LIB)の需要が世界的に急増しています。リチウム(Li)やコバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)といった金属資源の消費が拡大し、使用済み電池の廃棄も増加しています。これらは、資源の確保と環境負荷の両面で深刻な課題となっており、使用済みLIBからの有価金属の回収と再利用が急務となっています。
東北大学大学院工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センターの渡邉賢教授と鄭慶新特任准教授、同研究科の姚学松大学院生らは、エネルギー効率が高く、薬品使用量を大幅に削減できる膜分離技術に着目し、使用済みLIB浸出液からリチウムを高選択的に回収する新しい分離プロセスを確立しました。特に、ナノろ過膜(NF)における水和半径(注1)と電荷の差異を利用することで、Ni2+、Co2+、Mnx+とLi+を高精度に分離できることを実証しました。本成果は、リチウムリサイクルの効率化と環境負荷低減を同時に実現する新技術として、持続可能な資源循環社会の構築に貢献することが期待されます。
本研究成果は米国化学会誌Environmental Science & Technologyにおいて、10月23日にオンライン公開されました。
研究の背景
世界的なエネルギー転換の流れの中で、リチウムイオン電池(LIB)は電気自動車や蓄電システムを支える中核技術となっています。しかし、リチウム資源の需給バランスは急速に逼迫しており、地球上で採掘可能な埋蔵量はおよそ2,800万トンに過ぎません。2030年には世界の年間需要が53万トンを超え、現在の生産量の約3倍に達すると予測されています。
一方、使用済みリチウムイオン電池の蓄積も進み、資源回収と環境保全の両面で大きな課題となっています。これらの電池にはLi、Co、Ni、Mnといった有価金属が多く含まれるだけでなく、酸性物質や重金属による環境汚染のリスクも抱えています。リチウムを効率的に回収することができれば、資源不足の緩和に加え、真の意味での循環型経済の実現にもつながります。
LIBリサイクル技術としては、直接再生法、乾式法、湿式法の3種類が知られています。このうち湿式法は、高効率でエネルギー消費が少なく、有害ガスの排出も抑えられる利点がある一方、薬品使用量が多く、リチウムの単離工程が複雑である点が課題でした。こうした背景から、環境負荷を抑えつつ高い選択性を実現できる、グリーンで短工程の新技術が求められています。その有力な候補の一つが、ナノろ過(NF)を用いた膜分離技術です。NF膜はイオンの電荷や水和半径のわずかな違いを利用して高精度な分離を可能にし、次世代型リチウム回収プロセスとして大きな注目を集めています。
今回の取り組み
本研究では、使用済みリチウムイオン電池(LIB)の浸出液からLiを高選択的に分離・回収する革新的な膜分離プロセスの確立を目的とし、NF膜の分離特性に着目しました。多価金属イオンとの水和半径や電荷の違いを利用してLiの選択的に分離するため、高選択性をもつ新しい膜を開発し、その分離挙動を膜内イオン輸送機構の観点から理論的に解明しました。
膜孔径(膜にあいている微細な穴(孔)の大きさ)および膜表面電荷が分離挙動に与える影響を調べるため、市販の2種類のNF膜(NF270およびNF1000)を用いました。NF270は比較的大きな孔径を、NF1000は小さな孔径を有しており、孔径の違いがリチウム選択性に及ぼす効果を評価しました。さらに、膜の表面電荷を制御するため、アミノ基を導入して正電荷を付与できるエチレンジアミン(Ethylene Diamine, EDA)で両膜を改質し、NF270-EDAおよびNF1000-EDA膜を作製しました。
膜分離試験では、膜で供給側と透過側の流路を分けた実験セル(容器)にモデルLIB浸出液を送液し、温度を25℃に制御した条件下で、pH(2〜5.6)および操作圧力(2〜4 MPa)の影響を系統的に評価しました。また、実際の三元系(Ni、Co、Mn)廃棄LIB電池から得られた浸出液(pH = 1.96)も用いて、実使用条件下での分離性能も検証しました。
EDAで表面を改質した膜では、表面が正電荷を帯び、ドナン排徐効果(Donnan exclusion effect)(注2)が強化されました。その結果、多価金属イオン(Ni2+、Co2+、Mnx+)の膜内侵入が抑制され、単価イオンであるLi+が優先的に透過することを確認しました。また、実際の三元系廃棄LIB電池から得られた浸出液の分離性能評価では、Li+/Ni2+、Li+/Co2+、Li+/Mnx+の分離係数(注3)がそれぞれ645.9、508.8、307.4を示し、いずれも従来報告値を一桁以上上回る超高選択性を示しました。さらに、2段階のナノろ過プロセスを組み合わせることで得られた透過液を濃縮・再結晶化することで化学薬品を使用せずに純度99%以上の電池級炭酸リチウム(Li2CO3)を得ることに成功しました。
この結果の理論的検証と機構解明のため、数値解析(Donnan–Steric Pore Model with Dielectric Exclusion:DSPM-DE)を行い、Li+選択性が電荷排除とサイズ排除の相乗効果によって生じることを明らかにしました。これにより、膜構造と電荷特性を制御することで、高通液量と高純度を両立できる最適条件を確立しました。
本成果は、市販のNF膜に簡便な表面改質を施すだけで、高性能なリチウム回収膜へと転換できることを示したものであり、産業応用への高い実現可能性と環境負荷の大幅な低減の両立を実証しました。
今後の展開
本研究は、リチウム回収における低エネルギー消費、化学薬品不使用、スケールアップ可能なグリーンプロセスの実現に向けた新たな道を開くもので、科学的および工学的に重要な意義を有しています。今後は、膜材料のスケールアップおよび連続運転プロセスの実証を進める予定です。

図2. NF膜およびEDA改質膜における金属イオン分離性能の比較
(a)モデルLIB浸出液におけるLi+/Mx+(M = Ni, Co, Mn)質量比の変化(Leachate:供給液、Permeate:透過液)。(b)NF1000およびNF270膜、ならびにそれぞれのEDA改質膜(NF1000-EDA、NF270-EDA)における分離係数の比較。
謝辞
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(課題番号:JP18077450)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(課題番号:JPMJSP2114)、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP21K12302)、環境再生保全機構による環境省環境研究総合推進費(課題番号:JPMEERF20223C04)、および東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業の支援を受けて実施されました。
用語説明
(注1)水和半径
水分子がイオンを取り囲んだ状態での有効な半径を指す。
(注2)ドナン排徐効果(Donnan exclusion effect)
膜表面に電荷が存在する場合、同符号のイオン(共イオン)は静電的に反発され、膜内部への侵入が抑制される。一方、反対符号のイオン(対イオン)、または荷電性が弱い単価イオンは、膜を透過しやすくなる現象を指す。
(注3)分離係数
膜分離において、2種類のイオンの選択性を定量的に示す指標であり、一般に次式で定義される。

ここで、cpは透過液中の濃度、cfは供給液中の濃度を表す。また、aおよびbはイオンの種類を示す。分離係数が大きいほど、Li+が他の金属イオンに対して優先的に透過していることを意味する。
論文情報
著者: Xuesong Yao, Qingxin Zheng*, Vetozora Tjimaka Tjambiru, Panpan Wu, Zixian Li, Aiko Miyamoto & Masaru Watanabe*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センター システム開発部 特任准教授 鄭 慶新、教授 渡邉 賢
掲載誌: Environmental Science & Technology
DOI: 10.1021/acs.est.5c05864
お問合せ先
東北大学大学院工学研究科附属超臨界溶媒工学研究センター システム開発部
教授 渡邉 賢
TEL:022-795-5868
Email:masaru.watanabe.e2@tohoku.ac.jp
